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連載『あの頃を思い出す』

   10. あの頃を思い出す・・・10


 散々粘った挙句の帝王切開で力が入り過ぎていたのか、朋李(ともり)は退院後も尾てい骨の痛みが取れずにイライラした毎日を過ごしていた。それだけお産というものは、ひとの頭で想像する以上の力を要し、一瞬にして母体を考えも及ばないものに変えてしまう。そこからの子育て、女に生まれた以上覚悟していたこととはいえ、すべてマニュアル通りとはいかない。そういう意味で、思いの外、朋李のダメージは大きかったようだった。
「ごめん。なんだかナーバスになっちゃって…ノリについて行くって決めたのはあたしなのに、どんどん部屋の中が片付いて床面積が増えてくるの見てたら、なんだか物悲しくなっちゃって…。追い出されるみたいな気分なんだもん」
 寝不足のせいなのか、どうも情緒不安定らしい朋李を心配しないわけではない。だが、尚季(ひさき)の方も今は、他人を思いやっている余裕がなかった。
「あたしも。なんだか、もうこの部屋で一緒にご飯食べることもないんだなって思ったら言葉がないよ」
「ひ―ちゃん…」
「やめて、やめて。だから、さっさと手を動かして!」
「もう…あんたって」
 そうは言っても感傷に浸ってばかりもいられないのだ。
 一通り片づけを済ませ、その日は朋李は息子ともども尚季の部屋に泊まることになっていた。
「やっぱりソファにいるわー。横になるのが怖い」
 子どもたちを寝かしつけ、そう言って朋李がリビングに入ってきた。
「ごめんベッドじゃないから…」
 起き上がったり立ち上がったりで負荷がかかり尾てい骨に響くのだろう。
「あぁ、いいの。やっぱり起き上がる時に力が入るから…もうミルクの時間になるし。…はぁ~。でも、いつになったらこの痛みが引くのやら…」
 言いながら静かにソファに腰を下ろす。
「よっぽど入ってたんだね~」
「それより、あんたの方はどうだったのよ」
「もう忘れたよ」
「そうじゃなくて」
「なにが?」
「とぼけんじゃないわよ。あれからどうなったのよ、なにも教えてくれないじゃない」
 キッチンに立つ尚季に、容赦なく切りかかる。
「教えるもなにも。…すべて丸く収まったわよ」
「どっちと?」
「どっちも」
「それって、どっちも蹴ったってこと?」
「え~。むしろ、どっちにも蹴られたんじゃない?」

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