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『Electrogical』生活の一部となるゲームを目指す【受賞者ドキュメンタリー第4弾】後編


■kinjo
元々はフリーランスでテストエンジニアをしながら、空き時間にゲーム開発を行っていた。もっと作業に集中したいという想いから現在は転身し、個人ゲーム制作者として開発に専念している。

「ジグソーパズル×四則演算の通電パズルゲーム」を謳うのが「Electrogical」だ。プレイヤーは四則演算の特性を持つピースを組み合わせ、ゴールにおける電気の出力を指定された値に収めていく。ゴールの出力さえ正しい値であれば、どのようにピースを使ってもいいのがユニークなところ。「正方形にピースを並べるとスコアが加算される」「通電するピースの数が多いほどスコアが増える」など、用意された加算基準の中から好きなものを選べ、自分が得意な並べ方でハイスコアを狙えるのも面白い。制作者のkinjo氏はゲームエンジン「Unity」を使って一週間でゲームを作る「1週間ゲームジャム」イベントの常連。薬の調合と架空言語解読を合わせた「トルービズの秘薬師」や、カードのリソース管理と登山を組み合わせた「調査対象■■■山脈」といった個性的な作品を発表している。また「一週間ゲームジャム」とは別の取り組みとして「Electrogical」を制作。日替わりでステージが変化するユニークな仕掛けを施している。そんな氏が目指すのは「生活の一部になるゲーム」。「Electrogical」の開発秘話と、ここに至るまでの道のりについて聞いてみた。


※こちらの記事は『後編』になります。
▼前編はこちら


■「このゲームがどう遊ばれるか」のビジョンを持ち、ゲーム開発を進める


――「GYAAR Studio インディーゲームコンテスト」への応募には、ゲームのプロトタイプと企画書が必要です。プロトタイプや企画書を作成する上で、大変だったことや心がけたことはありますか?

🔶kinjo:「Electrogical」自体は3年ほど前から作り続けていたので、プロトタイプ作りには苦労はありませんでした。とはいえ、ゲームの企画書を書くのは初めてだったので、かなり時間を掛けて作っていきました。

第1回GYAARConにて実際に提出された企画書の一部①

――どういった工夫をされたのでしょう?

🔶kinjo:GYAAR Studioさんが出されていたインタビューなどの記事を読み込み、審査される方がどういう視点で審査するのかを研究したり、他の方が別のゲームコンテストへ出された企画書を見せていただいたり、ゲーム業界の就活生に向けた企画書添削動画を見たりもしました。

――企画書がいかに重要であるかということですね。

🔶kinjo:ゲームの内容を伝えるのはもちろんのこと、一番大事なのは「このゲームがどう遊ばれるか」を伝えることなんじゃないかなと思いました。ゲームがどこへ行き着くのかを示せるように工夫したわけです。

――「このゲームがどう遊ばれるか」というのは大切な視点ですね。作品の方向性だけでなく、ビジネスモデルも示す視点であるような気がします。公式サイト(※)でも、受賞の理由として「このゲームがどう遊ばれるか」のビジョンが存在していることが挙げられていましたし。

※公式サイト
https://indie.bandainamcostudios.com/gyaarcon-1/results#01

🔶kinjo「このゲームがどう遊ばれるか」、目指すべきところは「生活の一部になるゲーム」としました。僕自身に好きな実況者さんの配信を見るという習慣があり、これが生活の中で凄く安心できる時間なんです。なら、ゲームでもこうした時間を作れるんじゃないかということです。

――ゲームをプレイすることで安心する時間を作り出す、というのもゲームが身近になった現代ならではの視点という気がします。

🔶kinjo:この目標を達成するための仕組みとして、製品版では日替わりで新たなステージが出てくる「デイリーステージ」を用意する予定です。仕事の合間や朝起きた時、寝る前など、その人が落ち着ける時間に1問1問をじっくり解いていって欲しい。また、同じステージをプレイしている人が沢山いて、スコアを競い合うなどするライブ感を味わってもらいたい。実はこれが「Electrogical」で一番やりたいことです。

――企画書には他のゲームとの差別化や自分の主張を書くことが多いですが、「Electrogical」では企画書を書く前の時点で、ユーザーに届けた後のビジョンが存在していた。日替わりステージ自体は「unityroom」で2021年に公開された「Electrogical -Volatile-」(※)の時点で用意されていますし、これは確固たるコンセプトなわけですね。

※「Electrogical -Volatile-」
https://unityroom.com/games/electrogical-volatile
2021年2月9日~6月21日まで、日替わりで新たなステージが出現する仕掛けがされていた。サブタイトルの「Volatile」は「揮発性」の意で、日替わりパズルである本作の特徴を示す。コンテスト応募版と同様、前任者が逃げ出すようなテラフォーミング施設で動力炉内の配電盤を修理するという設定だった。

第1回GYAARConにて実際に提出された企画書の一部②

――企画書に書くターゲットはどのように設定したのでしょうか?とにかくフックを増やそうとした挙げ句“10~80代の男性及び女性”とか“全人類が遊べる”的なものになったりすることもありそうですが。

🔶kinjo:ターゲット層を説明する1ページを作るのにすごく時間をかけました。意識したのは僕のような人間ですね。僕みたいにリモートワークで仕事の時間を自由にできる、パソコンを使ってゲームをする30代男性が休憩時間に遊ぶゲームとしました。それについては以前、偶然見かけたコンサルの方の動画を参考にしました。そこでは「10代とか30代では絞り込んだうちに入らない、何歳でどんな職業でとか、とにかくターゲットについてできるだけ明確に絞り込め」ということをおしゃっていました。「なるほど、じゃあ一番良く知ってる自分をターゲットしにちゃえ」って考えました(笑)。

――類似タイトルに他のビデオゲームが並んでいるわけでもない辺りが本作らしいですね。娯楽の供給が豊富すぎる現代に、他の娯楽と自作を並べた上で選んでもらえるかどうかと言う視点がある。一日の中での遊ばれ方を表現する円グラフも印象的です。

🔶kinjo:円グラフの色んな所に点を打ちました。「どんな風にも遊べるな。ちゃんとビジョンがあるじゃん」って思って欲しくて(笑)。

――ここまで明確にターゲット層を絞り込むと逆に入賞できないんじゃないかと思ったりはしませんでしたか?

🔶kinjo:受賞できるとは思っていなかったので、落選は怖くはなかったですね。「一次審査を通ればいいな」という位で。応募予定のコンテストは他にもありましたから、企画書をブラッシュアップしながら使い回せばいいと考えていました。なにより「自分のような人間がターゲットのゲーム」という部分がブレると、自分が作りたいゲームじゃなくなってしまいますから。なのでターゲット層を絞ることは気にしなかったのですが、そのままとんとん拍子に受賞が決まってビックリしました。

――企画書に絞り込んだターゲット層を書いたからといって、作品自体の遊ばれ方を狭めるものではないという気がします。事実「Electrogical」は“10~80代の男性及び女性”が遊べるでしょうし。

🔶kinjo:それはその通りですね。企画書に書いた層以外の方がプレイしてはだめなわけではないので。個人的には隙間産業的な意識を持っていて、まだ誰も着手してないようなところに届けられるといいなとは思います。

――インディーゲームとしてSteamで配信すれば、世界全部がターゲットになりますね。

🔶kinjo:ぜひ海外向けに広げていきたい、というところはGYAAR Studioさんともお話ししていて、海外で評価を得られて日本に逆輸入されるぐらいのところを狙いたいです。海外にどうアプローチしていくかは課題ですが。

――受賞者向けのサポートとして、ドイツのGamescomで「Electrogical」が出展されましたが、手応えはいかがですか?

🔶kinjo:出展自体はスタッフさんにお願いしましたが、好評だったようです。

――海外出展となると、渡航費用や言葉の壁といった難しさがあるので、そこのサポートが得られるのは大きいですね。これまでの受賞者サポートの中で、印象的だったものはありますか?

🔶kinjo:なんといっても資金面ですね。応募前は貯金が底を突きかけている状態だったので、賞金でまた開発が続けられるという感じになって助かりました。またゲームの中身についても怖いくらい自由にやらせていただけているのがありがたいです。自由すぎて「この後に何か請求されるんじゃないか……?」って疑ってしまった位です(笑)。

――資金提供を受けるとなると、作品の方向性に介入されたりしそうなイメージがあります。ドラマなんかでは大抵が敵の罠だったりしますが(笑)。

🔶kinjo:「てこ入れして欲しい」というお話もないんですよね。

――資金提供を受けつつ、クリエイターとしての自由も確保されているわけですね。

🔶kinjo:特に助かっているのは試遊会ですね。皆が制作中のゲームを持ち寄り、バンダイナムコスタジオさん・バンダイナムコエンターテインメントさん・Phoenixxさんからのスタッフさんも交えて月に1回くらいテストプレイをするんです。客観的な意見を得て展示会の前にレベルデザインを確認したり、修正できたのが良かったですね。

――世に出す前に色々な調整ができるわけですね。

🔶kinjo:この試遊会は「パーリィナイトメア」で受賞されたチャレヒトさん(※)が提案されたもので、受賞者のアイデアを受け入れてくださるのがありがたいです。また、僕は沖縄在住なので東京には行けないんですが、回を重ねる毎にリモート参加しやすい環境にして下さっているのも感謝しています。

※「パーリィナイトメア」で受賞されたチャレヒトさん
インタビューはこちら


――受賞者支援プログラム自体も、受賞者の意見を取り入れて進化していく。

🔶kinjo:GYAAR Studioさんと受賞者が相乗効果を高めていく発展途上の段階ですね。GYAAR Studioさんからは、これから色んなことをやっていこうという意志を明確に感じ取れますし、なるべく僕も協力したいです。今後2回目以降に受賞された方も入ってきて、どんどんコミュニティも大きくなるし、やれることも増えていくでしょうし。

――受賞することには、インディーゲーム作りのコミュニティに参加していくという側面もあるわけですね。

🔶kinjo:面白い場と機会を設け、面白い人たちをいっぱい投入するという形で投資してくれているのがGYAAR Studioさんです。こうなったら、僕ら受賞者としては面白いものを作るしかない。ここまでしてくれることをありがたいと感じつつ、この場を楽しみつつ、ゲームを作っていこうと思いました。

――受賞者としては、場を楽しみつつ面白いゲームを作るのが一番の恩返しかも知れません。

🔶kinjo:楽しむといえば、この前「パーリィナイトメア」のチャレヒトさんと「SKY THE SCRAPER」の古淵 寮さん(※)と僕の3人集まって、Gatherで公開オンライン飲み会みたいなことをやったんです。東京ゲームショウの手応えやSteamのウィッシュリストやらといったところまで突っ込んだ話をしたんですが、こういうバーチャルオフィス系イベントをもっと盛りあげても面白いかも。もしかすると、これからの盛り上がりはGYAAR Studioさんの施策というよりは、僕ら受賞者にかかっているのかも知れないですね。

※「SKY THE SCRAPER」の古淵 寮さん
インタビューはこちら


――受賞者の立場から欲しいサポートはありますか?

🔶kinjo:これからお互いに探り合いつつ体制を作る段階だとは思いますが……敢えていうなら僕みたいな現地に行けない人に向けて何かあるといいのかなとは思います。これ以上望むとバチが当たりそうですが(笑)。

――現在はネットでノウハウの共有が簡単になったことからものを作る人も増えてきています。その一方で同じネットで自分と他者の作品を比較してしまったり、強い言葉で評価されるなどして、もの作りが怖くなるような人も増えているという印象です。作品を出した後、他者の評価と上手く付き合うコツのようなものはありますか?

🔶kinjo:僕自身もそういう方を沢山見てきましたし、辛い思いをされている方も多いと思います。個人的な話をするなら、自分がフィードバックを求めて何かいわれる分には平気で、なんならネガティブなフィードバックを積極的に求めることもします。1人で作っていると文字通りの独りよがりなものになりますし、フィードバックは絶対に必要ですから。

――確かに、ゲームを1人で作ることには独りよがりになるリスクも存在しますね。

🔶kinjo:ただ、同じゲームでも、「unityroom」には強すぎる言葉の評価がない一方、別のサイトでは好きなようにいわれたりもします。自分がフィードバックを望んでいないとき、例えばどこかのサイトで紹介された際など、あまりに強い言葉のものは、ミュートするなり視界に入れないようにするという対応をしてもいいと思いますね。ゲームがどんな風に語られるかについてはSNSの種類や場の雰囲気が影響しているところがあります。

――より良いゲームを作るためには、フィードバックは絶対に必要である。しかし、人が何を語るかは場の雰囲気にも影響されるところがあるので、フィードバックを得るのであればアンケートなどそれに相応しい場を作るのがいい。ネットの色んな場所でなされている評価についてはその発言自体を止められないので、無作為にエゴサーチして傷つくよりは、自分自身でそうした情報が流入しないようにコントロールすればいいということですね。

🔶kinjo:そうした意味では、「unityroom」や「Unity 1週間ゲームジャム」のような場所を選んだのも、スタートとしては良かったのかも知れません。最初から厳しく批評されたのでは、多分僕はゲーム開発を続けていなかったんじゃないでしょうか。だから、なるべく暖かい場所を選んで数本出してから、ある程度大きな場所へ出てもいいんじゃないかなと。

――では、次回に応募しようと考えている方に向けてメッセージをお願いします。

🔶kinjo:もし受賞できなくても、開発者としての評価が下がったり、罰金があったりするわけではありません。失うものは何もないし、受賞できれば値千金ですから、もし迷っておられるなら、一度応募してもいいんじゃないでしょうか。確かに応募の準備には時間がかかりますが、受賞できなくても準備そのものが無駄になることはないんです。他のコンテストに流用してもいいし、クリエイター支援プログラムに持ち込んでもいい。「何回でも受けてやるぜ!」という感じで毎回ブラッシュアップして出してもいい。ちょっとでも引っかかっているクリエイターさんがいるなら、何も難しいことは考えずに出しちゃっていいんじゃないのかなとは思います。第1回の「GYAAR Studio インディーゲームコンテスト」では、GYAAR Studioの方から応募作品へのフィードバックがあったと聞きますし。

――失うものは何もないし、受賞できれば値千金。経験は必ずどこかで役に立つものだから、まずは応募してみればいい。「スゴイツヨイトウフ」のトモぞヴPさんも、別のコンテストで落選した経験を活かして「GYAAR Studio インディーゲームコンテスト」に入選したわけですしね。貴重なお話をありがとうございました。

▼作品紹介:Electrogical
"ジグソーパズル" + "四則演算" のパズルゲーム。 カジュアルにみえてやり込める。じっくりプレイしたいパズルゲーマーにおすすめのゲームです。ステージ毎に "ピースの配置" + "数字操作" + "スコアの選択" を自由に組み替えて自分だけの高得点を目指してください。

steamストア:Electrogical

©2023 Valve Corporation. Steam及びSteamロゴは、米国及びまたはその他の国のValve Corporationの商標及びまたは登録商標です。

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