『Electrogical』生活の一部となるゲームを目指す【受賞者ドキュメンタリー第4弾】前編
「ジグソーパズル×四則演算の通電パズルゲーム」を謳うのが「Electrogical」だ。プレイヤーは四則演算の特性を持つピースを組み合わせ、ゴールにおける電気の出力を指定された値に収めていく。ゴールの出力さえ正しい値であれば、どのようにピースを使ってもいいのがユニークなところ。「正方形にピースを並べるとスコアが加算される」「通電するピースの数が多いほどスコアが増える」など、用意された加算基準の中から好きなものを選べ、自分が得意な並べ方でハイスコアを狙えるのも面白い。制作者のkinjo氏はゲームエンジン「Unity」を使って一週間でゲームを作る「1週間ゲームジャム」イベントの常連。薬の調合と架空言語解読を合わせた「トルービズの秘薬師」や、カードのリソース管理と登山を組み合わせた「調査対象■■■山脈」といった個性的な作品を発表している。また「一週間ゲームジャム」とは別の取り組みとして「Electrogical」を制作。日替わりでステージが変化するユニークな仕掛けを施している。そんな氏が目指すのは「生活の一部になるゲーム」。「Electrogical」の開発秘話と、ここに至るまでの道のりについて聞いてみた。
■自ら遊びを作る少年が大人になり、暖かい創作の場に出会って開発者となった
――よろしくお願いします。まずは「Electrogical」の開発体制について教えてください。チームなのでしょうか、それとも個人で?
🔶kinjo:現在は個人ゲーム制作者として専業でやらせてもらっていて、音楽だけはコンポーザーの山出和仁さんという方にお願いしています。山出和仁さんは「Electrogical」をプレイしてゲームに惚れ込んで下さり、曲を作って送って下さったんです。
――インディーゲームならではの熱いエピソードですね。以前のお仕事はどういったものだったのでしょう?
🔶kinjo:元々はフリーランスのテストエンジニアでした。大きなサービスをリリースする際に計画を立ててテストを実施する仕事をしつつ、趣味でゲームを開発していた感じですね。ただ、この仕事ではやれることは大体やってしまって「こんなもんかな」って全体が見えてきてしまったんです。他にやりたいことは何だろうと考えた時、消去法でゲーム以外のことは何もやりたくないということが分かったので、この道に進みました。
――これまでのゲーム開発経験はどのようなものですか?
🔶kinjo:unityroom(※)という投稿サイトに10作品ほどフリーゲームを投稿していました。中にはサイトで開催される「Unity 1週間ゲームジャム(※)」というイベントに参加して制作した作品もあります「Electrogical」のデモ版はその unityroom に投稿していたゲームの一つで、「GYAAR Studio インディーゲームコンテスト」に応募した作品です。
――同じ受賞者である「スゴイツヨイトウフ」のトモゾヴPさん(※)も、「Unity 1週間ゲームジャムの常連ですね。どういったところが魅力のイベントなのでしょう?
🔶kinjo:開発者がとても育ちやすい土壌があるところです。開発者同士がお互いに作品を評価し、厳しすぎるコメントが付きにくかったり、作品を褒め合うという文化が育っているんですね。
――厳しすぎるコメントが付かないというのは大きいですね。ビギナー開発者があまり強い言葉の批評を受けると、必要以上に萎縮する場合もあるでしょうし。
🔶kinjo:僕が応募した際も、もの凄く沢山のコメントをいただいたり、配信で取り上げていただいたりしたので、ゲーム作りをより楽しく感じることができました。このイベントがなかったら、僕はゲームの道に進んでなかったかも知れないですね。
――開発者としての転機になるイベントだったわけですね。
🔶kinjo:参加者も減ることなく増え続けていて、今は3~400本のゲームが出展される状態です。そうした中からSNSなどでバズるゲームも出ており、周囲からの注目度も高い。ゲームを作って発表するには、すごくいい場なんじゃないのかなと思います。
――締め切りまで一週間というスタイルも特徴的に感じられます。
🔶kinjo:一週間って、短くて丁度良い期間ですよね。凄く集中できますから。
――締め切りがあることが大事なわけですね。
🔶kinjo:締め切りがないとあそこを直し、ここを直しといつまでもゲームを完成させられない。だから締め切りってゲームを完成させる動機の一つにもなってる感じがあります。「1週間ゲームジャム」については、期間が短いことが「一週間しかないからここまでしかやれない」って自分を納得させるある種の免罪符にもなっているんじゃないでしょうか。
――一週間しかないからこそ、なんとか形にしようと思う。また、ミニマムな開発サイクルを回すことでもあるから、次回への学びを得ることができるということですね。kinjoさんのゲーム原体験はどういったものなのでしょう?
🔶kinjo:ビデオゲームではないんですが、親戚の兄が遊びを作るのが得意な人だったんで、僕が小さい頃にスゴロクや厚紙を使った輪ゴムの射的ゲームを作って遊んでくれたのを覚えています。その影響を受けて、僕も小学校の頃から自分でゲームを作ってました。サイコロを買うお小遣いがなかったので、鉛筆に番号を書いてサイコロの代用品にし、何の目が出たらどんな行動ができる……みたいなゲームを作ったのを覚えてます。
――自分で遊びを作るというのはすごくいいですね。手元にあるもので工夫していくのも良い経験だと思います。
🔶kinjo:小学校5~6年になると、自分でトレーディングカードゲームを作ってました。方眼紙のノートに線を引いてカードの型を作り、そこにイラストと「どういう効果があるか」のテキストを書いてカードが完成となります。ただ、トレーディングカードは同じカードが何枚も必要になるので、同じ絵を何枚も描いていかないといけないんですよ(笑)。こうして作ったカードを学校に持っていき、友達が遊んでいる姿を見てニヤニヤする……というのが僕のゲーム作りの始まりでした。
――ルール作りや友達からのフィードバック収集、アイデアを形にするためにアセットを大量生産するなど、インディーゲーム作りに大切な要素がほぼほぼ詰まっているような気がします。
🔶kinjo:ノートの紙ってペラペラだから、カードとしての耐久力がなくて管理も難しかったですね。ラミネートしたかったけれど、子どもには無理だったから、セロハンテープでグルグルに巻いて補強し、鉛筆描きの絵も消えないようにして。色々自分なりの工夫をしてたのを思い出します。ノートの消費量が凄いことになってましたね(笑)。ゲームは母から買ってもらえないけれど、ノートならお金を出してもらえるんです。まあ、勉強に使ってないことは薄々気づいてたとは思いますが。
――トレーディングカードゲームを遊んだり、友達同士のローカルルールを決めた人は多いと思いますが、オリジナルで作る人はなかなかいなかったんじゃないでしょうか。
🔶kinjo:同じ学校にはいなかったですね。ゲームだけじゃなくて、何かを計画したり人を楽しませることが好きなんだと思います。大学時代は、新入生に向けて学校生活をエンジョイするためのLT(※)大会を計画しましたし。顔見知りの人から先生まで、色んな人に出演をお願いして、出席できない人のためにUstreamでの配信計画を立て、当日は司会をやって、時間通り進行してピッタリ終われた。おかげさまで、僕が卒業してからも続く伝統になっているようです。
――企画力と行動力の人、という印象を受けます。
🔶kinjo:大人になってからも勉強会を主催することが多いですし、自分でルールを作って進め、みんなが楽しむことが好きなんだろうって思います。だから、「自分でルールを作って進めること」と「みんなが楽しむこと」、好きなものと好きなものを合わせてゲーム作りに行き着いたような気がしますね。
――そこで「みんなが楽しむ」所へ行くのが面白いですね。自分が楽しむためにコンパや旅行を企画する人が多い中、新入生に役立つLT大会をやり、これが伝統になっている。
🔶kinjo:初めて見たLT大会は大人がゲラゲラ笑いながらやっていた砕けた内容だったので「発表って面白くやっていいんだ」って気に入りました。とはいえ、大学でLT大会を開くといっても、何かしらの軸がないと人が集まらないじゃないですか。この頃の僕には後輩も沢山いて、みんなで集まってゲームするくらいに仲が良かったから「こういう関係がもっと深まれば、もっと自分が楽しくなるな」と思って皆に役立つLT大会にしたんだと思います。コミュニティを盛りあげることで自分自身が楽しくなることを目的にしていたのかも知れないですね。
――自分だけでなく、他人だけでもなく、みんなで楽しくなっていくからこそ、続けられるのかも知れないですね。
🔶kinjo:人に教えるのが好きなタイプだというのも影響しているのかも知れません。小学校の頃やっていた公文式では、2学年先の勉強をしていたので、算数の授業でも時間が余っていました。そこで先生から「他の人にも教えてあげて」といわれたことから、人に教える楽しさに目覚めたんです。大学生時代は家庭教師、エンジニアの前は新入社員研修の講師をしていましたし。
――こうした経験がゲーム作りに役立っている部分はありますか?
🔶kinjo:ゲーム作りやチュートリアル作りの役に立っていると思います。プレイヤーには段階的にゲームを理解してほしいので、その点で勉強を教えることと同じ感覚で取り組んでいます。
――段階的に理解を提供することを意識することで、ゲームの流れも作れますし、その過程で自分の思考も整理できていくと思います。ゲーム作りで友達を楽しませることをはじめとし、行動にある種の公益性みたいなものが感じられるのが印象的です。
🔶kinjo:確かに公益性という点でいうと、「誰かのために何かしたい」という思いが根底にあるのかもしれません。生活があるので、ゲームが売れてお金を稼げることも大事ですが。仮に最低限生活できる部分をクリアできたとして、次に自分のやりたいことを突き詰めてみると「誰かのために何かしたい」というのが最後に残るものかなと思います。
――ゲーム作りの先に何か考えていることはありますか?
🔶kinjo:「Electrogical」が注目を集められたら寄付イベントをやりたいんですよ。そのきっかけは「RTA in Japan」(※)を見て感動したところにあります。面白いのが、寄付が増えるとコメントもどんどん盛り上がるところで、その環境がすごく健全に感じられたんです。走者さん(※)も「自分たちのやっていることが社会の役に立てて嬉しい」といっておられますし。
――ゲームとチャリティを組み合わせる試みは色々ありますが、中でも「RTA in Japan」はユニークですよね。「RTA in Japan SUMMER 2023」では1591万円もの寄付が行われたそうですし、皆がゲームをプレイする様を楽しみつつもチャリティとして成り立っている。
🔶kinjo:僕はゲームを生業としていることにどこか引け目があるんです。人の生活に娯楽は必要だとは認識しています。ですが自分が楽しいことをしているわけだし、直接的に生きるためのインフラには関わっていない気がしていて。だから社会に別の形で貢献したいと思う中、「RTA in Japan」では社会貢献する方と寄付で助かる方を繋げる仕組みができていることに感銘を受けたんです。
――走者さんたちも日頃からRTAコミュニティの発展を意識した発言をされていますし、ゲームへの関わり方が新しい段階になってきている感があります。
🔶kinjo:自分が気持ち良くなるというのは確かですが、それでもみんなが幸せになれるのが一番いい。ゲームを作るだけじゃなくて、それを取り巻く環境にもクリエイティビティが発揮できる場所があるんじゃないかとは思います。
――小学生の頃のトレーディングカードゲーム作り、大学時代のLT大会主催など、周囲が楽しくなることを重視されているという印象ですが、そうすると、普段ゲームデザインをされるときはどうされているのでしょう?自分の作りたいものから発想が生まれるのか、それともプレイされている人の顔を思い浮かべて作るのか。
🔶kinjo:どちらもありますが、先に来るのは自分の作りたいものですね。普段からアイデアをアイデア帳に書き留めていき、何か作るタイミングが来たらアイデア帳の中で一番作りたいものを進めていくという感じです。
――自分の作りたいものを作りつつ、皆が楽しめることも目指していくわけですね。「Electrogical」のゲームデザインはどういうところから発想されたのでしょう?
🔶kinjo:最初は、エンジンを作るゲームを作りたかったんです。
――エンジンというのは、ゲームエンジンですか?それとも車の?
🔶kinjo:車のエンジンです。“限られたスペースの中に、冷却ポンプを始めとした色々な部品を収めて効率の良いエンジンを作る”構想でした。でも、車のエンジンや部品となると、自分で制作するにも、プレイヤーさんが理解するにもあまりにカロリーが高いんです。そこで単純化を進め、数字とジグソーパズルを組み合わせた現在の形になりました。目標とすべき場所と数字があり、ここに行き着くまでにジグソーパズルのピースをどう配置するかにプレイヤーのクリエイティビティが出る……こちらの方が分かりやすいだろうということですね。
――盤面の形がステージ毎に違っていたりする辺りに、エンジン作りのエッセンスが残っている感があります。印象的だったのが、スコアの評価基準を自分で選べるところでした。「正方形にピースを並べるとスコアが加算される」「通電されていない区画が多いほどスコアが増える」といった感じで、自分の得意分野や癖みたいなものを活かして高得点を狙えるようになっているのが面白いと思います。
🔶kinjo:最初に「unityroom」でデモ版を公開した際、1つのステージに対して皆さんが色々な解を寄せてくださったんです。中にはパズルを解かずにピースを色々な形に繋げて遊ぶ人もいて「こういう遊び方もあるのか!」と気づかされました。こうした工夫を評価する「良く工夫したで賞」みたいなものを作ったのが「Electrogical」のスコアシステムなんです。
――このシステムだと1つのステージに複数の解法を許容できるのが魅力ですが、逆にステージ作りが難しくならないでしょうか。そもそも、普段はどのようにしてステージを作られているのですか?
🔶kinjo:逆算的にステージを作っています。まずはピースを自分なりに面白い形に繋げていき、最終的に出た出力を解としています。そして「Electrogical」についてはパズルと言うよりはサンドボックスに近いゲームだと認識しています。プレイヤーに対してこちらが用意したピースで自由に遊び、最後の数字だけは合わせて下さいという意識で作っていますね。
――「面白い形」の「面白い」とはどういうことなのでしょう。
🔶kinjo:「面白さ」の定義は形であったり、複雑な計算をしつつ帳尻を合わせることであったりと人によってそれぞれなはずなので、自分なりの面白さを感じて欲しいです。意識しているのは、プログラミングや自動化といった、工場系のゲームに近い感覚です。個人的にも工場の動画を見るのが好きなので、その影響もあるんだと思います。“ベルトコンベアの上を製品が沢山流れてきて、その中でも形が悪いものを上手いこと落としていく”的なシステムが、難しいことをすることなく実現されているのが好きなんです。
――パズルを解くと同時に、サンドボックスで仕組みを作っていく感覚ですね。そこには工場や工場系ゲームでフォーカスされる最適化への目線もあり、工夫しつつもシンプルな仕組みやプロセスで求められる解を導き出していく。逆に、敢えて面倒な仕組みを作ってもいい。つまりは仕組み作りを楽しんで欲しいと。そして面白さを分かりやすい形で評価するのがスコアシステムであるわけですね。
🔶kinjo:スコアが加算される基準は「偶数になったら加算」とか「素数になったら加算」といった感じで色々増やしていきたいです。今回の作品では難しいかも知れませんが、自分でスコアシステムを作れるようになったら面白いでしょうね。プログラミングみたいに命令コードを繋げていき、これをゲームの中に使えるようにすればボリュームも出せるんじゃないでしょうか。
(後編へ続く…)
※『後編』では、「企画書を書く上で気を付けたこと」「第2回GYAARConに応募しようと考えている方へ向けてのメッセージ」等をお話いただきました!
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