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連載『あの頃を思い出す』


    7. 出口のない迷路・・・1

 一葉(いちよう)の回復は思ったよりも早く、しかし二週間の入院を要され、一花(いちはな)を朋李(ともり)の家へ預け、尚季(ひさき)は病院につきっきりだった。とはいえ昨今の「完全看護」は、どんなに子どもが泣こうが、さみしがろうが、泊りがけでの看病は出来ずに、ひたすら病院に通う日々。最初の数日こそグズグズとしていた一葉も若い看護師たちに宥められ、今ではすっかり笑顔で「またね」ができるようになった。
 その一葉の容態と言えば、骨こそ折れはしなかったが、跳ねられ弾かれた際、激しく背中を引きずられかなりの裂傷を負っており、尚季がいる日中はずっと「抱っこ」を求めてきた。当然抱っこすれば安心から眠気がやってきて、おかげで夜は眠れないようで、看護師には迷惑をかけているようだったが、尚季的にはゆっくりと子どもと語らえる時間でもあった。
 退院後もしばらく通院は続き、傷も大きく残るだろう。

 一葉を跳ねた車は見つかったが、盗難車だったらしく、犯人は未だ足取りがつかめずにいた。その間、父親と勘違いされたままの経場(けいば)は、力なく頼りない尚季の代わりにあれこれと立ち会ってくれていた。しかし、気を遣ってか病室に現れる事はなく、すべて朋李(ともり)とのやり取りが尚季の耳に入るだけだった。
「でも良かった、無事退院できて」
 荷物の整理をする尚季に、いよいよ臨月を迎えた朋李が手持ち無沙汰にうろうろしながら言った。
「ホント、一時はどうなるかと…」
 一葉が昼寝をしている部屋のほうを見ながら尚季が続いた。
「しかし、良かったわね。偶然とはいえ経場くんがいてくれて。ありさちゃんだけだったらパニクってどうする事も出来なかったでしょうに」
 ようやく落ち着いてソファに腰掛ける。
「ん、まぁ…」
 その事に関しては尚季も申し訳ないことをしたと思っている。
「ちゃんとお礼しなさいよね。私情は別として」
 警察とのやり取りを全部経場に任せ、手際のよさに『見直した』と絶賛の朋李。
「わかってる」
「でも、こうなっちゃ瀬谷くんも必死だわね」
 それには尚季はなにも答えなかった。
 尚季の前に経場が現れないといっても、気が気じゃない瀬谷は毎日のように病室を訪れた。一葉を心配しての事ではあるが、それ以上に尚季の胸の内が気掛かりでしょうがないのだ。
「忙しい時期なのに、迷惑掛けちゃった」
「そうじゃないでしょ。それもあるだろうけど、元カレにうろつかれちゃ気になるわよ。揺れてんじゃないの?」
 疑わしい目を向ける。「瀬谷とどうにかなってしまえ」と言ったはいいが、こうも逞しい経場の姿を見せ付けられては瀬谷じゃなくてもそう思うだろう。
 思い詰めた顔を見せる尚季に「やっぱりなんかあったんだ」と改めて追求の矢を向ける。


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