Iの悲劇 - 米澤穂信|読書感想文(ネタバレあり)
はじめに
地方行政・Iターンを題材にこれだけの作品を作れるのは、本当に凄いと感じた。一方でミステリーとしては、作者の他の作品と比べると大オチも含めて謎が弱いとも感じた。レビューなどを見ても、同様の感想は散見された。
しかし、読後の満足感はかなり高かった。謎が弱いと感じつつも、これだけ楽しめたのはなぜだろう。自分が何を楽しんだのかを考察してみたくなった。
トリック
籾殻はラジコンで直接運んだのかなと思っていたら、すりつぶして風で飛ばしていた。細部は読めていなかったが、そこまで驚きはなかった。鳥が犯人、防空壕、おこげを避ける、内部の気圧が高いなども詳細は読めていないが予想の範囲内といった感じだった。
全体のオチにあたる、蘇り課の第2の目的や2人の役割も概ね予想通りだった。というか、あんまり隠そうとしていなかった気すらする。
第2の目的のハウダニットとしては、課長と観山がいわゆるプロバビリティー犯罪の手法をしかけていたというもの。割と納得だった。
より感心したのはホワイダニットの方。第2の目的が生じた理由。
市長選の戦略と当選後の判断ミス、そして徐々に明らかになる財政負担。Iターンプロジェクトは失敗しなければならないという結論。これまで読んだことがなかったタイプの動機だった。実際の行政でもこういうことが起こらないとは言えない。
犯罪小説として読む
第一章 軽い雨の最大の驚きは、「課長が探偵役なの!?」という所だった。
結果的には犯人側だったが。
第一章終盤では、簑石に定住者を増やさないといけないのに、なぜか課長は転出を促してしまう。そして、再びだれもいなくなる。
タイトルと序章の時点で、Iターンプロジェクトは失敗するんだろうなと予想はしていたが、この時点で自分の中でほぼ確定した。しかも、なにかしらの人の意思が働いて、Iターンプロジェクトを失敗させようとしている。課長は黒で、観山にも何か役割はあるだろうなとは感じていた。
物語序盤で、住民がどういった方法で転出させられていくのか、そしてその動機は何かという所に関心が移っていた。
裏でなにかしらの悪意が働いていることを感じつつも、明確には描写されず、その結果の悲劇を見ていくという形式。物語が進むにつれて、悪意の正体やその理由が明らかになっていく。
作者が意図していたかはわからないが、今思えば、犯罪小説の楽しみに近い。これに気が付いて、とても腑に落ちた。
ちなみに私は、東野圭吾先生の『白夜行』が大好きです。
社会派小説・お仕事小説として読む
主人公は、Iターンプロジェクトに配属された地方公務員である。
お仕事の内容は、一般的なお役所仕事とは違うため、「公務員あるある」という感じではないかもしれないが。通学バスの手配、水路の修繕、土砂崩れの防止工事、除雪ルート、予算が足りず優先順位を考える。地方公務員や地方行政はこういったことに頭を悩ませつつ、そこにやりがいを感じていたりするのだろうかと考えつつ読んでいた。
地方公務員のお仕事小説としての側面であり、普段全く関わらないため、非常に興味深かった部分である。
また、お仕事の描写を通して、人の少ない集落のインフラを維持・復興するコスパの悪さ。いわゆるコンパクトシティという考え方などの社会的な問題提起も含まれている。いわゆる社会派小説としての一面もある。
この小説を読んだ直後くらいに、能登半島での大雨被害があったのもあり、地方行政に関する意識は高まったように感じる。
主人公は、配属されたIターンプロジェクトが出世に繋がるのかも謎な上に、むしろ左遷ではないかとも感じている。また、プロジェクト自体にも乗り気ではなさそうで、モチベーションは高くはない。
しかし、最初はそこまで乗り気でなかったプロジェクトとはいえ、長時間関わっていると成功を祈りたくなるし、多少の愛着のようなものも湧いてくる。社会を経験すると、そういった経験がある人も多いだろう。
そして、そのプロジェクトは実は失敗するように仕組まれていた。それを知ってしまった時の虚無感にはとても感情移入できた。
この小説で最も心に残ったシーンは、プロジェクトがうまくいっていた場合の簑石の姿を主人公が幻想する場面である。泣きそうになってしまった。
まとめ
人が住むことを望まれない集落という社会的な問題。
そんな集落に人を移住させる仕事に配属され、四苦八苦する主人公の姿。
そこから通して見える地方公務員のお仕事、やりがいや矜持。
そして、その仕事は失敗するように仕組まれているという悲劇。
個々の謎は少し物足りなく感じたが、社会派小説・お仕事小説・犯罪小説の要素が組み合わさり、全体としては非常に満足できた。
以上です。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?