大きな丸い、四角いところ【2】

「大きなまあるい、四角いところ、に心あたりはあるの、ピノ」

と、レナが尋ねる、レナは司会者むきでいつも脇道にそれがちなピノの話の方向修正をする。今日が少し前のめりなのはレナも「年末を教えにやってくる大きな丸い、四角いところに住んでいるあの男」に興味があったからだ。

「ああ、もちろんだ。みんなの知ってるあそこだよ」

とピノはニヤリと笑った。彼がニヤリとするとき、世界は安心したようにしん、とする。彼の微笑みは、漫画の主人公が悪役に追い詰められた時にする余裕の表情、奥の手がある主人公の微笑みだ。ニヤリ、と音が聞こえるかのように右の口角を少し上げ、目を細める。

「ね、みんな知ってるって、僕も知ってるの、ね、ね」とリオ、ね、ね、というのは口癖でピノはいつも直せと教えていたが彼の、ね、は一向に止まなかった。みんな、それにイラついていたけれども今やもはや慣れ、彼の人柄を愛するようになっていたのである。

「もちろん、リオも、レナも、ゴロウも、みんな知ってる。そこは本当に大きくて、丸い四角いところなんだ、とてもあんなところに人が住んでるとは思えないな」

わかった、とレナは手を叩いて笑ってスマホをポケットにしまった。早く準備をして行きましょ、何が要る? ピノ。おう、わかったか、さすがだな。レナはじゃあ、レモンを一個と下着を持ってきてくれ。し、下着!? そう、下着。なんでよ!? なんでもだよ、早くするんだろ? そりゃそうだけど。別に俺が欲しいわけじゃあないんだから、ほら、早く早く。ええ、わかったわ。ね、ね、レナの下着なんて持ってこさせて、どうするのさ、ね。わかったから黙ってろ、いいなリオ。だけど、僕には見当もつかないな、一体どこに行くっていうんだ? ゴロウ、行ってみればわかるさ。

それから四人は横に一列になって校門を出て、それぞれ準備を整え、商店街を抜け、真冬の世界へと旅立った。まるで映画かゲームみたいだな、とゴロウが言い、だね、ね、楽しいね、とリオが言い、だけど、現実の出来事よ、とレナが言った。

そしてポケットに突っ込んでいた手を出して組みながらピノが小さな声で呟いた。「これが現実の出来事だなんて、なんでわかるんだ? 俺たちはきっと、カゴの中から出ることのできない人形なんだよ、だってそうだろ? あいつがやってこなかったら俺たちは年末ってことにさえ気づけない、雪が降ってこなけりゃあ、冬だってことにも気づけない、俺たちはそういう世界にいるんだよ」

「今日は興奮してるんでしょ、少し早口だしね。まあ、だけど、着いてみたらわかるよ、ここが一体どういう世界なのか。私はそんな気がする。ねえ、ピノ、あと少しなの? 」

あとほんの少しだと、ピノは言ってまたニヤリとした。ゴロウとレナはそのあまりの剣幕にぞっと背筋を凍らせ、真冬の空気はさらにしん、と冷たく、鋭くなった。ピノは足早に一人一歩先を歩き、その後ろをゴロウとレナが歩き、二、三歩遅れてリオが息を切らせながら歩いていた。彼はもう薄手のウィンドブレーカーを脱いで、汗を拭きながら一生懸命三人に着いて行った。どういうわけか遅れてはいけない気がしていたのである。

「遅れるなよ、リオ。曇ってきた。霧だ」

「ね、ね、僕、遅れないように歩くよ、ね、だから、さ、ちょっとだけ休もうよ、ね」

「そうだな、だいぶん歩いたし、ピノ、少し休憩しようぜ」とゴロウ。

「あと少しだ、あと少しなんだよ、あと少しで俺たちは、大きな丸い四角いところへたどり着ける、行くぞ」

ピノは血相を変えて歩き続けた。彼の目は、真っ赤に充血して、霧に包まれた白いからだと相まってまるで羊のようだったし、彼の足取りは決して確かではなかったはずだ。ピノの声が聞こえた、もう一度叫んだようだ。

「行くぞ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?