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連載『あの頃を思い出す』

   嵐の予感・・・8

「あたし決めました」
 貸し出し手続きが済み、腰低く去っていく中年の女性を見送りながら、ありさは強く言った。
「どうしたの?」
「やっぱり、もう一度ちゃんと司書の勉強をしようと思って。今みたいに、尚季(ひさき)さんみたいに応対できるように」
「充分やってるじゃない、ありさちゃん。海外絵本なんて、顔負け」
「でも、気分が違います」
「急にどうしちゃったの?」
「なんだか、ちゃんとしてない気がして…慎也にも言われちゃったし。あたし、図書館の仕事すごく好きだなーってこの頃思うんです。でも、好きと思うだけの仕事をしていない気がするんです。だから、頑張ります」
 なるほど、慎也の影響か。結婚が決まってからのありさは、どことなく以前と違ってはつらつとし変わっていった。しっかりと自分の道を見つめているようで、尚季には羨ましくも思えた。
「そうか、頑張って! 応援する」
 心から微笑む尚季。
「はい。館長とも相談してみますね」
 勉強をし直すとなると、当たり前の施設に出向かなければならない。しばらく仕事も休むことになるだろう。
「忙しくなるかな」
 明るいありさを見ていると、小さなことでぐずぐずしている自分がくだらなく思えた。と同時に、母親としての自分はしっかりしなければと思うのだった。
「あたしもしっかりしなきゃ…」
 もうじき今のぬるま湯のような生活から解き放たれるのだ。朋李(ともり)や法勝(のりかつ)のいない生活の中でどれだけ自分ひとりでやりこなせるのか、今後のことをじっくりと考える必要があった。今までのように甘えてはいられないのだ。
 終業間際、事務所に入ったありさが、ドアの隙間から顔だけを出し小声で話す。
「尚季さん。今日、久しぶりにお家によってもいいですか? それとも…」
 珍しく今日のありさは早番だ。
「いいけど。子どもたちも喜ぶわ」
 チラリと奥に目を向けたのを見逃さなかったが、口に出さずに飲み込んだところを見ると、余程ありさは瀬谷とのことを気に掛けてくれているらしい。そんな存在がありがたいと思う尚季だった。
「じゃビール買っていきますね」
 にっこりと微笑んで頭を引っ込めた。
「たまには、いいんじゃない」
 少し気を抜くのもいいかもしれない。忙しくキーを叩き、それまでの集計業務を済ませた。


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