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宇宙戦艦『応接間』

子どもの頃、おもちゃにしていたステレオは、家の中で「応接間」と呼ばれる床張りのシャンデリアのある部屋に置いてあった・・・・
その家は、父と母が結婚するのを機に建てられた家で、わたしと年齢が一緒だ。その当時の流行りなのか一室だけ洋間があり、父たちは「応接間」と呼んでいたが、ソファが置かれているわけでもなければ、ステレオとシャンデリアしかない閑散とした部屋だった。当然外装からは想像もつかない、なんとも違和感のある空間だった

わたしが物心ついたばかりの頃、その部屋にはステレオと、

こういうタイプの家庭用のブランコが置いてあった
おそらくこのブランコは、家具センターかどこかで出会い、わたしがねだった青いパイプのブランコだった。でもわたしがほしいと思っていたブランコは本当はそれではなく『うさぎとかめ』の童謡が4本の脚の部分に書いてある緑色のブランコだったのだ。わたしはその歌を2番までしか知らなかったから、4番まで書いてあるそのブランコがどうしても欲しくて、でも家に来たブランコは別物で、だから応接間に置かれたそのブランコはそれほど使用されることもなく、折りたたまれてしまわれた・・・・この行動は、わたしが記憶している最初のわがままかもしれない

その後、応接間には、ブランコの足で傷がつかないようにと買ったぶ厚いじゅうたんと、元のステレオとシャンデリアだけの部屋になった

昔のステレオって、木製で大きいじゃないですか。レコードが回る部分は僅かなのに対し、アナログなラジオの体温計みたいな文字盤とか、音の響きが上下の電飾で見える窓とか、等間隔に並んでいる出っ張りや、大きな操作ボタンとか、無駄に大きいそれらが英語表記で書かれていてなんのために使うのかまったく理解できなかったあれらがね、子どものわたしたちにとっては『宇宙戦艦ヤマト』の通信機器のように見えたわけです

しかも両脇には本体と同じ大きさのスピーカーが付いていて、そこはNHK育ちの子どもとしては『できるかな』で得た知識をふんだんに使い、画用紙にそれらしいものを書き込んで貼り付ける

こんなのとか、

こんなやつを、緑と黒のクレヨンで、それっぽく頑張って作るわけですよ

でも紙に書いたボタンやらなんやらは、押しても引いてもなんの反応もない。本格的にレバーを下げてみたり、ボタンを押してみたりしたい子ども心は、のっぽさんが教えてくれたように段ボールを切ったり貼ったり繋げたりして、それらしいものを作り上げていくわけです。実に不格好ではありますが・・・・

もうそうなるとこのステレオは、レコードを聴くための機械ではなく「宇宙戦艦ヤマトごっこ」のためのコクピットでしかないのですよ! 平らなスピーカーの上には家庭用の大きな懐中電灯を乗せて、ピカってやりゃ~立派な「波動砲」だよね
しかし流れる音楽は「宇宙戦艦ヤマト」ではなかった。最初の頃は「童謡」で、あとは目につく母親の演歌オンパレードのLPやらが流れていたんです

そうそう、こんな感じだった。下の部分はレコードを横に入れられるスペースがあって、子どもはすぐこういうところに乗りたがるから、当然壊して、閉まらなくなって開きっぱなしになるわけです

でもいつまでたっても「宇宙戦艦ヤマト」は流れず、そのうち父親の映画のサントラコレクションやら、普段は開けない納戸を開けてわけわからんチンなフォークやら浪曲やらに手を出すんです。そのうちそれらに飽きて来た頃、やっと・・・・ようやっと自分たち好みの「ピンクレディー」や「西城秀樹」「ゴダイゴ」なんかを買ってもらいまして、友だちがいる時に流れても笑われない音楽が仲間入り。しかし! 最後の最後まで「宇宙戦艦ヤマト」は流れなかった。なんでそこ、思いつかなかったかな~。考えてみたら、アニメの主題歌がレコードになって売ってるなんて、想像もつかなかったんですわ。無知って本当にどうしようもないですね

ある時子どもは、母親に「うちにはヘルメットはないのか」と尋ねてみた。古代くん、ヘルメット被って戦闘機に乗るので、子どもはすぐ真似たがるんですよね。さすがにヘルメットはなかったけれど、ステレオにはヘッドホンがオプションでついてるじゃないですか! もうそれつけて操作したら、子どもも立派なヤマトの乗組員ですよ

更にはこの出っ張ったボタン、左右に回す仕様のはずを、子どもは押したり引いたり上下させたりするわけですよ。当然ボタンは取れ、これまた無残な姿を晒すわけです。ボタンの下には英語でなにやら書かれていたはずなのですが、当然用途を理解できない子どもは、なんのために回すのかすら覚えられないうちにまた壊す
少し大きくなって、本当に音楽を聴こうという気が起きたときには、そのボタンが使えないことを後悔することになっても「今」のことしか考えていない子どもには、先のことなどどうでもよかった

「宇宙戦艦ヤマト」ごっこは壁に宇宙を作らなければいけなかった。だが、なにせそこは「応接間」ステレオの上の方には恵比須様と大黒様が浮き彫りになってる額縁が飾ってあって、絵を描いて貼り付けることが困難だった。ステレオは壁を背にして置いてあるものだから、なんとか宇宙の見えるコクピットを再現したい子どもは、ステレオを壁から離し、壁とステレオの間に隙間を作って向こう側に入ろうとした
しかし子どもは気分屋だ。わずかな隙間ができた時にはもう宇宙なんてどうでもよくなって、なにやらコードまみれのステレオの背中に妙な魅力を感じ、そこは魅力的な秘密基地に見えたのだ。狭いところ、好きだよねぇ子どもは…そこに毛布やらおもちゃやらを持ち込んで、ステレオがステレオの機能すらなさずにただの仕切りと化する瞬間がやってきた。そうして、細かなコードのついたステレオの背中は、無体な子どもの所業によって損壊し、とうとう音のならないステレオになった

音がならなくなったといっても、しばらくはおもちゃとして機能していた。しかし子どもの成長とともに「応接間」には、オルガンがやってき、学習机が並べられると「子ども部屋」と呼ばれるようになった
そうなると、音のならないステレオがいよいよ邪魔になってきたのである。ひとつスピーカーが外に出され、またひとつ・・・・そして最後はいちばん重い本体と、全部が家の外に出た。正しくは屋根のある窓の外、だ。そうしてその存在すら忘れられたころ、犬小屋が壊れた。ここで犬小屋!?…と思うかもしれない。だが、外に出された大きなスピーカーの中は、うわっつらを剥がしてみればがらんどうだったのです! うまいこと中を取り出し、木枠だけになったスピーカーは、頑丈で雨風のしのげる素敵な犬小屋に変身をとげました!

最初は素敵なステレオだった。今、目の前にあったならそれはそれは大事にしただろうと思う。だけれど、無体な子ども(自分だけど)におもちゃにされたせいで、最後は犬小屋になり果て・・・・しかし、立派に役目を終えて収集されていきました
物の価値観というものは、子どもであってもきちんと理解すべきだという教訓ですね。間違ってもステレオは、宇宙戦艦ヤマトのコクピットではなかったし、今どきレコードを聴けるなんてことがどんなに素敵なことなのかなんて将来性も、もう少し考えてあげなければならなかった


ん~タイトル『ステレオの末路』だったかもしれないな・・・・




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