見出し画像

出合い直す母の味|ひかり

母のペペロンチーノが食べたい、ふとそう思った。
それも、お店のおいしいペペロンチーノを食べた後に、久しぶりに母の味が思い出された。
実家を出て母の料理を日常的に食べなくなってもうずいぶんと経つが、年々母の味というものが身に沁みて恋しくなる瞬間が増えてきた。

食べることが大好きで、一日の中の限られた食事のチャンスをいかに満足にいただけるかに全力を尽くしたいし、何よりその瞬間が楽しみでならない。
食べることの幸せは最初から備わっていたかのように当たり前にあったものだったから、なぜ好きなのかを考えてこなかったけれど、食べることに興味がないという友人の話を聞いて、“食べることが好き”はデフォルトではないのだと初めて気づき、本当に驚いた。
それも随分と大人になってからのことである。

もしかして、料理上手な母がおいしいことの幸福感を感じさせてくれていたからなのでは。
そう気づいてから、母の料理に出会い直したいと思うようになった。

しかし、母には失礼なと言われそうだが、料理上手と言っても日々の時間のやりくりの中で作ってくれる家庭料理の中での話である。

前回の帰省時にリクエストしたペペロンチーノ。
どんな作り方をするのだろうと作る過程を横で見ていたが、1秒を争う茹で加減がものを言うパスタの世界で、母の鍋を覗けば、水位が麺より下で茹でられていて、思わず吹き出してしまった。
ソースに家族5人分の茹で汁を使ったら足りなくなったらしい、茹でられる麺の上下をひっくり返しながらやりくりしていた。
出来上がったペペロンチーノの麺はやっぱりぶよっとしていて、そこにウィンナーとブロッコリーが入るのが母の定番。
一口食べて、う〜ん、これこれ!いくらぶよっとしていても、なんだかおいしいのだ。

帰省から帰って、最近パスタ作りにハマっている夫にこの話をすると、育っていく中で一番近くにあった味は安心するのかな、それをおいしいと感じるのかもねと言い合って、夫にもそういう味はあるかと聞いたら、味噌汁を飲んだ時に感じるのだそう。

来月帰省予定の私達、肉好きな夫の為にステーキを焼こうかと言われたが、それもいいけれど、冷蔵庫にあるもので作れるものをとリクエストした。
今度会った時には、おいしいに出会わせてくれた母に素直にありがとうと伝えようと思う。

目を留めてくださり、ありがとうございます。 いただいたお気持ちから、自分たちを顧みることができ、とても励みになります! また、皆さまに還元できますよう日々に向き合ってまいります。