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六番目の小夜子

「うちの高校じゃん」

読み進めながらそう思っていた。物語がではない。そこに出てくるディテールが、である。部室棟や体育館の位置関係、部室でタバコを吸う生徒会長、行きつけの喫茶店、学校から坂を降りると広がる川原、手に取るように映像が目に浮かんだ。

偶然だと思っていた。高校を舞台にした小説だから勝手に自分で想像していただけだと思っていた。

後年、『夜のピクニック』を読むに至り、恩田陸が高校の先輩だと知る。いや、僕としては先輩どころの騒ぎではない。一学年上の憧れの人だったのである。

彼女の文章は輝いて見えた。当時、文学部や演劇部に所属していて「書く」ということに憧れて抱いていた僕の希望を打ち砕いたのは彼女である。「こういう人が文筆業でプロになるだろうなあ」と思ったのだ。僕が文学から撤退したのは彼女のせいだ、というのはすべてではないが、一端の理由ではある。

その後、彼女が小説家になった、という話は聞かないまま過ごしてきた。プロの世界は厳しいんだなあ、ああいう人でもプロになれないんだ、なんて思っていたが、なんのことはない、ペンネームで書いていたから、それも専業小説家になるまでは、顔出し・本名出しはNGで書いていたから気が付かないだけだった。

昨年出版された『隅の風景』の文庫版に『六番目の小夜子』の舞台は「水戸、というより、私の母校の立地がそのまま舞台になっている。」と書かれていた。昔読んだ時の直感は当たっていたんだ、といまさらながら知ることができた。

毎年、年初に「会いたい人リスト」というの書いている。このリストに書いた人にはほとんど会えている。しかし、恩田陸の名前を書き続けて5年。いまだに会えていない。このリストに書いて会えていないのは彼女だけだ、といってもいいくらい。
本名に書き替えたら会えるのだろうか(苦笑)

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