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【読書メモ】Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界

Making the strange familiar. Making the familiar strange.
未知なるものを身近なものへ。身近なものを未知なるものへ。

人類学者からFinancial Times編集者へと転身したジリアン・テット(Gillian Tett)による、ビジネスや人生への取り組み方について異なる考え方を促す示唆に富んだ本である。彼女の主張は、人類学(Anthropology)の原理をビジネスや日常生活に応用することで、個人や組織が人間の行動をより深く理解し、より良い意思決定を行うことができると主張している。

著者のサイロ・エフェクトを先日読んでとても面白いと感じ、本書も手に取ったのだが、こちらも非常に参考になった(早速、著者をAmazonでフォローしました)。

なぜそもそも人類学的思考がビジネスに必要なのか?と思いながら読み進めていくと、現代社会の知的ツールが機能不全に陥っていると彼女は指摘している。

これまで私たちが世界を理解するために使ってきたツールの多くは、どう見てもうまく機能していない。近年、経済予測、選挙の世論調査、金融モデルは当たらず、テクノロジー・イノベーションは危険をはらみ、消費者調査は判断を誤らせる。こうした問題が生じるのはツールが間違っている、あるいは役に立たないためではない。ツールが不完全であるためだ。視野が狭く、世界はごくわずかな変数で分類・把握できるという前提に基づいて設計され、文化やコンテクスト(文脈・背景)に配慮せずに使われるからだ。
世界が安定していて、過去が未来の参考になる時代ならそれでもうまくいくかもしれない。だが変化の激しい時代、VUCAの時代は違う。必要なのは広がりのある視野であり、それこそ人類学が与えてくれるものだ。これをアンソロ・ビジョン(人類学的視点)と呼ぼう。

欧米や日本などの先進社会で生まれ、そこで教育を受けて育った人々は、自分の、自分たちの思考方法や行動様式を当然のものであり、誰もがそれを採用していると無意識に信じているが、そんなことは全くない。我々の思考や行動にはバイアスが多分に含まれており、それが視野を狭めている。

人類学者のアドバイスは、インテルが大きな損失につながる過ちを避け、機会を見つけるのに役立ってきた。理由は単純だ。欧米の企業社会あるいはハイテク産業のアキレス腱のひとつは、そこで働く技術者や経営者が世界中の誰もが自分たちと同じようにモノを考える(べきだ)と思い込む傾向があることだ。自分たちから見て奇妙な人々の行動はないことにしたり、無視したり 、バカにしたりしてきた。グローバル化した世界において、そのようなマインドセットは最悪の結果を引き起こすこともある。(でも、どうすれば二一世紀の技術者や経営者の考え方を変えさせることができるのだろう)と私は思った。それはあまりに困難なことに思われた。
技術者はそれまでイノベーティブなアイデアを思いつくと、それを他者に押しつけてきた。それに対して人類学者は、まずユーザーの視点で世界を見るところから始め、その多様性を受け入れたうえで対応するよう促すという。
「あなたがたの世界観は万人のものではない」
言葉にすればシンプルだが、心に留めておくのはとても難しい。

他者も自分達と同じように考えると考えるのは危険である。一例として日本のキットカットの事例も登場する。ネスレグローバル本社(スイス)の売り方(Have a break. Have a KitKat.)が日本では通用していない中、語呂合わせ(きっと勝つ)で受験のお守りとして使われていると気づいた日本人社員が日本独自の営業戦略を考案し、ブレイクを引き起こした。重要なのは、先入観を排して、消費者のいる場所でその言葉に耳を傾けること、多数派と違う視点でモノを考えることだ。


他にも、アメリカ人と中国人のテクノロジーに対する考え方の違いも言及されている。

中国では日々の生活のなかで顔認識がいたるところで行われているため、すでに当たり前になっている。「ケンタッキー・フライド・チキンの店では、客が画面越しに注文し、支払うときにニコッとする様子も見た」とアンダーソンは書いている。それはごくふつうの、日常的な「何の変哲もない」 都市生活の一部だ。中国人のほとんどがテクノロジー・イノベーションを本質的に好ましいものととらえていた。成長を加速し、世界の舞台での中国の力をさらに強める要因と考えていたからだ。他にも中国人とアメリカ人のあいだで微妙だが重要な違いが見られたのは、コンピュータと人間のどちらが好ましいかという認識だ。アメリカ人は映画『2001年宇宙の旅』(HALという名のAIシステムが宇宙船を乗っ取り、恐ろしい結果を招く)のような大衆文化の影響もあり、コンピュータが意思決定をすることに恐怖を感じていた。しかし中国では文化大革命のような出来事もあり、人間の官僚に対する信頼感が非常に低い。人間の代わりにコンピュータが意思決定をするほうが良いと感じているふしもある。ロボットは人間のようにまぐれかつ残酷にふるまう可能性が低く、AIを使った顔認識プラットフォームは賄賂を要求しない。

サイロ・エフェクトほど売れてはいないようだが、個人的には読む価値のある本だという印象だった。

本書の構成と筆者の主張は非常にシンプルである。

・第1部:未知なるものを身近なものへ
見知らぬ他人を観察する。知らない人が何を大切にしていているのか。データだけでは説明がつかない物に対して、アンソロビジョンが有用である。

・第2部:身近なものを未知なるものへ
文化人類学的な素養があると、自分の理解が進む。身近であるが故に見えなくなっているもの、疑うことすらしなくなっていることは多い。
金融業界やテック業界など専門性の高い業界において、その世界独特の価値観の中で過ごしていると、内部のメンバーはその影響を受けていることを認識できない。
自分や、自分の組織を未知なるものと捉え理解しようとする姿勢、アウトサイダーの視点が有用である。

・第3部:社会的沈黙に耳を澄ます
他人を理解し(第1部)、自分を理解する(第2部)。そして目の前にあるのに見えていないものに気づき、加速する時の流れの中で、社会の変化の背景を理解する試みがアンソロビジョンである。

当然だが、具体的に何をどうすれば良いかは書かれていない。自分で考え、行動せよということだろう。書かれているのは、解くべき課題をどのように見つけ、どのようにアプローチするかという点についてのアドバイスである。


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