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【読書感想文】町田そのこ『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』

本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』の作者、町田そのこさんの短編集です。初めて町田先生の作品を読みました。シンプルかつ優しい文体で、語り手の心情や情景が目に浮かぶよう。邦画を観ている気分でした。

舞台は地方の小さな街です。5つの短編が収録されており、それぞれの主人公たちはどこかで繋がっています。地理的にすり鉢状の街は作中で水槽に例えられています。そのせいか、短編のタイトルは共通して海や海の生き物がモチーフです。

「カメルーンの青い魚」
R-18文学賞を受賞した町田先生のデビュー作です。語り手はこの町で生まれ育った「さっちゃん」。差し歯が抜けたことをきっかけに、かつての恋人、りゅうちゃんとの思い出を回想します。終盤の種明かしには本当に驚き、ページを遡って読み直してしまいました。

「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」
主人公は母子家庭で育った中学生の啓太。まっすぐな彼は、いじめに遭っていたクラスメイトの晴子が気になります。大人しかった彼女は、最近急にいじめっ子に歯向かったり、自分の意見を言ったりするようになったのです。その背景には切ない事情がありました。

「波間に浮かぶイエロー」
同棲していた恋人を自殺で失った沙世。彼女が勤める喫茶店の店長は、自称「女に変異する男」の芙美さんです。個性的な彼女の元に、ある日、古い知り合いが尋ねてきます。

「溺れるスイミー」
製菓工場に勤める唯子は、職場の先輩からプロポーズを受けました。しかし偶然知り合ったダンプカーの運転手、宇崎くんにも惹かれています。唯子には、やめたいと願いつつもやめられない癖があったのでした。

「海になる」
桜子は4度の流産を経験し、夫からDVを受けるようになります。彼女の目の前に現れたのは、ならず者のような風体の清音。癒し難い傷を抱える2人は、距離を縮めていきます。

今いる場所で精一杯生きるひとたちの物語でした。みんな悩みや傷を抱えつつ、それでも生きていこうともがきます。特に「溺れるスイミー」のラストが印象的でした。唯子は思いのまま飛び出していくのだろうと予想していましたが、歯を食いしばって今の場所で生きることを選択します。こういう生き方もあるのだ、と、自分自身も肯定されたような気持ちになりました。
印象的だったのは、桜子と晴子の関係です。「海になる」のラストでは、よかったねえ…と救われたような気持ちになりました。

やさしい気持ちと小さな勇気をもらえる作品でした。ぜひ『52ヘルツのクジラたち』も読もうと思います。

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