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髪を国境として、私、美容師

私は美容師さんと話すのが好きだ。

美容師さんはサービス業のプロであり、かつ、全ての言葉に全く重力がないから、会話が弾む。それでいて生きてきた環境が私とはまるで違うから、止め処ないカルチャーショックが襲う異文化交流を嗜むことができる。

私の「文化祭で本格的な演劇をやるんです。演者と裏方の対立が多くて…」という球を、
「俺男子校だったんすけど、文化祭でめっちゃ可愛い女の子ナンパしたんすよ〜。」で打ち返してくる。これこそ私の求めているコミュニケーション、意思の疎通だ。
一度、男女二人の美容師さんが共同で私の髪を染めてくれたことがある。ギャルとギャル男の会話を両サイドからステレオで聞かされた時は最高のASMRだった。アガった。

と、私が追憶に耽る間に、美容師さんは真剣に私の丁寧に伸ばされた死んだ細胞と向き合っていた。

すると"髪のプロ"の目を私に向け、
「ほのかさんの髪質だと、レイヤーあんまり入れない方がいいかもですね。ちょっと乾かしてから検討しましょうか。」

続けて"少年"の笑顔で
「色落ちめっちゃ綺麗なので楽しみにしててください!!!」

ギャル男、プロ、少年の三面ギャップ。
……ねぇDJ、BGMの音量上げて。
曲は、そうね、あややの『ドッキドキ!LOVEメール』で。

シャンプー台を倒されて、顔に白い布をかぶせられるまでの時間。生きている人間が最も地獄に近づく時間である。頭にタオルを巻かれ、顔は全開、目は泳ぎ回り、手の置き場は定まらない。

死んだ人も同じなのだろうか。成仏寸前の死者の魂は、息を引き取った自分自身を俯瞰で見て、
「すっぴんの死顔見んな!!!恥!!!!布、早く布!!!無理まじ地獄!!!てか地獄行きたくねぇな〜〜〜!!!」
とか思うのだろうか。

そんなことを考えて気を紛らすうちに、視界が白天井と化した。
この布作ったやつ天才だ、と毎回思う。

そういえば、初めて美容院でこの布をかけられたとき、小学生とかかな、「白い布顔にかけたら死んだ人みたいじゃーん。ピンクとかお花柄とか可愛くすればいいのにー。大人になったら作ろー。」とギャルの発想で隙間産業を考えていたことを思い出した。

今のうちに特許とろ。

奨学金返済に充てます。