コムラ シホコ

フリーのライターです。という名のニートです。 もそもそ書いて生きています。 http…

コムラ シホコ

フリーのライターです。という名のニートです。 もそもそ書いて生きています。 https://moooooooooooooogg.wixsite.com/mysite

最近の記事

どっちでもよくない

どっちを選んでも同じ。最近よくそう思う。 きっかけは1年ほど前、思い悩んでいたころに先輩から掛けてもらった言葉だった。 当時のわたしというのはすこぶる調子が悪く、眠れない食べられないいっそもう生きられない、そのようなところまできていたのだった。わたしを悩ませたものの一つに「外食できない」というのがあり、こうなると人と会う約束が途端に崩れる。だれかと会う時、一番多いのは「ごはん行こ~」という触れ込みであるせいで、私は人と会うことも億劫になっていった。 この頃のわたしにとっ

    • 風邪っぴきの土曜と思考

      盛大な風邪をひいた。 盛大な、という形容詞は少しおかしい。かもしれない。けれど盛大に風邪をひいた。それはつまり半端なんかではなく、立派な風邪だった。 秋の花粉と相まってなおつらい。頭のてっぺんから喉元、脚の付け根にまで蔓延る不快感にぞっとする。苛つきは体をみるみる侵食して、もう人生なんて簡単に投げ出してしまいたい衝動に駆られる。 極端だねと言われるのは慣れている。なんでそんなに0か100なのと咎められるのはうざったい。世の中には、頭ではわかっていてもできないことというのが往

      • ミニマムとマキシマムのあいだ。ー断捨離をしても捨てないものー

        「モノを持たない暮らし」がポピュラーになって久しいけれど、かくいう私も、そんな生活、はたまたそんな考え方に惹かれているうちの一人です。 「モノを持たない考え方」みたいなものは、もうすでに本やらネットやらに様々書かれているし、いっそ周知の事実、という感じなので、バッサリ割愛するとして・・・ 今日は「(どちらかと言うと)モノ持ちたくない勢」の私が、あえて「捨てないモノ」のお話です。 私が断捨離に目覚めたのは2020年3月頃のこと。 世はコロナウイルス第一波。在宅勤務で時間

        • これからも、一緒に生きましょう

          生きてる意味って、なんなんですかね。 たとえば太陽が煌々と輝く真昼間、から揚げ定食を食べながら訊くことだって、できた。 それくらい、フラットな関係だった。 彼は私をよく知っていたけれど、 私は彼をよく知らなかった。 声も、髪も、着ている服も、口癖も思考も恋人の有無も、知っていたけど「知らなかった」。 目に見える全てを知っていたって、 何時間何日間何年間語り合ったって、 私は彼をよく知らない。 「知っている」という方がおかしい。 「知っている」という方が退屈だ。 もしも、

        どっちでもよくない

          2021年の夏

          揃いの食器を買って歩いて、ついでにかき氷のシロップも 今日は東京オリンピック 2021年の夏 7年も前のこと 覚えちゃいない、都合よろしい この体 生きているうちにあと何度 これらを目にできるのだろう 36度の光と日差し 浴びるだけ浴びて汗すら恋になる シャワーの前に写真を撮ろう 曖昧な記憶に負けないために メロンシロップにソーダ注いで 即席喫茶を祝・開店 これまでの過ち全てを笑い飛ばせる今日があってもいいと思う 行進していくアスリート 色とりどりの国旗を見て

          2021年の夏

          パーティの後片づけは、大変な方がいい

          前回の記事にも書いたのですが、私は5日前に仕事を辞めた。 仕事が好きだったし、人間関係も良好だったし、コロナ禍でも安定している組織だった。 「もったいないよ」 そう言われても仕方ない「お別れ」だった。環境も、時期も、全てをひっくるめて「もったいない」。だれでもない自分自身が一番わかっていた。 でも、だれもこの言葉を使わなかった。だれも私にそう言わなかった。一緒に働いた人も、家族も、友達も、恋人も。だれ一人とて言わなかった。私はそれを深い優しさだと思うし、柔らかく、温か

          パーティの後片づけは、大変な方がいい

          仕事を辞めて3日後のハナシ。

          心にぽっかり穴が開いた。 などというありきたりな表現はしたくないのだけど、 「そう言う」方が話が早い場合も往々にしてあるわけで、でも私はもう話を早く済ませたいほど忙しくもないのだけど、物事を正確に伝えるには耳馴染みのあるポピュラーな言葉が相応しい場合もあるわけで、うだうだ言ってみたものの、ようするに便利なので使います。心にぽっかり穴が開きました。 寂しいっちゃ寂しいし、悲しいっちゃ悲しいし、嬉しいっちゃ嬉しいし、幸せっちゃ幸せなのですが、この気持ちはなんなのだろう。

          仕事を辞めて3日後のハナシ。

          雨の日はベッドに恋する。

          雨の日は眠い。 そのことに気づいたのは中学生の時だった。 共感してくれる人も居れば、共感してくれない人も居た。 私の人生で出会う人は、ほとんど後者だった。 自分だけ? そう思ってきたけど、27歳になった今もやっぱり眠い。 すなわち今日も眠い。今日は結構な量の雨が降っている。 私は生粋のロングスリーパーなのでほとんど毎日眠い。 だから「雨の日は眠い」というよりは、「雨の日は睡眠が捗る」と言った方が正しい。 朝だろうが昼だろうが夕方だろうが、雨の日の室内はなんとな

          雨の日はベッドに恋する。

          さよなら、在宅勤務。ーリモートワークで手に入れたものー

          緊急事態宣言も解除の流れとなり、ここ数ヶ月でポピュラーになった「在宅勤務」という働き方も終了間近。 在宅勤務はまだ続くという会社もあれば、「緊急事態宣言の解除」と「通勤再開」が結びつく働き人も多いと思う。 私は後者の人間なのだけれど、最初は戸惑った在宅勤務も、慣れてしまった今やオアシス。 「ついに終わってしまう・・・」という恐怖に近い寂しさをこらえつつ、今日はOLの私が、初めての在宅勤務を経て得たことを書いてみる。 1_モノが少ない暮らし おうち時間、なにしてた?

          さよなら、在宅勤務。ーリモートワークで手に入れたものー

          精彩を欠いても、書き続ける。

          【精彩を欠く】 ぱっとしないさま。 冴えないさま。 調子が振るわないさま。 私、精彩を欠いております。 4月から もうひとつのnoteをやっていて、1カ月で30記事。毎日アップし続け、ありがいことに ぞくぞくと増える閲覧数とフォロワー。うれしくてうれしくて、毎朝毎夜、書き続けました。 5日目くらいから「読んでくれた人の反応が気になる」という病にかかり、初めてのスランプ。 それでも書き続けるしかない。いや、書き続けたい。気がつけばスランプから脱出。note以外にも

          精彩を欠いても、書き続ける。

          喫茶店で「不自由」を脱ぎ捨てる。

          みなさん、「お茶をする」という行為は、すきですか。 私はすきです。 それも、「ひとりでする」のが特にすきです。 おしゃれ~なカフェや、クリームましましのフラペチーノもいいけれど、私はとにかく「喫茶店」が大好き。 「カフェ巡り」に興味はない。 「喫茶店巡り」が好きなんです。 最近は雑誌なんかでも「純喫茶特集」なるものが組まれ、嬉しいと同時に「ああ・・・」という複雑な溜息が洩れたりもします。 良さげな喫茶店とは、住宅地にひっそりと店を構え、人口密度が低く、入店の扉を

          喫茶店で「不自由」を脱ぎ捨てる。