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30年前の手紙

幼稚園の時から中学卒業まで、公文式に通っていた。

幼稚園から小学校高学年、小学校高学年の途中から中学卒業までで先生が代わったのだが、幼稚園からお世話になった先生とは、先生が旦那さんの転勤で数年間別の土地に転居してる間も、またご近所に帰ってきて私が高校生になってからも、ずっと手紙のやり取りや家に遊びに行く関係だった。

その先生が、人生最期の地に選んだのは息子さんが居て、かつて数年間居住したことのある埼玉県だと知ったのはつい数週間前の事。

実家が隣組の班長をしていることから、その報せを受けた母が私に連絡してくれた。



厳しい先生だった。
礼儀一つにしても、学習中の態度・姿勢、字の書き方・・・
厳しさに耐えかねて辞めていく生徒もいる中で私は黙々と通い続けた。

親からも厳しく言われていたこともあったけど、私の性格・個性・学習への取り組み姿勢を親よりも幼稚園児の段階からしっかりと見極めて、もう一人の母親のように接してくれた先生がいつの間にか好きになっていた。

今でも記憶に残っているのが、私がその日の課題のプリントを終えた時、達成感から「出来た~!」とうっかり静かな教室で叫んでしまったとき、叱られると身を縮こませていた私に「素晴らしい!自分の力でやり遂げたと言える夏輝さんは素晴らしい!」とみんなの前で褒めてくれたのだ。

両親からは「お前はダメだ、もっと努力しなさい。勉強しなさい。」と否定されていた私にはその言葉がとても嬉しくて、学生時代の記憶をすべてなくしても、その事だけは今でも鮮明に覚えている。

先生が引っ越し、新しい先生の運営する教室に通うようになってからも、私は先生に手紙を書き続けた。

学校での出来事、公文式で進度上位者の表彰を受ける事。
色んなことを手紙にしたためていた。

先生がこっちに戻ってきてからは、時々お家にお邪魔して

中学生の時は、クラスメイトとの人間関係。
新しい教室の先生の事。
進路の事。
色んなことを話した。

「恩師」と呼べる人は、後にも先にも先生一人だけだ。

11/1転出 と実家のコルクボードに貼られたメモをみて、これまでの感謝の気持ちとお別れの挨拶に行きたいと思いつつ、心を病んで仕事を休んでいるこのみっともない姿を見せる勇気がなくて、実家に帰ったときに何度か先生の家の前まで行ってはチャイムを押せずに引き返していた。


昨日、実家に帰ると母が「そういえばこれ」と真っ白な和紙に梅の花が描かれた封筒を私に持ってきた。

「先生が、夏輝に手紙をくれたのよ。引っ越しの荷物を整理していたら昔もらった手紙が出てきたからって、その手紙と一緒にね。」と。

封筒を開けると、先生らしい控えめだけど美しい一筆箋と私と妹が書いた手紙、そして、講師として生徒を持つほどの腕前の絵手紙。

この季節らしい大きな柿の実と、「様々な日々の重なり そして豊かな実り」という言葉。
美しい言葉を紡ぎだせる先生に憧れて私も、詩や文章を書くようになったのはいつ頃からだったろうか?

そんな事を思い出しながら、裏に万年筆で書かれた美しい文字を一つ一つ丁寧に読んだ。

頑張り屋さんで、一人で黙々と新しい知識の世界に挑戦していました。
本当に根性のある女の子でした。だから成績も努力とともに確実なものとなったのですね。

今の私の基盤はすでにこの時に出来あがっていたのだ。
「生きづらい」と感じるこの性格は、30年前の私が培った財産だという風にいつも、いつでも先生は私にそう仰ってくれていた。

その記憶が一気に蘇り、うかつにも家族の前で号泣しそうになった。

これから先の事を考えあぐね、誰かの手で導いてもらう事、背中を押してもらえる事を望んでしまう今の私の心を手紙の最後の方に書かれた


夏輝さんのような女性が、物事の本質を見つめながら社会を拓いてゆくのではないかと期待しています。
健康に注意して、誠実に夏輝さんの人生を肉付けし実らせていってください。幸せになってください。お元気でね

というたった数行の言葉によって、私の心を人生を縛り付けていたものを
先生はいとも簡単に解き放ってくれた。

もう何年も会っていない私の事を先生の人生のアルバムの1ページに大切に保管してくださっていた事、そして私の事を今でも大切に思ってくださっている事。

思い出した。私は先生のような人になりたかったんだ。


運命とは面白いもので、結婚して親戚になった叔母が先生に容姿も丁寧な立ち振る舞いもとてもそっくりだという事にたった今気が付いた。

叔母のような凛として、美しい心遣いが出来、自分の人生を自らの手で切り拓く。

そんな人になりたいと思ったのは叔母と出会ってからすぐの事だった。


先生と会えなくなる代わりに叔母がすぐ会える距離にいる・・・


神様はまだ私を見捨てていなかったんだな。



これからの事は考えようとすると頭の中に霧が立ち込めてしまうような段階だけど、彼女たちのようになりたいという確固たる決意を手に入れた私は、
ゆっくりだけど、先生の言うように誠実に私の人生を肉付けし実らせていくことが出来るんじゃないか?そんな気がした。



決めた。


先生が引っ越しされる前に、お手紙を書こう。
30年前の、あの頃のように。


-先生お元気ですか?-

という書きだしで。

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