湫川 仰角

くてがわ ぎょうかく 小説なんかを不定期に。仰ぎ見る角度で。

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記事一覧

ある射種

 的までの距離は二十八メートル。射手は一本の矢を番え、弓を引き絞り、一点に放つ。矢を放った弦は弓をも弾き、乾いた竹が割れたような音――ツルネを道場に響かせる。 …

湫川 仰角
9か月前
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ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】3/3

Fragment 3:ささのご  僕は桜を知らない。見渡す限りの橙畑しか知らない。  新しいバイオエネルギーの原材料に、病の治療薬に、有用な橙を植え続けた結果だ。  桜とは…

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4年前
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ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】2/3

Fragment 2:山田佳江 「ねえパパ、退院したらハナミに行きたい」  娘の言葉に、僕は興味のないふりをする。自分の心拍数が上がっていくのを感じ、ひそかに呼吸を整える…

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4年前
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ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】1/3

Fragment 1:湫川仰角  かつて桜には、女神が宿っていた。  古事記によれば、名をコノハナサクヤビメといい、桜が咲映えるように美しい姿だったという。  神話の時代か…

湫川 仰角
4年前
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ある射種

ある射種

 的までの距離は二十八メートル。射手は一本の矢を番え、弓を引き絞り、一点に放つ。矢を放った弦は弓をも弾き、乾いた竹が割れたような音――ツルネを道場に響かせる。
 的は動かず、矢を射る射法は一定。ゆえに人体置換技術が普及し、プロユースの義肢によって誰もが完璧な射法を手に入れた時、弓道という武道の競技性は失われた。やがて道場は逃げるように現実から仮想の世界へ居を移した。
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 二十

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ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】3/3

ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】3/3

Fragment 3:ささのご

 僕は桜を知らない。見渡す限りの橙畑しか知らない。
 新しいバイオエネルギーの原材料に、病の治療薬に、有用な橙を植え続けた結果だ。
 桜とはどんな花が咲くのかな。

 桜色とはどんな色ですか。香りはありますか、食べたらどういう味ですか。実は生りますか、樹の肌を触ったら、ざらざらとしますか、つるつるですか、ふかふかですか。

 僕は、桜を知らない。ただ物語に残るうつ

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ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】2/3

ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】2/3

Fragment 2:山田佳江

「ねえパパ、退院したらハナミに行きたい」
 娘の言葉に、僕は興味のないふりをする。自分の心拍数が上がっていくのを感じ、ひそかに呼吸を整える。
「ハナミ?」
「昔のアニメで見たの。ピンク色の花の下で、お弁当を食べたりお酒を飲んだり」

「五月になればこの木にも花が咲くから、病院の中庭でお弁当を食べようか」
 彼女はありふれた橙の庭木を見上げ、木漏れ日に目を細める。

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ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】1/3

ゼロヨンパブリカ チーム橙組【桜年代記】1/3

Fragment 1:湫川仰角

 かつて桜には、女神が宿っていた。
 古事記によれば、名をコノハナサクヤビメといい、桜が咲映えるように美しい姿だったという。
 神話の時代から、桜は美しさの象徴だった。
 人々を誘惑する、或いは蠱惑的とも言える何かが、桜にはあったのだ。

 都内で働く医師であるS氏は、我が目を疑った。
 見目麗しく、院内でも蝶よ花よと可愛がられていた入院患者の少女が一人、中庭の桜

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