「選ぶ権利」は、余すことなく使いたい。


こんにちは。SLF認定講師 |ao candle designer のはるかです。

1000文字エッセイ2日目。
無事、今日もnoteを開くことができました(ほっ)



わたしはSLFという協会に所属し、認定講師をさせていただいています。SLFは、簡単に言うとSelf loveの大切さを伝えているチームです。サスティナブルなマインドセット/マインドケアを可能にするべく、Selfloveの第一ステップ「自分を知る」コンテンツが詰まった講座を開いています。(近々自己紹介を書くので、その中でまた詳しく書きます!)

先日も講座がスタートしました。今までもやってきて、みなさんに共通することは「無意識のブロック」が存在していること。これは、わたしも。きっとこれを読んでくださっている方にも多かれ少なかれあると思います。なんだか生きづらい、人の目が気になる、もやもやする、、行動できない、などの悩みには必ずそれらの感情につながる原因が存在しています。それに触れるか触れないかは自由。人によっては苦しむこともあるから、安易におすすめはできない。わたしの場合は、パンドラの箱をついに空けてしまった感がすごかったし、その後生きづらさを抱えているときとは、また違う苦しみに出会った。でも開けてしまったから仕方ない。再度蓋をする選択肢もあったけど、わたしは掘り起こすことにした。正直そのままにしとけばよかった、と何度も思ったけど、今となってはその痛みと勝負してよかった、と感じている。そして、今も戦っている痛みがある。



大人になるということは「選択できる権利」を与えられる。ということなのかな、と考えています。子どもにはその権利がないという話ではないのだけど、でもできることってどうしても限られているから‥だから、子どものときより今の方が自由度は高い。でも自由な分だけ、責任は伴うし、自分の人生は、自分で切り開かないことにはなにもはじまらない。ということも突き付けられるから厳しいな、とも思うけど。だからこそ、自分の軸はずっしり太く在る必要がある‥と感じている。自分の軸は自分でしか太くできないのに、だれかに、なにかに囚われて縛られているのはもったいない。きっと悩んでる人の大半は、囚われたくて、縛られたくてそうなってるわけじゃないはずだから悔やしいのだけど、選択できることの権利を余すことなく使うには、呪縛を解くプロセスを辿ることは不可欠だな、と思うし、それもまた人生だな、と思うのです。


やっぱり1000文字って絶妙。この内容についてはもっと深堀して言語化していきたい。では!

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