【備忘録】視座が低すぎる、驕るな、覚悟して打ち込め 2022/6/15

noteのタイトルがキツいですが、大事な出来事なので言語化します。

今日は退社後に外資系戦略コンサルファームの一次面接を受けました。

準備不足で自信がなかったですが、「まずは経験」という軽い気持ちで参加。

面接では志望動機などと絡めて、自分がどうしてありたいかなどのビジョン、現職での活動を説明。

話してみて思った、あまりにも動機がない、、そもそも、転職活動に対するモチベーションもない、改めてそう思いました。

そして、現職にてまず何かを成し遂げたのか?と言われると、大したことしていない、、そもそもそんな行動で自分の価値が上がったのかと問い直すと答えはNO。

さらにこの後、コンサル業界での面接ではよくある(らしい)フェルミ推定を行って見たところ、撃沈。

ここで準備不足だから仕方ない、と思うだけなら普通の感想ですが、それ以外に思ったこと、それは自分の視座の低さ

フェルミ推定のテーマを自分の所属する業界に近しいところで設定してくださったのに、撃沈し、その後「こうするといいよ」と詳しくアドバイスされてしまい、業界に属しているくせにそんな考えも及ばないのか、、と自己嫌悪に陥りました。

同時に、面接官の視座の高さにも驚かされ、「経験とりあえずしてみよう」と意気込んでいた数時間までの自分に呆れました。

そして、この面接を通じて危機感が生じました。
それは、
「社会人としての間、覚悟を決めて努力で何か押し進めてきたのか?」「叶えたい未来に向けて、本当に前に進む気はあるのか」「シンプルに怠惰にやってきたのではないか」
ということ。

自分を全否定したわけではありませんが、強く心に刻み込んで行動してきた、とは100%言い切れません。

最近見ていた中田さんの動画でも、自分の考えの甘さを再確認しました。


過去の栄光で勝手に過信したり、今してる勉強などは「やってる・継続してるからよし」として甘えていたことを自覚しました。

本気でやっているのか、モチベーションを強くして取り組んでいるのか、、

考えれば考えるほど、本当にこれまで甘えてきたんだなと思っています。

この動画でも言われていることですが、現状今の自分が手遅れなのは手遅れ、それをまずは確実に心に刻んで自覚する。
これまで人生をサボってきた分はまず反省。

そして、手遅れ分を取り戻して大きく乗り越える、その道中は退屈だし苦痛もあるしやめたくなるし甘えたくなる。

そんなの思っていられないほど、「今のままでは何も変わらない」「変えないとダメ」「むしろ退屈さや苦痛を受け入れて乗り越えて楽しむ」くらいにモチベーションを高く保って取り組む。

「モチベーションの上げ方・保ち方」とかそういう方法論ではなくて、「いかに自分が覚悟持って取り組んでいるか」で全ては決まる。

自分に今まで不足していたもの、それは危機感・背水の陣・覚悟・努力量・再挑戦。

今日この面接の機会、そしてYoutube動画を通じてハッとしました。

猛烈にやらないと何も変わらない。
過去の栄光、努力の貯蓄とかそういうものはない。
結局成し遂げたい強い気持ちのある人が人生登っていく。

一つ一つ日々の行動に気持ちを落とし込んで、生きます。



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