Formula E パワートレイン技術を理解する!
こんにちは、トヨタWRCチームで働く山下です。
本記事ではFomula E車両のパワートレイン (Gen2) について深堀していきたいと思います。本記事は普段に比べて技術的な内容が少し多めだと思います。補足説明もしていますが、全体イメージの理解を優先して読んでもらえれば嬉しいです。
ちなみに下記リンクの記事をベースに書いています。
(1) Formula E (FE) は F1のライバルではない?
世界的に自動車産業において電動化がメガトレンドになる中で、フォーミュラEはの注目度は2014年の創立当初に比べて格段に上がっています。このカテゴリはよく「電気自動車のF1」とも呼ばれます。
僕もモータースポーツを詳しくない人に、FEを説明する際にはこのフレーズを使います。F1の知名度はカテゴリ内では突出しており多くの世代にイメージを沸かすことができます。しかし、僕を含めた業界関係者、FEを応援、非難する人は、このカテゴリが内燃機関を用いた既存モータースポーツの延長線上には存在しないことを認識すべきかもしれません。
F1とFEを比べた場合のエンジニア目線での違いは、開発領域です。FEではシャシーとバッテリーのワンメイク方式を採用しています。そして開発領域はパワートレインのハードウェアとソフトウェアであり、F1のように車体全体を開発するのではありません。
レースフォーマットに関しては、FEは、F1カレンダーのように遠く離れたサーキットでレースを行うことはありません。都市の中心部でレースを行い、ファンと一緒にレースを楽しむという、クリーンで静かなフォーマットを採用しています。また、都市部での混乱を最小限に抑えるために1日のみの開催となっており、レース間の輸送はすべて船便で行われます。FEで採用されているミシュランのタイヤは全天候型であり、専用のウェットタイヤは存在しません。
最速を目指してお金と最先端の技術を惜しむことなく注ぎ込むF1とはそもそもコンセプトが違います。
FEの車両がF1ほどの出力、スピード感がないために、F1が上位だと考える人もいるかもしれません。個人的な意見を書けば、僕は見慣れたF1の方が配信を見ていて迫力もあるし楽しめます。しかし、FEは環境トレンドを見越したアプローチをとっており、F1を始めとした既存モータースポーツとは価値軸が異なります。故にそもそもライバルではありません。
しかし、近年はF1も環境意識の高まりからカーボンニュートラルを目指す方向性が示されています。この価値軸で考えればFEはカテゴリ運営全体として、F1を遥かに先行していると思います。
(2) FEのパワートレインとは?
ここからはFEのパワートレインを内燃機関と比較しながら説明していきます。
(2-1) パワートレインの全体構成
内燃機関を搭載したレーシングカーのパワートレインは、燃料タンク、エンジン、ギアボックス、点火・噴射システムを司る電子機器などで構成されています。電気自動車と比べると、基本的なレイアウトを比較することができますが、同じ部品はほとんどありません。バッテリーは燃料タンクに相当し、モーターのエネルギーを蓄えます。ガソリンと同じエネルギーを蓄えようとするとバッテリーはどうしても重量が重くなります。この意味ではレーシングカーには合わないかもしれません。一方でレース中の燃料タンクのようにバッテリーが軽くなることもないので車両制御には有利かもしれません。
電気モーターは内燃機関に代わるもので、バッテリーとは対照的に、電気モーターは同等のエンジンよりも小型で軽量です。モーターは駆動部分が内燃機関に比べて圧倒的に少なく、信頼性の観点で有利です。
さらに、モーターは発電機としても機能し、ブレーキ時に電気エネルギーを生成してバッテリーに蓄えることができるというメリットもあります。これは、内燃機関で考えるとガソリンを生成してタンクに戻すという非現実的なことに相当します。このように1つのデバイスで2つのモードを使い分けることができるため、モーターはしばしばMotor Generator Unit(MGU)と呼ばれています。
さらに、モーターは内燃機関のように高回転ではなく、ゼロ回転からフルトルクを発揮します。故に内燃機関を搭載する車両のような多段ギアは不要となります。
電気レーシングカーでは、モーター (交流) とバッテリー(直流) の間で電気を変換するインバータが必要となります。
加速時には、バッテリーからインバーターを介してエネルギーが供給され、モーターを動かし、減速機とディファレンシャルを介して後輪を駆動します。ブレーキング時には、インバーターが切り替わり、モーターが発電し、ドライブトレインに抵抗をかけて後輪を「制動」します。発電した電気はバッテリーに送られ、レース中にドライバーが使用できる残量を増やします。
(2-2) バッテリー
電気自動車レーシングカーの文字通り中心となるのがバッテリーで、パワートレインの中核を担い、車の中央に搭載されています。FEではRESS(Recharge Energy Storage System:充電式エネルギー貯蔵システム)と呼ばれています。
電気自動車のバッテリーの構造を簡単に簡単に説明すると、テレビのリモコンに入っている小さな電池を1セルと考えます。そしてそのセルの集合体が電気自動車のバッテリーです。FEのバッテリーは、5000個以上のセルの集合体です。マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ社製のカーボンケースの中には、村田製作所(ソニー)製の単3形の小さなセルが大量に入ったモジュールが入っています。各モジュール内のセルを直列・並列に接続し、さらにモジュール同士を連結することで、バッテリー全体で800V、54kwhの蓄電量を実現しています。
ちなみにGen2のバッテリーは、旧型の第1世代バッテリーの2倍の性能となりました。初期のFEでは非難されていたレース中の車両乗り換えがなくなり、45分以上のレースでも充電や車の交換なしにレースを続けることができます。しかし、課題もありバッテリーの重量は250kgもあり、さらに内部構造、接続部、冷却装置、ケーシングなどを含めると400kg以上にもなります。
ハイスペックなバッテリーには、熱管理が必要です。バッテリー温度は高すぎても低すぎても機能しません。また、セルが高温になると熱暴走と呼ばれる故障の原因になることがあります。
これを防ぐために、バッテリーには電子管理システム(BMS)が搭載されており、各セルの電圧、充電状態、温度を監視しています。セルの温度が高くなりすぎると、BMSはセルの温度を守るために出力を制限するようECUに警告します。それができない場合は、電池を保護するための最後の安全策として、モーターを停止するようECUに指示します。
このような制御は高出力バッテリーを扱う場合は必須の技術であり、ハイブリット用のバッテリーでも同じような制御が必要になります。
(2-3) モーター
自動車の中で1番有名なモーターはオルタネーターやスターターモーターだと思います。これはブラシ付きモーターで、外側に磁気を帯びたステーターがあり、その中でコイル状のアーマチュアが回転している構造です。カーボンブロック(ブラシ)は、回転している電機子の接点と文字通り擦れ合うことで、ステータと配線の間で電流を伝達しますが、あまり効率的な仕組みではありません。
しかし、最近のモーターはこれを逆にして、永久磁石式のローターを内部で回転させ、コイル状の巻線をその周りのボディに形成します。そのため、コイルは固定されており、カーボンブラシは不要となっています。このタイプはブラシレスモーターと呼ばれ、現在の電気自動車モーターの主流になっています。
バッテリーと同様にモーターも冷却が必要です。コイルが固定されているために、冷却材ジャケットに水やグリコールを通し、熱を奪うことが比較的容易です。電動ポンプとラジエーターを使った冷却回路が必要です (図中の青色 Cooling Pipes)。
電気モーターは低回転から最大のトルクを生み出すことができます。しかし、低回転・高トルクの出力はバッテリーに多くの電流を要求します。これはエネルギー上限が決まるレギュレーション下では不利になり得ます。そこで、あえてモーターを高回転域で使うことがあります。低回転時よりもトルクは低下しますが、電気効率は格段に良くなる為です。各モーターには、トルクとエネルギー消費量を対応させた効率曲線があり、チームは、レースでは効率の良い回転域でモーターを動かすことを目指しますが、エネルギー消費量が問題にならない予選では、消費量の多い低回転域を選ぶこともあります。
(2-4) インバーター
バッテリーの直流をモーター用の高周波高圧交流に変換するのが、インバーターの仕事です。このインバータの機能は、原理的にはダイオードで行うことも可能ではあります。しかし、電気自動車に求められる性能レベルを実現するために半導体技術を用いてスイッチングを行っています。
インバーターの核となるのは電源回路基板で、2本の直流(バッテリー)ケーブルが片側に、3本の交流(モーター)ケーブルが反対側に入ってきます。これらのケーブルは論理回路基板で制御されるスイッチ(Swicth Board)に送られ、直流⇆交流の変換します。スイッチの切り替えが早ければ早いほど、より多くの電力を処理することができ、その過程での電気的損失が少ないほど、インバーターの性能は向上します。
初期には、このスイッチにIGBTと呼ばれるシリコンが使われていました。しかし電圧が400Vから800Vに上昇し、出力も増える中でシリコンカーバイド(SiC)を使用することにしました。このスイッチは、シリコン製のものとは内部構造が異なり、技術的にはMOSFETと呼ばれています。
採用されたSiC製のインバーターはのメリットは単体の性能面だけではありません。インバーターのサイズが格段に小さくなったので、冷却のためにサイドポッド内に設置するラジエーターのサイズも格段に小さくなり、空気抵抗を減らすことにも繋がりました。
(2-5) ギアボックス
FEでは、モーターからの動力を単一のディファレンシャル(デフ)を介してホイールに供給することが義務付けられています。個人的にはこのレギュレーションによって電気自動車のポテンシャルを引き出せるトルクベクタリングが制限されているのは賛同しづらいです。
シーズン初期のモーターは、「ギアレス」セットアップを可能にするトルクと効率のカーブを持っていませんでした。そこでモーターを5速の多段ギアボックスに連結し、モーターの性能・効率の向上に合わせてギアの数を減らしていきました。
しかし、モーターの回転数を上げると、車輪速度が上がりすぎるため、ある程度の減速ギアを設ける必要があります。一般的には、モーターは1つまたは2つのリダクションギアを介してデフに接続されます。デフ周りのリングギアを大きくしてリダクションギアを1つにするチームもあれば、リングギアは小さくてもリダクションギアを2つにするチームもあります。
(3) まとめ
フォーミュラE (Gen2) のパワートレインについて紹介しました。少し専門的な内容もありましたが、個人的な感想としては現在WRCの来年車両でHVシステムも少し見ているので、FEのシステムと共通点、異なる点が理解できて興味深かったです。
FEでは次世代Gen3の導入も予定されており、将来的にはこちらのテクノロジーも紹介したいと思います。
読んで頂きありがとうございました。
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