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バイトの面接中に乱入してきたおっさんと飲みに行く話

僕が若い頃の話で、平成初期の時代。
昭和の名残りがまだあって、街には得体の知れないおっさんが跋扈していた。
そんなおっさんの一人に遭遇した話。

定職にもつかず、パチンコで生計を立てるのに失敗しまくっていた僕。

目先の金にも困りだし、
見つけたアルバイトは警備員。日当12000円で5日間。
悪くない。

早速、その日のうちに面接してもらえることになり、
電車で大阪市内の面接先へ向かった。

駅に到着して、住所を頼りに探し始める。
見つけた事務所は壊れかけのボロアパート。
築50年くらいの、人が住んでるとは思えないレベル。

「ハズレ。」
頭の中に浮かんだが、すでに電車賃も使ってしまっている。
明日の食費にも事欠いている僕には、選択の余地はない。
脳内の危険信号を無視して、呼び鈴を押した。

「おう、誰や。」
ドスの利いた声が中から響き渡る。
面接にきた旨を、多少どもりながら伝えた。

「自分か、うちに来てくれるっちゅう兄ちゃんは、いつからこれるんや?」
履歴書すら要求されない。
「ぜんぜん明日からでも大丈夫です。はい、お願いします。」
「そうか、ちょうどええ現場があるわ。阪神高速の現場や、そこ行ってもらおか。」
全く何も面接されていないのに、どうやら採用になったよう。
どうせ日払い5日間の超短期仕事、お互い細かいことはどうでも良い。
需要と供給がマッチしたので問題なし。

「それでやな、うちのやり方はなあ、」と社長が本題に入りかけたそのとき、
「しゃーちょー、まーいどー。」
ろれつの回ってない言葉を発しながら、誰かが入ってくる。
見た目60過ぎくらいのおっさん。
何より気になるのは、酔っぱらいにしか見えないこと。
顔は赤く、表情はだらしなく、こちらに向かう足取りは千鳥足。

突然の乱入者にかなり戸惑っていると、社長が、
「まさやん、わしはこの兄ちゃんと仕事の話しとるんや、邪魔せんとってんか。」
と、しかし追い出すでもなく話の続きを始めた。
状況がわからないまま、お仕事の内容を説明される僕。

まさやんは腰を落ち着け、会話に割り込んできた。
「警備はな、軽い気持ちでする仕事やないんやぞ。」
ろれつが回っていないうえに、話も右往左往する。
この内容を聞かされるだけで3分ほどかかってしまう。
社長が説明する仕事の段取り、一つ一つにまさやんの講釈が入り、
毎回まさやんの警備論を長々と聞かされる。

適当にまさやんの警備論に相槌を打っていると、
「にいちゃん、ようわかっとるやないか、そうやねん、そうなんや。」
突然まさやんが感極まりました。
「わしの警備員人生、わかってくれたんか、にいちゃん、ええやっちゃ。」
涙を流さんばかりの勢いで、両手を掴まれます。

「そうなんですか。」と「すごいですね。」しか言っていないのに。

「にいちゃん、わしは気に入ったで。よっしゃ、飲みに行こ。」

いやいや、おかしいおかしい。
そんな展開は無い。
何と言って断るべきか、頭をフル回転させるが、
「いや、あの、すみません、お酒はちょっと。」みたいなあやふやな言葉しか発せない。
「ほなら、にいちゃん日本酒でええな。ほな社長、行ってきまっさ。」
頼りの社長は、
「まさやん、あんまし長くひっぱりまわしなや。そしたらにいちゃん、明日朝6時半にここな。」
と話をまとめてしまう次第。

ええええ、助けてくれないんですか?
何度も社長に目線を送るが、強い笑顔で返されてしまう。
行くしか無いのか、逃げられないのか。

「まさやんさん、行きましょ。」
酔っぱらいのまさやんに道理は通らない。
さっさと行って、自力でこの場を乗り切るしかない。

事務所の斜め前にある、
こちらもぼろぼろの食堂兼飲み屋。
違う意味で一見さんお断りな常連オンリーのお店。

「きょうはな、ええ兄ちゃんとあえてうれしいわ。兄ちゃん冷やか燗か?」
「ほな、かんぱーい、今日はええ日やな、気分ええわ。」
翻訳した上に意訳して書いたが、実際はろれつが回っていない。
その上同じ話をカタコトで、一方的に喚き散らされる。

「警備員はなあ、安全をやな・・・」
またもや同じ話だが、友好ムードを維持するため興味深げに合いの手をいれる。
まさやん、嬉しくなりヒートアップが止まらない。
話が終わらない。
無限ループで、時間感覚がマヒしていく。
どれだけ「明日仕事なので。」と頼んでも聞く耳を持たない。
文字通り、こっちの話は一切スルーされる。

よく見るとまさやん、グラスを持つ手が震えてる。眼の焦点も怪しい。
完全にアル中。
こっちの話は全く聞いてないし、社長が相手にしない意味がわかった。

そんな中、突破口はいきなりやってきた。
「まさやんさんって、なんか兄貴的な、」
何の気無しに言った、そのワードにまさやんが食いついた。

「い、いま、なんて言った?」
「はい、まさやんさんってアニキ肌というか、」
「兄貴っておまえ、なに言ってんねん。」
明らかにまさやんの反応が違う。
こちらの話に対して、リアクションがある。
そうだ確実にここだ。
「そうなんですよね、僕はまさやんさんの事、兄貴みたいでかっこいいなあと思うんですよ。」
ここぞとばかりに持ち上げる。
この場から逃げるためなら、魂だって売ってやる。

「お、おまえ、大げさやねん、おれはそんな大したもんちゃうで。兄貴って。」
まさやん、でれでれ。

「これから、兄貴って呼んでもいいっすか?」
「!!!兄ちゃんがそういうんなら、まあ、しゃーない、ええで。」
「兄貴。」
まさやん、完落ち。
天にも登る気持ちにってのは、ああいうのなんだろうな。
心の底から嬉しそうだった。

おそらく、まさやんはアル中で、仕事もできない、しょぼくれたおっさんで、
誰からも相手にされない人生を歩んできたんだろう。
勝手な推測だけど。
まさやんの仕事論を聞いていても、雑用しかしていない。
だから僕みたいな、わかりやすく自分より下の人間を探していた。
兄貴風吹かせられる相手を。

そんな目下の人間に兄貴ぶりたかった、まさやん。

しかし本当に「兄貴」と呼ばれるとは思ってなかったので、
戸惑いながらも有頂天になるまさやん。

押すスイッチさえ判れば、あとは簡単。
「兄貴、警備員の仕事って大変なもんですよね。」
「当たり前や、なめんな。」
「兄貴、明日は初めての仕事なんです。遅刻なんかできないっすよね。」
「仕事に遅刻なんか、はなしにならんわ。そんなヤツはカスや。」
「兄貴、もう帰らんと明日が心配です。」
枕詞に「兄貴」を入れると、会話がスムーズに進むようになった。

「兄貴すみません、兄貴はお酒強いからええけど、僕は兄貴みたいには飲めません、兄貴、もうお開きにしませんか、お願いします、兄貴。」
兄貴をふんだんにデコレートして、兄貴サンドにして本題を伝えてみる。
「そうやな、兄ちゃん。酒よわいのお、しゃあない、帰ろか。」

ミッションコンプリート。

「兄貴、ありがとうございました。明日からよろしくお願いします。」
「おう、まかしとけ。わしはキツイからな、ビシビシいくで。」
千鳥足が悪化して、壁や電柱にぶつかりながら、まさやんは去っていく。

面接は確か15時からで、今は21時。
無意味に、長い地獄の時間を過ごしてしまった。

そして翌朝。

まさやんは来なかった。
社長は怒るでもなく淡々と、
「またか。まさやんはいっつもこれや、昼間から酒飲んで、仕事にも間に合わへん。クズや。」
そして僕の方を見つつ、
「まさやん、酒さえ飲まへんかったら、あれこれ雑用してくれて助かるんやけどな。まあ、力も無いし、要領悪いし、兄ちゃん来てくれるんやったら、もう要らんけどな。」

僕の本業はパチンコ、アル中ではないが、まさやんとは同じ種類の人間なので、お断りしておきます。


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