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ここ1年半、世捨て人だった私

 先日、家の本棚を整理していると一冊の見覚えのある本が出てきました。その本は、7.8年前の私が中学校の読書感想文の課題図書として購入した本でした。当時の私は本を読む習慣が無く、前半19ページのみ読んで、あとは内容を想像して感想文を提出していたのですが、本のタイトルが気に入っていたので本棚に並べておくだけ並べていました。

  鷲田清一さんの「じぶんー不思議な存在」という本です。

 現在大学3年生の夏休みを実家で過ごしている私にとっては胸に刺さり、自身の生活を変えたいと思うきっかけを得られました。私だけでなく、特に現在のやり場のない悩みやモヤモヤを抱えた「誰か」にとって、少しでもこの本から良い影響をもらえるのではないかと思い、初めてnoteに投稿します。私の個人的な話と本を通して私が受け取ったメッセージを書きます。



 大学入学の年、私は実家を離れて一人暮らしを始めました。1年生の間は、友達とご飯を食べたり、遊んだり、話したり、勉強をしたり。アルバイトを始めてみたり。それまでの小・中・高校生の頃と変わらず、他者との直接的な関りを通して生活していました。ただただ、楽しい日々が過ぎる日常でした。

大学2年生になる直前からコロナが流行って、対面授業が無くなり、友達と会う機会は少なくなりました。そして、1年生の頃から入っていた部活を辞めました。人間関係のごたつきと言うよりも、2年生から3年生にかけて1年間のアメリカ留学が無くなってしまったことから、自身の心の余裕をなくしたことが理由だと、部員に伝えました。この大学に入学した理由は、正直留学に行けるからでした。高校の頃から夢を一つに絞り切ることができない性分だった私は、何者かになりたいと、その一心で、何者かに変わるきっかけを手に入れられそうな留学を経験したいと考えていました。そして、そのきっかけの機会は留学直前に閉ざされ、生まれ育ったこの日本で、何者かに変わるきっかけを手に入れなければならなくなりました。部活の中では、マネージャーとして働いていましたが、ただ人と話すことだけしかできず、何かを得たいと思い部活の内容に入り込めば入り込むほど、自身は選手にはなれない性別の問題も当然のようにあり、辞めることを決心しました。当時は、これが唯一の辞めた理由だと思っていましたが、辞めて1年以上経った今では、他に大きな理由があったことに気が付きました。

 私は部活という環境で、他者のことを誰一人受け入れることができなかったのです。選手は全員男性、元から異性に苦手意識を持っていた私は、男性とどう話せばいいのか分からなくなっていました。入部当初は明るいキャラで振舞っていたのに、次第にそのキャラを演じることに疲れ、まじめで、話しかけるのが苦手なもう一人の私が常に出てくるようになりました。自分自身も、このキャラを周りが受け入れてくれるのか不安でしたし、周りからは「最近元気ないね」「前は明るかったのに、本当は結構暗いよね」と言われる。ただその言葉が怖くて、耐えられなくて、部活という環境から離れました。

 部活を辞めた後、気軽に外出できない当時の状況で、私の楽しみは勉強や本になり、それが日々の暮らし方でした。そしてテレビの電源も抜き、Instagramもやめ、世の中とのつながりをLINEだけに留めました。勉強と本、そして週2のドラッグストアでのアルバイトを繰り返す日々でした。そこでのアルバイトは、「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を繰り返せばお金がもらえる仕事で、他のアルバイトやパートさんと私的な話を交わさずにこなせる環境でした。つまり私は、バイトの時間はアルバイトAさん、家で過ごす時間は、ただそこに存在する存在としての「わたし」として生きていました。

大学2年生の9月から、人との交流が欲しくなりました。あまりにも人と話さない時間が続き、会話がしたくなったのです。そこで見つけたのは飲食店でした。バイト仲間が欲しい。そんな気持ちで始めたアルバイトでした。バイトを始めた最初の日は、今までと同じように最初は明るいキャラを出していこうと決心していました。しかし、そのキャラクターは登場してくれませんでした。登場したのは、ただ、まじめで話の苦手な私でした。そして、そのまま5か月が経ち、アルバイトの中では相変わらずまじめな「わたし」が続き、周りからは自分がどのような他者に思われているのか、想像するだけで、私がここにいるのかよく分からなくなりました。確かにその飲食店の床を踏み歩いているはずなのに、なぜか他者の意識の中で私が歩けていないような、そんな感覚がずっとありました。



 鷲田清一さんの本を読み終えた今の私は、当時の私にとって、他者の他者として存在できていなかったことが悲しみや苦しみの原因だったと理解できます。また、対面で友達と会うことができなくなってしまった中で、大学2年生という心境から勉強や本に熱中した偶然又は必然なタイミング、そして自分の中に決めた日常の過ごし方ルール(自分が本当に頑張ったと思えるその日まで、友達に会ってはいけない)や決めつけ(私は勉強が何よりも好きで、他者に興味を持たない存在)について、自分の中のルールにだけは異常に厳格な完璧主義という性格に起因していたと、はっきりと理解できました。

 


 飲食店のアルバイトを6か月間経験した後、3年生になる直前の春休みにアパートを引き払い、ドラッグストアと飲食店のアルバイトを辞めました。実家で家族と生活をすることに決めました。3年生になってからは、大学のオンライン授業を実家で受け、実家で勉強、本を読み、映画館やカフェに時々出かける生活です。家族とは時々外へ出かける生活を続けていました。もちろん、私のルールや決めつけは継続していたので、家族以外の小中高の友達と会うことも、スマホで連絡を取ることも全くしませんでした。今でも、私が実家に帰ったことを知っているのは家族の繋がりで漏れた情報に触れた友人のみです。

そんな実家での暮らしを6か月経験した今の私。そして、昨日鷲田清一さんの本を読んだ私は、思うのです。誰かにとっての誰か、という生活をし続け、時に誰かにとって誰でもなかった、もはや存在もしていなかった、世の中から姿を消していた私は、誰かにとっての「他者」として存在できるようになりたいと切実に思うのです。

 ドラッグストアでの「アルバイトAさん」ではなく、飲食店でのまじめで何も自分の事を語ろうとしない自分でもなく。「(本名)」としての「わたし」で自分の考えを述べたり、自分のまじめな所も、明るい部分も、全てを出していたい、出すことを恐れずに生きたい。と思うのです。きっと、それが「わたし」だから。



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