幼稚園の運動会で。
「ホワイト!イエロー!レッド!ブルー!」
娘が自宅の寝室で大きな声を出し、運動会の練習をしています。幼稚園の運動会では英語で答える競技があるようです。
今度は布団の上で前転。クルッと上手に回るので「すごいね〜!上手だね!さすが年中さんだ!」と話しかけます。少しぎこちないけど、前より上手にできるようになりました。
運動会当日、どんなふうに披露してくれるのでしょうか。楽しみです。
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9月某日。幼稚園の運動会当日です。
外を歩いていると、ジリジリとした日差しが肌に突き刺さります。
「暑すぎる……」
私は帽子をかぶりながら空を見上げました。一面透き通るような青空で雲ひとつありません。まさに快晴。
9月に入ってから雨降りの日や肌寒い日が続いていたのに、なぜか運動会当日は真夏日です。子どもたちが「運動会の日は晴れますように!」と願いを込めて、てるてる坊主を作ったおかげでしょうか。
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♫♫♬
運動会のプログラムは順調に進んでいきます。
「次は年中クラスによる障害物競走です。子どもたちは、毎日練習を〜……」
先生がマイクでアナウンスしてくれます。
いよいよ待ちに待った年中クラスの障害物競走の番です。私も気合いを入れて子どもたちを見つめます。
年少のときは笛がスタートの合図だったけれど、年中からはピストル。繊細で不安を感じやすい娘は大きな音が苦手です。
「大丈夫かな……」と不安に思いつつ、撮影するためのスマホを持ちながら娘の番を待ちます。
いよいよ娘がスタートラインに並びました。
「位置について!よぉーーい!」
先生の大きな声のあと、パァァンとピストルの音がしました。
娘はピストルの音に驚いたのでしょうか。みんなより数秒遅れて走りだしたようです。
娘の様子をスマホで撮影していた私も、動揺して画面がぶれます。
子どもたちはトコトコと走りながら小さなトンネルをくぐります。みんなのあとを追って娘もトンネルへ。
次はネットくぐりです。
立ったままネットをくぐる娘に「しゃがんでぇー!!!」と念力を送ります。
子どもたちは、だんだん私がいる場所に近づいてきました。
次はマットの上で前転です。
クルッと素早く前転していく子どもたち。娘は……体操の先生に手伝ってもらってゆっくりと前転していました。
家ではクルッと自分でできるのに。
どうしたのでしょう。
ちょうど私がいる場所を娘が通り過ぎる時、思わず大きな声で「がんばれーー!」と声をかけました。
私の声なんて聞こえていない様子の娘はフラフラしながらフラフープを選んで英語の先生のところへ行きます。自分が選んだフラフープの色をマイクを使って言うようです。
「……。」
汗をかいて顔を赤くしている娘。固まったように言葉がでません。保護者の方たちが、たくさん見つめているので緊張したのでしょうか。
ワーワーキャーキャーと応援している子どもたちの声が園庭に響きます。
英語の先生に小声で教えてもらって、やっと「イエロー!」と力を振り絞って大きな声で言えました。
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運動会では子どもたちの運動能力の差を目に見えて実感してしまいます。
強気な表情でピューンと走って行く子、一生懸命に早い子を追いかけて行く子、笑顔でトコトコ走る子、キョロキョロしながら走る子、不安そうに頑張って走る子……。
娘は自信がないために、思い切り体を動かせないのでしょうか。娘の運動会での様子に「家ではできるのに、どうして?なぜできないの?」と情けないような悔しいような複雑な気持ちになりました。
しかし運動会の帰り道のことです。運動会を一緒に見ていた祖母が娘に声をかけました。
「10日も休んで、あれだけできたんだよ。頑張ったねぇ!!えらいよぉ!」
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幼稚園の夏休み最終日、私たち一家は大流行中の感染症に苦しんでいました。娘も私たちから遅れて感染したため、10日間幼稚園を休んだのです。
その間、幼稚園のお友達は先生と運動会の練習を頑張っていたはず。
体調が落ち着き久しぶりに登園した日のことです。娘がポツリと言いました。
「なんで幼稚園は難しいことするのかな?なんで運動会は難しいのかな?」
幼いながら「お友達はできるのに、どうしてできないのかな」「難しいことばかり」と悩んでいたのかもしれません。
さまざまな感情を経験して娘は運動会の練習も運動会当日も頑張ったのでしょう。娘なりの頑張りを認めてあげなければと思い直しました。
分かっているのに、ついついできることよりできないことを見てしまいます。他の子と比べても仕方がないのに。何度目なのか分からない反省会を自分の中で開きます。
最近の娘は以前に比べたら、高いところからジャンプもできるようになったし平均台もひとりで歩けるようになりました。
娘は頑張っていないわけではありません。頑張っているし、確実に成長しています。
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数日後。
スマホで撮影した障害物競走の動画を娘と見ていました。「がんばれーー!」と私の大きな声が入っているので、ちょっと恥ずかしくなります。
やっぱり娘には私の応援の声は聞こえていなかったようです。競技に集中していたのでしょう。「障害物競走、頑張ったね。大きな声でイエローって言えてえらいじゃん!!」と娘に話しかけました。
娘はスマホを持ちながら私の顔を見ます。
「うん!!みんなみたいにできないけど、がんばったの!!」
とびきりの笑顔で娘が答えてくれました。
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