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樹と陽の下で降る雨に

〜裏・魔と鬼と、木洩れ陽と〜


oki doki..

 昔々のこと、「子供のままの大人たちの世界」に一人の鬼がいました。その鬼はとてもききわけがよく、「子供のままの大人たち」の言うことを素直にきいて、真面目に暮らしていました。

 「僕たちの言った通りにするんだよ」
 「うん」
 「僕たちのすることは絶対に正しいことなんだ」
 「うん、わかった」

 ある日、大人たちに「僕たちのお母さんを探してきて」と頼まれた鬼は、一人で探しに行きました。ところがどこを探しても見つかりません。どこにいるのか全くわかりませんでした。その鬼は疲れ果てて、ついに樹の下でうずくまって泣き出してしまいました。

 その鬼が泣いているのに、子供のままの大人たちは全く気にしていません。泣き声が聞こえていないようでした。

 そこへ、一人の大人が声をかけてきたのです。

 「なーなー、なんでそんなとこで泣いとるんや?」
 「…大人さんには、私の声が聞こえるの?」
 「聞こえるで、どうしたんや?」
 「子供のままの大人たちのお母さんを探してるの。だけどどこにもいないの」
 「そら、いないに決まっ…その子供のままの大人たちってどこにおる?」
 「ここにいるよ」

 その大人は「子供のままの大人」たちを見て、すぐに気がつきました。

 「あ〜そうか。「悪意」が隠れとるみたいやな」
 「…悪意…?」
 「そうや、悪意や。相変わらず「かくれんぼ」がうまいな〜あいつ」
 「…かくれんぼしてるの…?」
 「そうや、だから子供のままの大人には見つけられんのや」
 「…大人さんには、見つけられるの…?」
 「俺と同じやからな、あいつ。お前はちょっとここで待っとけよ」
 「…うん」

 そう言うと、その大人は一番広まっている悪意のところに行きました。

 「なー、悪意」
 「なにか用ですか?」
 「広めてほしいものがあるんやけど」
 「何を広めてほしいんですか?」
 「泣き声や」
 「泣き声? 僕には聞こえませんよ?」
 「そらそうや。お前まだ子供やもんな。大人にしか聞こえん『泣き声』があるんや」
 「失礼な。僕は大人です」
 「あ〜わかったわかった、そうやったな。でも大人やったら力貸してくれや」
 「…よくわかりませんが、何かを『広めること』は大好きです」
 「そやろ、だから広めてくれや」
 「わかりました。では、広めましょう」

 悪意はそう言うと、瞬く間に『泣き声』を広めていったのです。その大人は、泣いている鬼の声を広めるには「広まっている悪意を使うことが一番簡単だ」と、知っていたのです。

 そしてあっという間に泣き声は広まりました。それから、泣いている鬼のもとに戻ってきました。

 「これでもう大丈夫や、すぐ見つかるやろ」
 「うん」
 「あいつらのお母さんを探すことは、お前がすることやないで」
 「…うん」
 「お前、名前はなんていうんや?」
 「…私は『純粋』だよ…」
 「純粋…か。わかった。もうこんなとこでうずくまってないで早く出てこい」
 「…うん、大人さんの名前は…?」
 「俺か? 俺の名前は『邪気』や。ほな、先行ってるで。純粋も一緒に遊ぼうや」

 そう言うと、邪気は行ってしまいました。

 純粋ちゃんはいつの間にか、立ち上がっていました。


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End Roll

 深く陽のさす梠のように、居心地のいい場所には、いつまでも居続けてはいけない。幾千もの夕灯の中に響く「泣き声」が聞こえたなら、振り返らずに歩き始めればいい。誰かが…もう、二度と泣かなくてもいいように。

 いつしか人々は、「樹と陽の下で降る雨」のことを「木洩れ陽」と呼ぶようになりました。


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あとがき

『陽炎、稲妻、水の月』

 純粋ちゃんのそのあとは、誰も知りません。

 木洩れ陽の中におると心地ええやろ。それは泣きたいことがあるあなたの代わりに、純粋ちゃんが泣いてくれてるからや。
 つまり、あなたのお母さんを「してくれている」んや。だから心地ええ。

 今の社会は涙の数が多すぎるんや。「泣き声」ばかりで『歌』が聴こえんのよね。キチッとしすぎてて、振り幅がない。やけ、beatを刻めない。beatを刻んでないからgrooveが生まれんのよ。やけ、踊れない。歌えなくなっとるんや。

 もしどこかで、樹と陽の下で泣いている鬼を見つけたら連れ出して、一緒に遊んであげてください。

 なぜなら、その鬼はもう…





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