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緊張感も含めて紙媒体。


短い短いエッセイを書きました!
日記のようなものです。
どれかひとつだけでもどうぞ。

まだ寝ていたい朝

週2日だけの会社への出勤日の朝。目覚めたけれど体が気だるく、「まだ寝てた〜い」とこぼしたところ、隣からとろんとした声で「眠いなら寝てしまえホトトギス」という明らかに字足らずな俳句が聞こえてきて、夫の独特な感性を朝から再認識させられる。この「まだ寝てた〜い」感覚が懐かしい。フリーランスになってから、寝たければ寝ていたし、起きなくったって誰にも迷惑をかけることもなければ心配されることもない日々を送っていた。まさに眠いなら寝てしまえ生活を何年かしてきて今、わたしは「まだ寝てた〜い」は、その先に誰かとの約束があるってことな気がして、そんなに悪い感覚じゃないなと思っていたりする。


校正の仕事

一日中、校正の仕事をしていた。校正をやっていると、わたしの持つ細かいことが気になる性分や確認癖がいい方向に働いているなと思う。ただ、好きではない。くたくたに疲れる。何より、赤ペンを持って文字に向き合っているとき、自分がますます細かいことが気になる人間になっていっている感覚がある。もっと、ざっくり大らかに進められる仕事ってないだろうか。求人に「ざっくりだいたいでOK」って文言があれば、ちょっと応募したくなるかもしれない。はて。それはどんな仕事だ?


優しくて手強くてだからnoteが好き

どうも、簡単そうに見えて簡単に攻略できないもの惹かれやすいのかもしれない。ただ走ること。スイカゲーム。単純でいて何を考えているかわからない夫。そして、note。noteは、あ〜はいはいわかったわかった、noteってこういう感じねと思った次の日には迷子になったりする。どこまでもシンプルでわかりやすそうな顔をして、めちゃくちゃむずかしい。表面的な攻略法みたいなものは通用しない。その手強さが、よいのだろうな。


ふるさとスイッチ

母から小包が届き、田舎の野菜と、果物と、馴染みのある地元の銘菓が三つ四つ入っていた。別に帰ろうと思えばすぐにぴゅいっと帰れる距離であって、そんなに遠く離れて暮らしているわけでもないけれど、小包が届くと、ふるさとは何もないけどいい町だったよなぁ…と感慨に浸りはじめ、槇原敬之の『遠く遠く』を脳内BGMにしてしまう自分がいておもしろい。小包は毎度、わたしのふるさと懐古スイッチみたいなものを、ばちんと入れてくる。


緊張感も含めて紙媒体

最近仕事でご一緒したデザイナーさんが、「webデザインもやったけど結局紙に戻ってきた。僕は紙媒体の方が好きだとわかった」と言うので、思わず「だけど緊張しませんか」と返してしまう。その方は、「その緊張感も含めて」と言って笑った。実はわたしは3年前を最後に紙媒体で書いていない。紙媒体の、印刷してしまったら最後、もう引き返せないあの全身がヒリヒリするような緊張感が、ここ数年のズタボロメンタルだったわたしには耐えられないだろうと判断して、紙のお仕事は避けてきた(別に大きな誤植を出したこともないし、Webだからと言って手を抜くことはないけれど)。そんなわたしが、紙の自著を出すという。さあ、緊張感も含めて、たのしめるだろうか。


家にひとり、眠れぬ夜

夜、うとうとしていたら、出張中の夫から電話があり、「ちょっとやばいんだけど」と、これから怪談話でもしそうなテンションで話してくる。どうしたの?と聞くと、「今日のホテル、同僚が言うには、心霊ホテルらしい…」と本当に怪談話。ひぇー!と大げさにリアクションをとりながらホテル名を聞き、すぐさま検索。大島てるのマップに載っているらしいだとか、泊まったら心霊現象が起きただとか、出てくる情報たちを一つ一つ夫に告げると、夫は「やめてぇ〜!寝られない〜!」と泣きべそモード。「まあ、がんばって!元気で帰ってきて!」と電話を切ったあと、気づく。夫が一人で眠るということはつまり、わたしも一人で寝る夜だったのだ。今さっき調べたことたちが、映像となって浮かび上がり、消えてくれない。なんというブーメラン。なかなか部屋の明かりが消せないまま、本をひらくことにした。


おわり

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