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私とオーストラリアとランニング④



1日のスタートはランニングから

5時過ぎに目がさめると軽い朝食を済ませ、Seanから指定された場所へと向かう。バスを乗り継いで30分ほどで到着。ブリスベンの街のやや北の方に位置する芝生の広場はよく見るとやや消え掛かってはいるがラインが引かれた400mのトラックだ。
到着して数分後にSeanと娘のTillyがやってきた。
「Good morning, how are you?」
の挨拶を済ませて自然な流れでウォーミングアップに移行する。
以前シドニーに滞在している時に大変お世話になったNicoleもブリスベンに引っ越しているというので一緒に走ることに。
4人でゆっくりと走りながら身体をほぐしていく。
ウォームアップのジョグのあとはドリルに移る。Seanのドリルを行うのは久しぶりだ。
そこまで丁寧に教えてくれたわけではないのだが、リズミカルな流れで動的ストレッチ、ドリルを次々とこなしていく。
その後に4本の流しを終えて、いざスタートの時がきた。
メニューは300m×6本+15分Threshold
300mは2分30秒サイクルで回していく。(1本目がスタートして2分30秒後に2本目という形)
「何秒くらいでいく?」とSean
「57くらいかな」と私。
芝生ということもあって感覚は曖昧ではあるし、トラックでの形式的なインターバル走は1年半以上行っていないのであくまでおおまかな予測だ。ただ2週間前に走ったパークランが16分26秒ということを考えるとそんなものだろう。

「3,2,1,Go」
Seanの合図でスタートを切る。私が先頭に出ると後ろにピタリとTillyがつける。
リラックスして走れているいい感じだ。しばらくスピードを上げていないので疲労がない分身体が軽い。最後の直線になるとSeanの息が上がっているのが聞こえる。
Tillyが横に並び一緒にゴール。タイムは「53」
思ったよりも速かった。
慣れないペース、環境(芝生)で走ると、また後ろに人がついてくると無意識的に多少なりとプレッシャーを感じるものでもあり、自分の感覚と合わないことがある。
練習を積んでいくと感覚と実際のペースのギャップが合ってくる。やはりこれも技術の一種だ。
また指導するランナーに「1本目が速くなりすぎないように。速いくらいならやや遅いほうがいい」とまで言う時があるのに、恥ずかしいかぎりだ。

気を取り直して2本目。少しペースを緩める意識、しかしここで気を抜くと極端に遅くなる場合もあるので要注意だ。
「55」
よしいい感じだ。
そこからはペースが安定して3,4も同じように走る。Seanは少し離れ始め、Tillyは逆に前に出てき始めた。
5本目がスタート。ついにスタートからTillyが前に出る。明らかに先ほどよりもペースが速い。
恥を偲んで13歳の女の子の後ろにピタリとつける。ペースは落ちることなく最後の直線まで駆け抜けた。横並びでゴールするとタイムは
「51」
私の息も少しあがる。

300mは次が最後。Tillyが速くいくのが分かっているのでどうするか迷う。大人げなく抵抗するか、自分のリズムを保つか。
いざスタート。予想よりも速いTillyの飛び出しに抵抗できず、自分のペースで走ることに。

差は次第に広げられゴール。私の時計は「49」を指す。

ここからは6分の休憩を挟み15分のThresholdが始まる。
この手の練習はSeanの得意練習だ。シドニーで走っていた時はレース前の仕上げでよく行っていた。400m×10本+4kmなどをスピードで脚に疲れを出し、その後に一定ペースで走る。
4kmはだるさが残る中のスタートになり、ペースを保てる自信がないが中間点がすぎるとリズムが良くなる感覚がある。400mの余裕度やタイムは変わらなくても、スタミナがつくと4kmのタイムが自然と良くなっていく。きついが好きな練習の一つでもあった。

現在はOn契約のプロランナーOliver Hoar(東京五輪1500mのファイナリスト)が当時高校生だった時に一緒にこの手の練習をしていた。ジュニア選手はスタミナ不足のためスピードは速いがThreshouldになると極端にペースが落ちる。
Oliverはシニア選手が400m×10本やるところを1本おきで行い、60秒を切るスピードで走っていたがThresholdになると私と同じくらいのペース(3’15-20/km)で、いっぱいいっぱいになっていたのを思い出す。

そんな懐かしさを感じながらThreshold workのスタートだ。私とSeanは15分、Tillyは10分。
3’50/km程度で私は走り出す。本当はもう少し速くも走れたが今日の目的は追い込むことではなく、練習に参加できればいいので無理はしない。
予想通りというべきか、300mは私より速く走ったTillyはすぐに息があがりついてくることができない。Seanが少し前に出て、私がやや後方を走る。最初の1kmは3’52。このあたりは感覚と合っている。
次第にSeanとの距離を詰めて、私が先頭に出てペースを作る。2500m程度だろうか、10分が経過する頃に後方から大きな息遣いが近寄ってくる。Tillyがラストスパートをかけて追いついてきた。
ジュニア選手によくある目的を無視した競争心むき出しのスパート。私も学生時代によくやったのを思い出す。

私とSeanはそのままペースを維持してゴール。

10分ほどのダウンジョグを終えて練習は終了。
いまだによく理解できてないのが「Cool downとWarm down」という言葉を耳にする。
同じ人でも時によって交互するように使うがやることは同じだ。以前にあるコーチに質問したがはっきりとした定義はないようだ。

ブリスベンの街に戻ると中心部を流れる川沿いに公共のプールが存在する。この日のブリスベンは25度以上まで気温が上がったので練習後で熱くなった身体に対して最適だったと思う。
休日の朝、街の中心部にも関わらず混むほどの人はいない。
まったりとプールに浸かりリラックス。すぐそばにはカフェもありプール後には朝食も取れる。最高の休日の朝を迎えた気分だ。


そんなバカンスなひと時を過ごした後は競技場へと向かう。

勝っても負けても

この日はいよいよフラーの800mの決勝だ。
スタート1時間前になるとフラーとコーチのベンが補助トラックに向かいウォーミングアップを開始する。
トラックの隅からその様子を眺めることに。そこにはコーチや他の選手立ちもドリルや軽いジョギング、スプリント動作などで身体を動かしていた。
少しメインの様子とは違い、静けさと適度な緊張感が張り詰める。どの選手とコーチ達も動き出す前は穏やかな表情で会話をするも次第に表情は真剣な様子に変わる。
10分弱のジョギングを終えたフラーはドリルに移る。
そこから40m-50m程度のスプリント動作、そして100m長の距離を1本入れる。その様子をトラック側から見つめるベン。
私の目から見てもフラーの動きにはキレがある。
こうやってウォーミングアップは終わり、いざ決勝の舞台へと挑む。
私は再びスタンドに戻り、クーパー家の応援団と合流。

U17の決勝が終わると、いよいよU18の選手たちがスタート位置に着く。
日も暮れて、ナイターのレースとなった会場。
ピストルの合図がなり、一斉に選手たちがスタートを切る。
スプリントの能力の高い選手たちがややリードを奪い、バックストレートに入る。
少し遅れたように見えたフラーも予選とは違い、ここから前の方へ上がりいいポジションを取った。先頭のやや斜め後方にピタリとつき、そのまま1周目を迎える.
61秒台での通過。かなり速いペースだ。
ここから次第に集団が崩れ始める。
バックストレートの入り、フラーがついに先頭に立つ。しかしもう1人の選手も簡単には先頭を譲らず、フラーは1レーンから2レーンにかけてのややアウト沿いを走ることになる。このままカーブに突入。このペースで走る選手にとってはインとアウトの差は大きい。
残り150mでフラーが一押しして完全に先頭に立った。ストライドが伸びる。
最後の直線。後ろも追ってくるが身体一つ分フラーがリード。そのままの差を保ってフラーがゴールに飛び込んだ。
クーパー家の応援団が立ち上がり喜びを分かち合う。みんなの喜びが爆発する。感情表現が実に豊かだ。
ゴール付近のタイマーに目をやると「2’06”47」の自己ベスト。
実に素晴らしいタイムだ。

木で作られたおしゃれな表彰台。中央に立つフラー。


スタンドに戻ってきたフラーは周りの喜びとは対照的に少しあっけらかんとした感じだ。
アップルパイを失敗した時の様子と大きな差はない。
応援のみんなとのハグを交わすフラー。私がハグするのはなんか気まずいので
「Congratulations」
「Thanks」
握手を交わしながら簡単なやりとりで終わった。

高校生以降はチームで動く少しシステム的な感じの経験ばかりしてきた私なので、コーチと家族が一体になって動くこの感じがすごく羨ましく感じた。

翌日の1500mはスローペースでスタート。ラスト一周でペースが上がるとフラーの動きは少し重く、反応はしたが次第に遅れ始める。
先月に4’20の記録をマークしているのでこちらも優勝候補だったが少し疲れが出たかな。
ラスト1周のバックストレートに入ると後方の選手から抜けれ始める。
4分38秒の6位でゴール。

レース後はトラックに座りすごく悔しそうな表情を浮かべるフラー。
ペースが切り替わった時に思ったように脚が動かなかったようだ。

もちろん勝ってほしかった思いはあるが、こうやって勝つレース、負けるレースを見れたことはより人間味の部分を感じれたと思う。

探索と冒険

さて空港に向かう時が来た。
「See you in Tokyo」そうやってフラーとの別れの挨拶を済ませる。

「今回の滞在でどんな事を学べたんだ?」グレッグからそんな質問を受ける。

難しいな。
でもこんなところだろうか。

「もっとためらわずに自分の考えを伝えることかな。色んな面で遠慮して言うべき意見を言わずに後悔することが多かったから。」

もちろん、言いたいことを何でも言うのと、考えたアイディアを伝えることは違うと思う。何もオーストラリアの文化が思ったことを全てぶちまけると言うわけではない。

「それなら良かった」

でも一番はランニングを通して、自分の好きなことを通して人と繋がる喜びを一番感じた旅だったかもしれない。私がランニングに一番求めているのは記録や順位ではなく、もちろん勝負に勝つ、記録を更新する喜びはかけがえのないものだ、目標に向かう中で人とのつながりを育むことなのだと思う。

でも一番はランニングを通して、自分の好きなことを通して人と繋がる喜びを一番感じた旅だったかもしれない。私がランニングに一番求めているのは記録や順位ではなく、もちろん勝負に勝つ、記録を更新する喜びはかけがえのないものだ、目標に向かう中で人とのつながりを育むことなのだと思う。

英語ではExplore とAdventureという言葉がある。

Exploreとは探索するという意味合いで、一度自分のいる位置を離れ、他の場所を見て新たな視点を得て戻ってくることだ。それにより探索前と同じことをする上でも違った視点で物事を見れるようになるという。退屈な仕事にうんざりして別の仕事を経験して戻ってくることで同じ仕事でも今までと違った感覚を得る人がいるようだ。

それに対しAdventureとは一方通行で行ったきり戻ってこないことのように思う。
イメージとしては以下のような感じだろうか。

こう考えると私の冒険というよりは、私のオーストラリア探索とでも言うべきだろうか。
まあ自分の中で留めるだけなら言葉の定義は個人の勝手だ。

また新たな視点を加えてこれからの指導に生かしていきたいと思う。
言葉で何かを学んだと言うのは容易い。しかし本当に学べたかどうかはこれからの私の行動で表されると思う。

随分長いこと日本を離れたような気がする、そんなオーストラリアの9日間だった。


日常からの学び、ランニング情報を伝えていきたいと思います。次の活動を広げるためにいいなと思った方サポートいただけるとありがたいです。。