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読書感想文:江國香織「東京タワー」をできる限りネタバレ無しで語る

 人というのは不思議なもので、大人になればなるほど効率的に器用に、そして同時に同じくらい非効率的に不器用になるものだと思う。

 現代の日本において、多くの人は教育を受ける中で、「論理的に考える」ことを知る。そして、多くの人が自分はある程度「論理的に考える」ことができる人間だ、と思うようになる。し、実際間違いは無いだろう。

 とは言え、はたから見るとある選択は全く論理的ではなく、非効率で、不器用な物に見える事も多くあるように思う。

 『東京タワー』という作品は、その不器用さ、非効率さを最大限に表した作品だと思う。ある意味で人間らしく、またある意味で美しく。

 正しくある事だけ、効率的である事だけが全てだとは全く思わない。何度も同じ失敗を繰り返し、何度ももがき苦しみ、立ち直り、そしてまた失敗し、きっと考えればわかる事も、あるいは自分でも分かっている事も、なぜだかできなくなって、そして苦しむ。もう二度とその苦しみを味わいたくない、と思いながらも、またどこかでその苦しみを味わうのだろう。

 『東京タワー』は二人の大学生が織りなす小説だ。二人とも、間違いなく賢い。世の中を達観して見ることができる。しかし、二人ともどことなく不器用なのだ。本人たちは器用だと思いながらも。

 その様子が僕にはひどく美しく思えた。自分自身、中学受験、大学受験と競争の中で勝ち抜く事が全てとされる世界の中で生きている時間が長かった。非効率的なものを無駄として排除し、自分は器用に生きる事ができる人間である、と妄信していた。そして、その妄想に結果としてはもがき苦しむことになった。

 この作品を初めて読んだのは大学三年生になった時だった。就活が始まる時期。ちょうど作品に登場する彼らと同じ世代の時。

 まるで自分の事のように思えた。外にはカッコつけて、自分は賢いと思い、世間はなぜそんな単純な事もわからないのか?と小馬鹿にしていた。

 でも、同時に美しいと思えた。どこまでも人間らしい小説だと。時に性愛に溺れ、時に酒に溺れ、欲望のあるままに進む彼らを、愛おしく思えた。きっと、正しくはない。それでも、「いい人生」だと思えた。

 世界は資本主義にずいぶん前から疲れ始めている。経済学部生の端くれとして、資本主義と言うシステムを批判するつもりも、覆すつもりもさらさら無い。便利で、効率的で、公平で、よくできたシステムで、現状このシステムを越える社会制度はおそらく存在しないだろう。しかし、どこまでも効率性を追求した先に、本当の意味での「人類の幸せ」は無い、と思う。

 自分は人間でしかない、と謙虚になる事、それを僕はこの本から学んだ。時に欲に暴走してもいい、時には自分は賢いと自惚れてもいい。だけど自分は人間である、という事を忘れてはならない。

 江國香織が綴る、恐ろしく美しい文章の中に、不器用でだらしなくて、でも愛らしく不気味なまでに美しい人間らしさを、堪能してみてはいかがだろうか?

江國香織『東京タワー』

 

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