「ミウラ・チャット」・・・真夜中のSNSで起こった事とは。
『ミウラ・チャット』
午前7時にセットした目覚まし時計が鳴るより早くスマホが鳴った。
「朝からすまん」
同期の湯川だった。
「佐野はひと月前の『三浦チャット』に参加してただろう」
「ああ。でも俺はほとんど見てただけで、二時間くらいで抜けたけど」
「おれもその後すぐ抜けたんだけど、チャットの記録見たか?」
「いや。忙しくて見てないけど、誰か書き込みで告白でもしたのか?」
「そんなんじゃねえよ。とにかく見てみろよ」
俺はスマホをテーブルに置いてPCを立ち上げた。
『三浦チャット』とは、同期の連中が、定期的にチャットで語り合うSNSである。
家業を継ぐため、卒業と同時に秋田に帰った同期の三浦が、
仕事の愚痴を書き込んだのが始まりだが、
最近ではお互いの近況報告の場になっている。
入退室は自由で、挨拶だけして抜ける奴もいれば、朝まで三浦に付き合う奴もいる。
参加者の数も毎回違ううえ、残っている記録を読めば、
皆の近況は分かるので、ゆる~く参加する者がほとんだ。
その気楽さのおかげで、もう二十年も続いている。
「立ち上げたぞ、湯川。特に変わったことは無さそうだけど」
「お終いの方を読んでみろよ。1時過ぎた頃からの書き込み!」
いつものように、他愛のないやり取りが書き連なっていたが
様子が変わったのは、三浦のこんな書き込みからだった。
<新宿も随分様変わりしただろうな>
ほとんどの同期生が退出し、残っているのは、
三浦と榊というあまり印象にない奴の二人だった。
<そうですね。シンジュクも変りましたね>
<伊勢丹の裏のあの飲み屋はどうなってる?>
<美乃里はまだやってますけど、熊野屋は去年閉店しました。
跡地はカフェのチェーン店になってます>
「なんだこれ、冗談か妙なボケをかましているのか?」
「俺も最初そう思ったんだが、榊って俺はあんまり知らないんだが、
こんな事書く奴なのか?」
「いや。俺も知らない。覚えてないだけかもしれないけど。
でも同期でわざわざ、こんな奇妙で丁寧な書き込みをする奴なんていたかな」
俺はどうしても榊という奴の顔を思い出せなかった。
「とにかくその先を読んでみろよ」
俺は促されるまま、先を読んだ。奇妙な会話がどんどん連なって行った。
<そうか、残念だな>
<ヨドバシ浄水場の跡地には、50階くらいの高層ビルが建つらしいですし、
都庁が移転してくるという噂もあります>
<そうか、高層ビルなんか出来るんだ>
書き込みに対する三浦の対応は冷静で、榊はどんどん調子に乗って行く。
<あのヨドバシカメラの混雑の中を通り抜けて発車する危険なバスターミナルは、南口に移転する模様>
<へえ~>
<一番びっくりしたのは、花園神社の近くを通っていた路面電車が無くなって、歩道になっちゃうことだね>
<俺あれ何度も乗ったよ。勿体ないな~>
<そうそう、新大久保との間にあった闇市の跡地を再開発して、歌舞伎座を呼び込もうと算段しているって話も聞いた>
<歌舞伎が新宿に来るのか?>
<今度三浦が上京する頃には、「歌舞伎町」って名前になってるかも>
<見てみたいな>
<見に来てくださいよ。人力車、予約して待ってるから。
ガス灯の明るさに驚いている榊より>
そして、最後にセピア色に染められたモノクロ写真が挿入されていた。
明治10年のガス灯初点灯という銀座の記念はがきだった。
その写真の中に、三浦が一緒に写っていた。
誰かの手の込んだ悪戯かどうかは分からない。
ただ一つ分かってるのは、
この日以来、三浦とは全く連絡が取れなくなったという事だけだ。
おわり
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