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【小説】置かれた場所で咲きなさい ~勇者一行の日常

「全部無駄だったな」

 思わずこぼれた俺のつぶやきに対し、傍らを歩く賢者が、

「人生に無駄なことなんか一つもありませんよ、勇者殿。失敗も遠回りも、すべてはあなたを成長させ、いつか輝かせるための、貴重な礎……。『あの日、あんな経験をしてよかった』と思える日が、きっと来ます」

と、さわやかに答えた。
 もし両手が空いていたら、俺はいら立ちのあまり髪をかきむしっていたことだろう。

「なんか良い感じにまとめようとしてんじゃねーよ。何日も準備してドラゴンに挑んだのに一瞬で負けたんだから、無駄だったとしか言いようがねえだろぉ?」

 古城に巣食うドラゴンを倒すため、俺たち一行パーティは、過去にドラゴンに挑んだ冒険者連中から話を聞くところから始めたのだ。聞いた話をもとに、ドラゴンの傾向や弱点を予想し、作戦を練った。誰がどういう順番で攻撃するか、シミュレーションも万全だった。

 しかしドラゴンは予想をはるかに超えて強かった。
 俺たちもいちおう、大陸に名を轟かせる最強の勇者一行だが、手も足も出なかった。
 攻撃の要である戦士と魔法使いを瞬殺され、賢者と俺も瀕死の重傷を負った。

 そして俺は、二人分の棺桶を引きずって、最寄りの町へ向けてとぼとぼ歩いている。
 傷は薬草で治したが、心のダメージは簡単には治らない。敗北感が肩に重くのしかかる。

「あんたも棺桶一つ運べよ? なんで俺一人に二つとも運ばせてんだよ? めっちゃくちゃ重いんだぞ、これ。戦士の奴、図体がでかいところへもってきて、装備は全部鋼鉄製だからな」

「そこは、ほら……適材適所ということで。力仕事はやはり、強い勇者殿の担当でしょう? 私はステータスを『賢さ』に全振りしておりますから、力仕事は苦手なのですよ」

「その割に、あんた、呪文を覚えるの遅いよな。あんたがさっさと完全蘇生呪文を覚えてくれりゃ、仲間をられたって撤退せずに済むんだよ。Lv39の賢者で、賢さがその程度って、世間一般の標準よりだいぶ低めじゃね?」

「あなたは『世間一般』と一緒に旅をしてるんですか!? 違うでしょう!? あなたが同行しているのは、この私、世界に一人だけしかいないこの私だ!」

 ふらふら歩いている賢者が、いきなり声を張り上げた。

「『世間一般』などというのは、ただの幻想です。そんなものはどこにも存在しません。人間は、すべてが平均値の、まん丸な存在じゃない。あちらが尖ったり、こちらが足りなかったり、凸凹しているものです。だからこそ尊い。みんな違って、みんな良いのです」

「あんた……足りないところだらけだよな? 力もないのに、賢さも低いんだから」

「そんなことはありませんよ。私には、良いところがいっぱいあります」

「……後学のために教えてくれ。あんたの『良いところ』って何なのか。俺、本気で知りてぇわ」

「ポジティブな性格と、気持ちのよい笑顔、ですかね」

「…………それ、戦闘には、何一つ役立たねぇよな?」

「人間の価値は、『戦闘に役立つかどうか』だけで決まるわけではないでしょう?」

「いや、決まるね! 少なくとも、勇者一行のメンバーの基準は『戦闘に役立つかどうか』がすべてだよ」

 賢者はつぶらな瞳で俺をみつめ、ご自慢の「気持ちのよい笑顔」とやらを浮かべてみせた。

「世界を救うという重責を背負い、人々の前では常に堂々としていなければならない勇者殿が、ほっと一息つける場所を作る……それこそが私の使命です。あなたが私の前で本音を吐けるのなら、それだけでも私はこのパーティにいる価値があるというものです」

「いや、だめだろ、それだけじゃ。攻撃・防御魔法を使えるだけじゃなく、物理でもけっこう戦えるのが賢者の存在意義……」

「意地を張らずに、認めてはどうですか、勇者殿。私とおしゃべりしていて、気が晴れたでしょう? つかの間でも、いやなことを忘れられたでしょう?」

「……」

 俺はしばらく賢者の顔を眺めた。

 めざしていた町が、すぐ目の前に来ていることに、そのとき初めて気がついた。もっと遠いような気がしていたが、知らないうちにずいぶん歩いてきたんだな。
 賢者との無駄話は、確かに、現実からしばらく目をそらす効果はあったらしい。

 だが、いつまでも目をそらしているわけにはいかない。

「よーし、町の近所をうろついて、魔物を探すぞ。あんたのMPが空になるまで戦闘だ」

「えー。私、もう疲れましたので、町の宿屋で休みたいんですが」

「ふざけんな。今の俺たちには、死んでる二人を教会で生き返らせる金もねえんだぞ。休むのは金を稼いでからだよ。あんた、ドラゴン戦でほとんど何もしてねえから、MP満タン状態だろーが?」


 ――戦いの旅に敗北はつきものだ。世界に平和をもたらすその日まで、俺たちはこの先何度も負け続けるだろう。
 大事なのは切り替えだ。俺たちは、明日もまた進まなきゃならないんだからな。


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