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【感想】穂村弘最新歌集『水中翼船炎上中』――セックスの歌


穂村弘さんの最新歌集『水中翼船炎上中』の感想、というかほとんど好きな歌を引用して並べておくだけになるのですが、今更ながらさらっと書き残しておきます。


『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』以来、実に17年ぶりの歌集。「昭和」「ノスタルジー」をテーマにしてきたここ最近(といっても十数年経ったわけですが)の集大成。

「歌集にまとまったおかげで、後期穂村さんの歌がこれで読みやすく、批評しやすくなった」と思っていたのですが、発表時には同名の連作に含まれていた歌が、ばらばらに編集されている部分もあります。

つまり、丁寧に論じようとするならば、初出との異同も確かめる必要があり、やはり批評はしづらい状態。


たとえば、『水中翼船炎上中』の連作「楽しい一日」の最終歌は〈天使断頭台の如しも夜に浮かぶひとコマだけのガードレールは〉。

しかし、2008年に第44回短歌研究賞を受賞した、初出の「楽しい一日」では、この歌は後ろから5番目。表記も「ガードレイル」です。

そして、初出での最終歌は〈もう一度チャンスをくれを云いながら鹿せんべいを買いに走った〉。そしてこの歌は、歌集中の連作「二十世紀の蠅」に移動しています。

これはほんの一例。どの連作も、初出とは大きく異なることでしょう。


正直に申し上げれば、「昭和」を詠う後期穂村さんの歌の良さはまだよく分かっていないので、歌集発売を機に、その価値をきちんと分析する批評が生まれるといいなあと思っています(他人事)。

以下は、好きだなあと思ったり、「この歌まだ歌集未収録だったんだなあ」と思ったりしながら付箋をつけた歌。




電車のなかでもセックスをせよ戦争へゆくのはきっと君たちだから

(これは特に好き)


天使断頭台の如しも夜に浮かぶひとコマだけのガードレールは


エレベーターガール専用エレベーターガール専用エレベーターガール


約束はしたけどたぶん守れない ジャングルジムに降るはるのゆき

(「はるのゆき」というすぐ消える嘘くさい存在、雪を受け止めてくれないジャングルジムの景が、上の句と響く)


さみしくてたまらぬ春の路上にはやきとりのたれこぼれていたり


手書きにて貼り出されたる宇宙船乗務員性交予定表

(これも好き。「手書き」であることが効いている。実際、宇宙船での性欲処理はどうなっているのだろう)


胡桃割り人形同士すれちがう胡桃割り尽くされたる世界


超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日 曇り


ちちははが微笑みあってお互いをサランラップにくるみはじめる


つやつやとサランラップに包まれた掌[てのひら]が我が頭[こうべ]を撫でる


サランラップにくるまれたちちははがきらきらきらきらセックスをする

(「サランラップ」シリーズは特に好きだった。というか、こんな研究しているせいでいつの間にかセックスの歌ばかり響くようになってしまった)


あ、一瞬、誰かわかりませんでした 天国で髪型を変えたのか

(母を詠んだ歌)


真夜中に朱肉さがしておとうさんおかあさんおとうさんおかあさん


春のプール夏のプール秋のプール冬のプールに星が降るなり



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