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怖い昔話:薬草の叔母さん

昔々ある所に大きな町がありました。

その町は貴族の領主様が収めており、教会の神父様や商人や医者、農民や大工、石工など様々な仕事の人たちが大勢、幸せに暮らしていました。

中でもお医者様は町の人を助ける人だと、領主様から褒められ大切にされていました。怪我人を救ってくれる人だと大勢の人たちが信頼している人でした。

そんなお医者様でも直せない事かありました。それは病気です。

毎年冬になると流行り病がおこり、大勢の子供達やお年寄りが亡くなりました。またお医者様は、赤ちゃんが生まれるときもどうしたらいいのかが分かりませんでした。お医者様の学校では、赤ちゃんが産まれるときの事をお勉強しないからです。

そんな時、町の人たちはこっそりと町の外れに住む薬草の叔母さんを訊ねました。

薬草の叔母さんは、町の外れの山に生えている薬草の名人でした。

毎日山に入っては薬草を見つけ、それを家の中に干しては薬を沢山作っていました。叔母さんの作る薬草は、体を丈夫にしたり、病を治したり、また子供の病気や虫歯もたちどころに直してしまう効き目を持っていました。

叔母さんはまた、赤ちゃんが産まれるときも家に来てくれて、寝ずの看病をして若いお母さん達のめんどうをみてくれました。苦しい思いをしているお母さん達の痛みを和らげ、無事に赤ちゃんがお腹から出てきてくれるよう、最後まで見届けてくれる人でした。

お産が終わっても、薬草の叔母さんは体を丈夫にしてお乳が良く出るようにしてくれるお茶を飲ませてくれました。どんなに若いお母さんのお産が難しくなっても、薬草の叔母さんの薬を飲めばたちどころに元気になって、すぐに赤ちゃんのめんどうをみられるようになるのです。

また、薬草の叔母さんは、冬に流行り病が起きると、町を救ってくれました。

近所の農家の干し草小屋で使っていないものを貸してもらい、壁の穴をすっかりふさいでしまうと、床の中央に大きくて広い穴をいくつもあけ、火をおこしました。火が強くなってくると、叔母さんは一抱えもある大きな鉄の鍋に水を張り、その水を沸かしました。干し草小屋の中には四つの鍋がぐらぐらと煮始めます。

咳がある子は一番端の鍋のそばに行って毛布をかぶり、湯気を一杯吸い込みました。

頭の痛い子達は、二番目の鍋の所に行き、熱くて茶色いお茶を何杯ももらいました。

お腹の痛い子達は、三番目の鍋の所に行き、熱くて黄色いお茶を何杯ももらって、しばらくの間毛布をかぶって鍋の周りから離れませんでした。

熱があって動けない子達は、鍋の周りにしつらえた干し草のベッドに横たわり、毛布を何枚も重ねて、叔母さんがくれる薄い茶色のお茶を何倍も飲みました。

叔母さんはお湯が切れないようにと井戸と納屋の間を何度も往復して水を納屋に入れ、鍋に入れては夜通し火をおこし続けました。

力仕事で大変なのを見かねた子供たちの母親たちが、何人も叔母さんを手伝いました。

朝が来て、眠ってしまった子供たちは、みんな元気になって納屋から出てきました。

でも、町の偉い人たちは、薬草の叔母さんを見張っていました。叔母さんの作る薬草は、お医者様になるための学校では教えていないため、どこから効き目が来るのかも調べられていないものでした。

町の偉い人たちは、次第に薬草の叔母さんを魔女と呼ぶようになりました。

魔女とは悪魔の手先のことです。人を迷わせて悪い事をさせる悪い人たちです。これを聞いた神父さん達は怒りました。この町に魔女がいる、と。神様の言いつけに従っていない人がいたからです。

薬草の叔母さんは、確かに教会に通っていませんでした。人が教会に通う時には、病気の人たちの看病で大忙しだったからです。

家の人たちがみんな教会に行っている間は、家の中が静かで、病人も安心して叔母さんからお薬をもらったり、叔母さんの出してくれる薬草のお茶を飲むことが出来ました。病気の人はそのまま眠ってしまい、叔母さんは次の病気のひとの家に行き、同じように看病をしました。こうして教会でミサが行われている間、叔母さんは何件もの家に行き、病気の人たちを助けました。

教会の神父さんは、薬草の叔母さんの家を何度も尋ね、教会に通うように説得をしました。それでも叔母さんは教会には行けない、と言いました。病気のひとがいる限りは、治療に当たりたい、と。教会では日曜日の労働はしてはいけないという決まりがあります。叔母さんはその教会の決まりを破っていました。

ある日の事、町の若者が叔母さんをからかってやろうと、おばさんの留守中の家に忍び込み、中を荒し、薬草や叔母さんの作った薬を盗み出しました。

若者たちは帰ってからこんな草なんてどうってことない、といくつかの薬草を食べてしまいました。食いしん坊だった若者たちは、本当は人にほんのちょっとだけしか与えてはいけない薬草を沢山食べてしまいました。

その夜、若者たちは幻覚を見たり、手足が震えたり、ろれつが回らなくなったりと、大変な事になりました。

この様子を見た医者は、すぐに神父さんの所へ行って、やはりあの女は魔女だと伝えました。叔母さんの家に行った若い者たちが幻覚を見て見えないものが見えると言ったり、手足の震えがでたり、しゃべれなくなったりと、悪魔に乗り移られた状態になったように見えたからです。

家に帰ってきた叔母さんは、家の中がめちゃくちゃにされていることにがっかりしました。沢山の薬草や薬、お茶が失くなっており、どこまでがどの薬草で、どこからどこまでがお茶なのかも区別がつかなくなるほど家のなかが荒らされていました。

そこへ領主様の護衛がきて、叔母さんを教会へと連れて行きました。

教会には神父様と司教様、そして領主様が来ていました。

三人は、叔母さんに沢山の質問をしました。
なぜ教会に行かないのか?
なぜ日曜日に禁止されている仕事をするのか?
なぜ医者の学校では認められない薬やお茶を、病気の人たちに与えるのか?
なぜ難産の妊婦が死なずに生きて出産をしているのか。魔法を使っているのか?

魔法は魔女がつかう技の一つです。
教会にもいかず、日曜日の安息日を守らないことはクリスチャンではないということ。
そして赤ちゃんが産まれてくるときに、もう死ぬかもしれないと言われていた妊婦が、翌日無事出産して元気になったのは、何か魔術がつかわれていた可能性が否定できないということ。

教会の決まりごとに反した叔母さんは、町の外れの罪人小屋へ入れられました。
いちど魔女と決められると、周りの人たちは叔母さんに近づかなくなりました。

でも、子供を叔母さんに助けられたことのある人が、叔母さんの小屋に近づいて声を掛けました。

「大丈夫ですか?なにか困っていることはありませんか?

「大丈夫です!私はかならず家に帰ります。町では赤ちゃんももうじき産まれるし、病気のひともまだいることだし。明日にはここを出たいくらいです。だれか、薬草を山でとってきてもらえると嬉しいのですが」

これを聞いていた人は、神父さんに叔母さんが話したことを報告しました。

すると、神父さんは、魔女が人々を操って、魔法で悪さをする準備を始めようとしている、とお触れを出しました。

一度魔女と決まると、もう誰にも手が出せません。

叔母さんにかかわると、こちらも魔女扱いされるかもしれない。人々は今まで叔母さんがしたことを忘れ、叔母さんから離れていきました。

罪人小屋で、叔母さんは自問自答をしました。そして、昨日来てくれた人に頼んだ薬草を取ってほしいという一言は言ってはいけない事だったのではないかと気が付いたのです。自分が魔女と言われているときに薬草にかかわりたく思う人はいません。もしかしたらその人が魔女や悪魔扱いされてしまうかもしれないからです。

翌日、教会の前の広場には薪と長い棒が置かれ、叔母さんは罪人小屋からひったてられました。

叔母さんが棒に括り付けられ、薪に火がつけられる直前、神父さんが質問をしました。

「教会に通いますか?」

「病人や赤ちゃんが産まれる女の人がいる限り、教会には通えません」

「赤ちゃんが産まれるときにはどんな魔術を使っていますか」

「いいえ、私は魔術は使っていません。」

「神が認める医学をあなたは信じていますか」

「いいえ。医学では直せない病気が沢山あります。」

「やはりあなたは魔女だ」

そう言って神父様は、その場にいた兵隊に命じ、うずたかく積まれた薪に火をつけさせました。ごうごうと燃える火が叔母さんの身体を左足から焼きはじめ、右足、ふくらはぎ、ふともも、お腹、背中の順に焼いていきます。叔母さんは苦しそうにしていましたが、火が叔母さんの上半身や顔、頭を覆ったとき、大きな叫び声が広場に木霊しました。

叔母さんがいなくなってから、神父さんはもうこれで魔女に脅かされる心配もない、と言って、皆をなだめました。

しかし、流行り病が来れば死んでいく子供やお年寄りの数はぐんと増え、生まれてくるはずの赤ちゃんや、赤ちゃんを産むお母さん達も難産でどんどん死んでいきました。だれもお産について知らなかったからです。
町で生き残ったお婆さんたちが赤ちゃんが産まれるときに手伝いましたが、そのおばあさんたちも流行り病にかかって亡くなりました。

お年寄りが減って知恵や経験のある人たちが亡くなり、子供の数も減ったこの町はどんどん寂れていきました。人々は流行り病の無い暖かい町へと移住していきました。

最期に町に残されたのは、流行り病で亡くなったお医者様と神父様のご遺体だけでした。


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