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連載『あの頃を思い出す』

    3. いくつかの片想い・・・2


「開き直るんですね。気持ちに正直ならなにをやってもいいと…」
「ちょっとまって…。どうしてそんなこと、あなたに言われなきゃならないの」
 ついに憤慨し、踵を返す。
「お待ちかねの彼よ」
 タイミングがいいのか悪いのか、偶然館内に姿を現した瀬谷。尚季(ひさき)の姿を見止めてはいるものの、相変わらずの愛想のなさで机に向かって歩いていく。今の尚季には救いかもしれないが、先日のアパートでの一件を思うと逆に腹立たしくもあった。そういった男の心理は掴めない。いくつになっても男女の機微というものはそうしたものだ。
「あの、わたし」
 勢いで絡んだものの逆に諌められる形になった未知(みち)は急におとなしくなってしまう。
「今の勢いで彼に直接ぶつけてみたら? なにが知りたいのか知らないけれど」
 留めとばかりに言い置き、カウンターに足を向ける。途中、尚季の様子に気づいたありさが返却の本をいくつも抱えたまま戻ってきた。
「どうかしました、彼女」
「別に。知り合い?」
 ありさのおかげで少し気が落ち着いた。
「多分、同級生です。あんまり仲良くなかったから向こうは覚えてないかもしれないですけど」
 チラリと未知のほうへ視線を傾ける。
「今年小学校の先生になったばかりなんですよ、確か」
 言われてみればそのような成りはしている。
「先生なんだ」
「なにか?」
「なんだかあたし、嫌われてるみたい」
「まさか」
「だといいけど」
 これで終わるとは思えない雰囲気だった。

 尚季の就業間際、いつものように席を立つ瀬谷。判で押したようなこの習慣は、時計を見ずとも館内の雰囲気で感じ取れるようになっているらしい。半年も通いつめていれば当然の習慣かとも思われたが、今日は気づかぬままにいてほしいと思う尚季だった。
 広げられたノートやペンケースを無造作にリュックに押し込み、出口に足を向ける瀬谷。それを遮るように未知が立ちはだかる。
「わたしのこと、憶えてますか?」
「え?」
 いきなりの展開と、時間を気にする自分とが交差し、曖昧な面持ちの瀬谷。行く手を阻まれ言葉に詰まる。
「あ、っと…」
 急ぐ様子を見とめながらも未知は構わず続けた。
「憶えてませんか? 去年、南小学校の教育実習でお世話になった鷹野です。今年正式に着任しました」
 笑顔いっぱいに答える。
「あぁ」
 様子が違ったせいもあるのか、わかったようなわからないような、曖昧な瀬谷の生返事。

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