見出し画像

小さくなってゆく部屋のものもの

2023年の冬、お付き合いしている彼と一緒に住む部屋が決まった。
正式に交際を始めてから3か月足らず。部屋は決まっても覚悟は決まっていなくて、「これから一緒に住むのかー、へぇ…」と、少し他人事のような感覚で捉えていた。家具や家電を揃えるために奔走する彼を横目に「まだ2か月くらい先のことだし」とのんびりと構えていたのだけれど、気づけば引っ越しまで2週間を切っていた。

いま私が住むこの部屋はひとり暮らし用マンションで、借り始めて3年になる。3年しか住んでいないのだからそんなに物は増えていないはず。と荷造りをする覚悟を決めて押し入れや引き出しをひっくり返すと、思いのほかいろんなものが出てきて、気持ちが怯んだ。たった25㎡の箱の中に、こんなにもたくさんのものを溜め込んでいたのか。
気に入って買った食器、昔の彼からもらった服、セールで衝動買いしたガジェット、一番くじの景品。

8畳の生活スペースには、一人用のベッドとソファ。実家を出て生活を始めた日、母に「もう一人で生活できるから放っておいて」とでかい口を叩いたくせに、ソファに突っ伏して泣いていたこと。朝二度寝をしてしまって、布団から出て15分で慌てて家を出たこと。大切にしていたコーヒーの木を枯らしてしまったこと。ソファテーブルには、ティーポットを直置きして何度も輪染みを作ったっけ。
たった3年だけれど、3年もこの空間で生きてきたんだ。そう考えたら、きっと今あるこの空間は絶妙なバランスで保たれていて、少しでも変えてしまったら私は私ではなくなってしまうんじゃないかしらと思えてきて、怖くなった。

取るに足りないものは捨ててしまえばいい、ふたり暮らしになるのを機に新しく買い替えるものも、捨てるべきだ。でも、すべてのものに私の歴史が刻まれている気がして、これを処分してしまうと、そのとき生きた私はいなくなってしまう気がして、とにかく何を捨てるにも躊躇してしまう。
残された時間は少ないのに、一向に物は減らなかった。唯一の救いは、新しい家の収納が充実しているからという理由で、一旦新居に持って行ってから考えることを彼が許してくれたことだった。

引っ越しまで10日を切った日。
突然一緒に住むことを現実として捉えられるようになって、ようやく私に「これからはこの人と生きていくんだ」という自覚が生まれた。過去は過去のことで大切だけれど、彼との生活を守るために準備をしなければいけない。これから作る生活のために足枷になるこだわりや情は捨てよう。
そうして、私の部屋にあるさまざまなものがごみ袋に詰められ、あるいはリサイクルボックスに入れられ、私の元を去っていった。

今、私の生活は最低限のものたちで回っている。冷蔵庫の中身も減る一方だし、生活の痕跡が消えてだんだんと無機質になっていくこの部屋は、少し寒々しい気すらする。でも、これは芽吹きを待つ植物の種と同じなのだろう。新たなスタートに向けての準備期間だ。

私はもうすぐこの部屋を出る。そして、新しい生活を始める。
まだ少し寂しい気もするけれど、この部屋で過ごした私の時間は私自身に刻まれていて、それは一生変わることのない事実のはず。
小さくなった荷物たちと思い出を持って、胸を張って出発しよう。

この記事が参加している募集

新生活をたのしく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?