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満ち満ちる朝のにおい。

朝、あたたかい布団の中でしばらくもじもじしていると、台所からは軽快な包丁の音と、お味噌汁の出汁のにおい。
少し前までは、当たり前にあった日本の朝の風景である。
そんな幼少の朝をふと思い出し、店で販売しているかつお節をひとつ買って出汁をとってみることにした。

家の中は、出汁の香りに包まれてなんとも言えない幸福感がぐわっと湧き上がってきた。
この香り高さは、どのようにして引き出されるのかが気になって、かつお節の加工者「かつお節のタイコウ」さんの元を訪ねてみることにした。(お時間をいただきありがとうございます!)

「分かりにくいかもしれませんので、迷ったら遠慮なくご連絡くださいね~」と言われていたが、案内の方向に足を進めると、風がかつお節のにおいを運んできてくれた。そのにおいをたどるとすぐに「タイコウ」の看板が現れた。

タイコウさんが工場を構えるのは、中央区晴海(勝どき駅から徒歩10分程度のところ)にある東京鰹節センターの一角。59の鰹節問屋が加盟する「東京鰹節類卸商業協同組合」もここを拠点としていて、数件の鰹節問屋がこの建物に軒を連ねている。

「タイコウ」の看板のすぐ目の前には、カラッとした太陽を気持ちよさそうに浴びるかつお節が一面に並べられていた。

太陽の光を浴びて気持ちよさそうなかつお節たち

工場の中に入ると、社長の稲葉泰三(いなば)さん、弟子の大塚麻衣子さんが出迎えてくれた。

「天日干ししている所は今ではほとんどないんだよ~」といなばさん。

天日干しすることで鰹節が枯れ、より旨味が増していく。決して一斉に引き上げることはしない。人にも個人差があるように、かつお節にも個体差があるからだ。「節」と相談し、一本一本の干し上がりを見極めるのが、かつお節の“目利き職人”いなばさんの役目だ。
「かつお節の目利き」とは初めて聞く人も多いだろう。昔は同じように、目利きをする職人が何人もいたが、今ではすっかりいなくなった。

心ある仕事を見極め、正当な取引を続けていく

心ある職人仕事を見極め、誠意ある仕事に対して正当な取引をすることもいなばさんが大切な仕事である。

職人の誇りと生活を守り、次世代の職人を育てるため、いなばさんは取引の際、従来は買い取り側である問屋がしていた「値付け」をかつお節職人の宮下さんにしてもらっている。

宮下さんは、鹿児島県枕崎市でかつお節職人だ。
約半年ほどかけて生鰹からかつお節にする製造工程を担っている。

宮下さんが仕入れるのは、ほぼすべてが近海一本釣りの鰹である。一本釣りされた鰹は、網を使いいっぺんにたくさんの鰹をまとめて巻き上げる巻き網漁(一般流通している鰹節の 99%はこちら)と比べて、鰹に傷がつきにくく尾っぽもきれいに残り、艶やか。刺身で食べてもおいしい状態の鰹を包丁で三枚に捌き、身に傷が付かないように注意しながらじっくり煮ていく。
煮た後は、一本ずつ手作業で骨を抜いていく。
その後数々の工程を6か月ほどかけて行いかつお節に仕上げる。

他社では、機械を使う工程も人の手で行っていて、その手さばきはまるで工芸品をつくっているかように美しくみえた。

とはいえ、天然のものである以上、仕上げたかつお節の中に二流品がでることは避けられない。だが、一般的には良品には値が付くが、二流品には値が付きにくいのが現実である。

タイコウさんでは、鰹の個体差はあれどかつお節にするまでにかかっている手間や鰹の値段自体は同じであるため、二流品であろうとも同じ値段で全量を買い取る。それを良い状態にしてお客様の元に届くよう、生産者から託されたかつお節を活かすことに心を注いでいる。


かつお節から「モノの消費」を考える

工程や手間・製法には、すべてそうあるべく理にかなった意味がある。タイコウさんの仕事を見せていただき、話しを訊き、おもった。
理にかなった意味を遺し、誇りある仕事を積み重ねることで仕事そのものに「美」が宿る様子は、仕事が人を育んでいるようだった。

工程を簡略化し、生産効率を上げることでビジネスを成り立たせて行く仕事が悪いとは言わないが、そればかりが人々のスタンダードになってはならない。

心ある職人が、理にかなった製法で、丁寧に目をかけ手をかけ愛されながらお客様にたどりついた「タイコウのかつお節」が一人一人の味覚のスタンダードになってほしい。

その積み重なりが、日本の文化になっていく。

タイコウさんよりほど近い橋より


素材の良さを最大限に引き出す出汁取りのために

群言堂 西荻窪(暮らしの研究室)では、かつお節タイコウさんいなばさんの技を受け継ぐ、目利きの大塚麻衣子さんにお越しいただき、「出汁取り会」をおこないます。
詳細はこちらをご覧ください。→【 出汁取りの会開催のお知らせ

▶かつお節のタイコウ http://taikoban.info/renew/

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