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北極圏の晩夏に一人でザリガニパーティ"Kräftskiva"を満喫する。


スウェーデンのザリガニの季節

スウェーデンには夏の終わりに"Kräftskiva"という忘れてはならない(というかスウェーデン人なら忘れることはあり得ない)行事がある。

"Kräftskiva"
つまり、"ザリガニパーティ"である。

スウェーデン人のザリガニ好きは相当なもので、1900年代初頭には乱獲を防ぐためにザリガニ漁の規制が設けられたほどである。その際に、8月の第1水曜日を漁の
解禁日と定め、その後の数ヶ月が漁期とされた…らしい。

現在では冷凍・保存・輸送技術の進歩により、輸入品なども含め、一年を通してザリガニを購入することができるが、このザリガニ漁解禁を祝う伝統は廃れることなく、スウェーデン人たちに愛されている。

ザリガニパーティーを一人で楽しむ

さて、郷に入れば郷に従え、というわけではないが、住んでいる土地の文化、伝統を身をもって体験するというのも一つの重要なことである

…等と、いう大義名分を用意して、夏の終わりに少しばかり贅沢をした。つまり、ひとりで"Kräftskiva"を満喫したのである。

もちろん"Kräftskiva"とは本来家族や友人、同僚達と卓を囲んで楽しむ物である。しかし、こういった行事を徹底して楽しみつくそうとする場合、得てして同席者はそこに至るまでの障壁にもなりうる。

それに、そもそも甲殻類は人を黙らせるのであるから、一人で楽しんでなんの問題があろうか…。いわば、スウェーデン人にとってのザリガニは、日本人にとっての蟹のような物なのである。

もちろん、スウェーデン人は陽気な人々なので、パーティーの最中しょっちゅうSnaps(スウェーデンの強いお酒)を飲む歌を挟むのだが…。それは置いておこう。

"ひとりKräftskiva"動画

ちなみに、こちらが"ひとりKräftskiva"を行った際の動画。

今回は、前日から準備をはじめ、計6品の料理を用意した。

前日にはザリガニの殻から出汁をとるところから始まり、Kräftskivaの伝統的なメニューの一つである"ostpaj(チーズパイ)"の生地作り、ザリガニグッズの飾り付けの準備まで。

当日には、ザリガニ出汁を使ったスープ料理と、チーズパイ、そして飾り付けの仕上げに加え、メインの茹でザリガニと、ちょっとした軽食を2品作った。

この時期、雨がちな天候だったものの、幸いにも当日は晴天に恵まれ、ベランダにまで出て"Kräftskiva"を満喫できた。まあ、道を挟んで斜め向かいいの人たちもベランダに出ていて、なんだか目が合った気がしたので早々に室内に戻ったのだけれどね。斜め向かいといっても距離的には50mくらいあるのだけれど、見られているように感じると落ち着かないのはやはり日本人の性分だろうか。

 動画解説

せっかくなので動画には入りきらなかったKräftskiva関連のお話を少し詳しく説明しておこう。
*もちろんある程度しっかりと調査はしていますが、あくまで筆者の知る情報であり、多分に主観も含まれますので、必ずしも全てが正しいとは保証できません。

"Kräftskiva"のご馳走メニューあれこれ

Kräftskivaは、もちろんその名の通り"ザリガニ"をひたすらに食べ尽くすパーティーであるので、極端な場合茹で上げたザリガニさえ山盛りに用意されていれば十分である。

あ、Snapsだけは別だった。何はなくとも、この強力なスウェーデンのアルコール飲料だけは必須。これ無くしてはザリガニを食べることはできない。というより、スウェーデンのパーティーにおいてSnapsが無いなんて考えられない。

スウェーデンのSnapsというのは、ショットグラスで飲まれる強めの蒸留酒のことで、様々な種類のものがあるが、基本的にジャガイモや穀類から作られている。日本でいう焼酎のようなものである。

*残念ながら我が家にはショットグラスが無いので別のグラスを使用している。

"ショットグラスで飲む"ということからわかるだろうが、基本的にはこのお酒はショットで飲まれる。もちろん強制では無いので、飲めない人は数口に分けて飲んでも構わないし、ひと息にグラスを干さないからといって責められることも(おそらくは)ない。

ただまあ、多くの人々は自ら好んで杯を煽るのである。Snapsを飲むための歌(snaps visa)を合唱しながら…。

さて、話を料理に戻そう。先ほど書いた通り、ザリガニさえあればKräftskivaは成立する。しかし、まあ、ザリガニとsnapsだけでは少しばかり寂しいだろう。それに、ザリガニとsnapsをひたすら交互に飲み食いすることを想像すると、如何にも体に良くなさそうである。

そんなわけで(?)、Kräftskivaにはザリガニ以外にもいくつか定番とされる料理が存在する。今回、実際に作った料理を紹介しよう。

・Kräftor:茹でザリガニ

まずは、主役のザリガニ。

例年、我が家で使っているのは調理済みのこちらの冷凍物。もっと都会ならば、別の選択肢もあるのかもしれないが、我が町では殻付きは冷凍物一択である。準備は非常に簡単で、前日に冷凍庫からおろして、解凍しておくだけ。

さて、そんなザリガニだが、スウェーデンではディルとセットとされるのがお約束。ディルを入れた塩水で茹で上げられ、一度冷まして味と香りを染ませたのち、Krandil(ディルの王冠)と呼ばれる花の咲いたディルを添えて盛り付けられるのである。

そういったわけで、スウェーデンでは一般にゆであげられたザリガニを熱々のまま食べることしない。

ちなみに、Kräftorと同時期に出回るこちら"Havskräftor"。
同じくKräftorという単語が入っているが、こちらの正体は実はヨーロッパアカザエビ。何を隠そうフレンチではラングスティーヌ、イタリアンではスキャンピーの名で知られる高級食材である。分類としてはザリガニ下目の甲殻類らしい。蟹とエビのいいとこ取りをしたような上品な味わいは絶品。

しかし、スウェーデンの人々にとっては、あくまでHavskräftorはHavskräftorであり、Kräftorではないのである。うちの最寄りのスーパーでは解禁日の8月の第一水曜日にHavskräftorとKräftorは同時に売り出される。両者は同じケースの中で隣り合って配置され、同重量で値段は同じ。一方で入荷量は動画でもわかるように、ざっと見積もってもKräftorがHavskräftorの3~4倍以上。

にもかかわらず、Kräftorは8月の終わりには全て売り切れ、一方でHavskräftorは9月に入っても在庫が残っている。これほどに顕著な差が現れるのである。恐るべし、スウェーデンにおけるザリガニ人気。

・Kräftorsoppa:ザリガニのスープ

スウェーデンの人々は基本的にザリガニを料理することはない。

茹で上げたザリガニを手束らかぶりつくことこそがザリガニを楽しむ正道であると信じて疑わないからである。

そのため、ザリガニを使って何か別の料理を…、というのはあまり一般的ではないのである。しかし、2つだけ市民権を得ていると言っても良いであろうザリガニ料理が存在する。そのうちの一つがKräftorsoppaである。

ザリガニの殻を煮出した出汁は非常に濃厚で旨味に溢れている。中身だけ食べて捨ててしまうには勿体無いのである。

今回は当日にそのまま食べる用のザリガニとは別にもうひとパック購入して、スープ用に使用した。殻を剥いた中身は後述のKrustaderと、つまみ食いに…。

ちなみにもうひとつの市民権を得ているザリガニ料理はKräftpasta。こちらも作っているのでよければこちらをどうぞ。

・Västerbottenost paj:チーズパイ

Kräftskivaの定番のご馳走といえば、チーズパイ(ost paj)。
スウェーデンを代表するVästerbottenost(ヴェステルボッテンチーズ)で作られるVästerbottenost pajはKräftskivaには欠くことのできない食べ物である。

スウェーデン北部のVästerbotten地方名産のこのチーズはスウェーデンの人々に深く愛されており、一部ではこのチーズこそチーズの王様だとみなす向きもあるほどである。特徴的な風味と香りをもち、独特のクセと苦味がザリガニや魚卵などと非常に相性が良い。

需要の高さゆえかVästerbottenostは206.67 kr / kgと他のチーズに比べると2倍ほどの値段で販売されており、決して安価であるとはいえないのではあるが、まあ、Kräftskivaの食卓には欠かすことはできない重要な要素なのである。

ちなみに、このチーズパイではパイ生地に卵を入れないことが多い。

・Krustader:

こちらは"Krustader"と呼ばれる商品を使った軽食。フランス料理の"croustade"を輸入したものだと思われるが、スウェーデンでも人気の食べ物。

いわゆるCrustであり、この中に詰め物をして軽食、あるいは前菜の定番として活躍する。今回は大小2種類のサイズのKrustaderを使って、それぞれ別のものを詰めて調理。

一つ目は、上記のVäserbottenostをすりおろしたものに、卵と生クリームを混ぜた卵液を注ぎ、焼き上げたもの。その上でザリガニの剥き身とディル。偶然ながら卵持ちのザリガニが入っていたのでそれもトッピング。

そして、こちらは同じくすりおろしVäserbottenostをcreme fraiche(クリームチーズ)と共に詰めて焼き上げたところにLöjrom(whitefishの卵)とミントを乗せている。

魚卵、クリームチーズ、チーズの旨味が三重に重なったとても濃厚な一品である。

さて、今回作った料理は以上であるが、そのほかにもスウェーデンのパーティー料理の定番である"ヤンソンの誘惑(Janssons frestelse)"や、サラダなどもKräftskivaのご馳走として卓上に並べられることがある。

Janssons frestelseの本格レシピはこちら↓


Kräftskivaの飾り付け

Kräftskivaにおけるザリガニ要素はごちそうだけでない。
というのも、スウェーデンの人々はKräftskivaにおいて食卓の周りをザリガニグッズで飾り付け、ザリガニの食器を使用し、ザリガニの三角帽を被るのである。

・Gubben i månen:月の男のランタン

まずKräftskivaの飾り付けの最も重要なものがこちらの"月の男"のランタン。
何故、このランタンが吊るされるのかというと、実は"月"というのはザリガニ漁において非常に重要な役割を果たすのである。

ザリガニは夜行性であり、ザリガニ漁は夜の月明かりの下で行われる。さらに8月頃には月が最も大きくなることもあり、月はザリガニ漁に密接に関わるシンボルとされていると言われている。

ザリガニ柄の食器

KKräftskivaでは食器やテーブルカバー、ナプキンなどもザリガニをモチーフにしたものが好まれる。またSnaps専用の小さい紙コップなどもあり、Kräftskivaの季節になるとどこのスーパーマーケットでも特別コーナーが設置され、使い捨ての紙製のザリガニ食器などが売り出される。

もちろんKräftskivaは歴史のあるスウェーデン社会に深く根付いた伝統であるので、ザリガニ食器はここで紹介したような紙製の使い捨て食器だけでなく、きちんとした焼き物の食器も手に入る。アンティークショップなどにいけば、素敵なザリガニ柄の食器セットをたくさん見つけることができるだろう。

ザリガニグッズ色々

その他のザリガニグッズといえば、定番どころは切り絵のようなザリガニが大量に連なる紙飾り。


これがなかなかによく出来ており、動画の中でも見せているように、頭部近くに通されている糸を引けばパタパタと広がり、また別の紐を引けば簡単に畳まれる。これは食卓の上に吊るされる。

その他にもザリガニの風船だとか、ザリガニがプリントされたテープ(?)などもあり、これらを飾り付けるのもKräftskivaの醍醐味の一つである。

ザリガニ柄の三角帽子

そして、忘れてはならないものがザリガニ柄の三角帽子。Kräftskivaにおいては老若男女、年齢性別問わず、皆がこの三角帽子を被って参加する。

…さすがに一人で被る気分にはならなかったので、我が家の"ひとり
Kräftskiva"では机の上の飾りとなっている。

ちなみに、我が家では用意していなかったが、本気のKräftskivaでは皆が夢中になって心置きなくザリガニにしゃぶりつけるよう、ザリガニ柄の前掛けも用意される。

"ひとりKräftskiva"を終えて…

ということで、一通りKräftskivaについて紹介したので、今回はこの辺りで。

今回、一人でKräftskivaを行ったわけだが、とりあえず満喫、満足である。
もちろん友人や同僚と一緒に行うというのも楽しいのだろうが、やはりこういった"手掴みで齧り付く"ような"お行儀が悪くなるのが避けられない"食べ物を食べる際には、どうしても他の目が気になってしまうもの。その点一人であれば、遠慮なく満足いくまで楽しめるので、やはり一人はいいものだとしみじみ思う。

料理にしても、一人なら好きなものをあれもこれも作って食べてとできる。余れば
保存しておいて、後日食べれば良い。
しかし、複数人で行うとなると何を作るかにも気を使わなくてはならない。万一、
持ち寄りなどという話になってしまった時にはもはや目も当てられない。量も質も自分一人が作りすぎるわけにもいかないし、どうしたって多かれ少なかれ協調性という暗黙の強制力が働いてしまう。

そもそも私自身は別に料理が好きではないが、もはや生活の一部として定着しているために、全く苦にはならないのであるが、どうやら国によらず、世の中には"料理が大層なもの"だと思っている人が多いらしく、少し料理をしただけで必要以上に気を遣われたり労われたりしてしまうのでどうにも居心地が悪いのである。

まあ、みんなで楽しむパーティは社交の場、心ゆくまで楽しむならおひとり様。使い分けこそが肝要というわけだな。



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