「釣るもの、すがるもの」・・・短編。路面電車で少女が出会ったものは。

都内にある路面電車の一つ「都電荒川線」。最近では、「さくらトラム」などと呼ばせようとしているらしいが、古くからの住人には、「とでん」であり、「チンチン電車」なのです。

短編「釣るもの？　すがるもの？」

その日、後悔する力も無いほど打ちひしがれた私に、
雨は容赦なく降り注いだ。

ずぶ濡れのまま乗り込んで来た私を、路面電車の乗客たちは
好奇の目で一瞥し、すぐにその視線を逸らした。

その方がいい。
なまじ優しい言葉を掛けると、心の内の底知れぬ闇が
無数の毛穴から漏れ出して、相手かまわずとり殺そうとするかもしれない。
せっかく釣り上げた恋を信じていた親友に奪われた女。
愛という傘を無くしてしまったササクレには、
近寄る者は全て敵に見えてしまうのだから。

　　チンチン　　　ガタン

車両が一瞬揺れた。
この時、倒れずに吊革を掴んだのは、
体がそれを求めていたのだろう。

私はその手に、ハートを握っていることに気付き、
そのすべすべとしたプラスチックの触感が
心のササクレを一瞬忘れさせた。

ふふ、ふふふふ。

不意に笑いがこみ上げてきた。
心の内から漏れ出してきたのは真っ黒な闇ではなく、
呆れかえるほど気楽で、陽気な私の性格だった。

何も考えずに次の停車場で降り、
雨上がりの商店街をクルクルと回りながら歩いた。
雲の切れ間から顔を出した太陽が、
髪の毛から飛び散る雨の名残を輝かしていた。

きっと可笑しな女に見えているだろうな

でも、いいや。

ハートは釣るものでも、すがるものでもない。
悦びも悲しみも、しっかりと感じ取ろう。
そして、明日は又、別の電車に乗ろう。

＊冒頭の写真は、本編とは関係ありませんが、本文中の写真にあるハート型の吊革は、都電荒川線に実際にある吊革です。
見つけたらちょっとラッキー。

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