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危機と人類 ジャレド・ダイアモンド著 下巻 書評

下巻は7カ国の国家の近現代史を俯瞰して、世界共通の国家課題への対処方法を心理療法の手法を使って分析したうち、ドイツ、オーストラリアを扱い、最後は「進行中の危機」と称して日本とアメリカに焦点を当てつつ、世界全体を対象に危機の対処方法を提示。

◼️日本について

進行中の危機のうち、中国&韓国等かつて日本が侵略・植民地化した地域に対する解釈については、著者曰くの「ナショナルアイデンティティ」というやつを刺激する内容なので、日本人がこれを受け入れるのは非現実的だろうなという印象。

このようなダイアモンド氏の解釈に関して思うのは、ドイツと違って日本の謝罪の姿勢が相手国にきちんと伝わっていないし、国際的にも認知されていないという日本外交の拙さ。その主幹の外務省のサイトより、以下村山総理大臣談話。

ダイアモンド氏在籍のUCLAの日本人の教え子たちも、日本の戦中の東アジア諸国に対する日本国の行いを知らないようなので、最近の教育事情は我々世代と違っているのかもしれません。

また従軍慰安婦・徴用工問題も、私からみて説得力があるな(理性で考えて誰もが納得せざるを得ない見解)と思う「池田信夫氏の見解」と比較すると韓国の主張に近い解釈になっています。これも池田氏の見解同様日本外交の失敗。

「経済」「国債」「少子高齢化」「移民問題」「エネルギー問題」については、大枠は日本の大手マスメディアの言説とほぼ同様で、日本人読者にとっては新鮮味はありませんが、外国人にとっては大枠で日本を理解するには丁度良いボリューム。

ただ「国債」については多くのマスメディア同様、日本政府含めた公的債務だけに焦点を当て、日本全体の問題(政府+国民+法人)として捉えていないという点で日本のマスメディア同様、説得力が低いなという印象です。

日本全体の資産から公的債務含めた日本全体の債務を差し引いた日本の国富(=資産ー債務)は3,400兆円(2017年暦年)と、2年連続で増加しており、もっと俯瞰的にみた方がより説得力があるように感じます。

そして参考すべき主張は3点。
(1)短期的には少子高齢化は課題が多い(=高年齢者層の急激なシェア増加)ものの、長期的には人口減少をポジティヴな視点でみていること。

ヨーロッパ先進国はおおよそ5000万人〜8000万人の人口で、日本の人口もこのまま減少すればヨーロッパ先進国並みの人口になります。また日本の国富は、約3,400兆円あるので金持ち国日本は、人口が減少すればするほどこの資産を将来の若者たち一人一人換算で享受できるというわけです。

(2)移民問題については「日本のジレンマとは他国が移民によって緩和してきたことが広く知られているいくつもの問題に苦しみながら、移民に頼らずにそれを解決する方法を見つけられずにいる」とし、移民を受け入れるべきだとしてカナダの成功事例をベンチマークしたらと提言。
→「カナダでは移民申請者を評価する際、自国にとって潜在的価値があるかどうかという基準を重視している」

私は「日本の価値観を共有できるかどうか」かつ「人的資本として日本に貢献できるかどうか」という視点で移民を受け入れるべきと思っていますが(後日詳細展開予定)、カナダの同政策は「人的資本・・・」だけで、ちょっと物足りないなと思います。

一方で、単純労働力を補充するという観点での外国人労働者の受け入れは、UAEなどの中東レンティア国家の政策が参考になると思っています(巨大労働市場でチャンスを掴め)参照。

移民政策のポイントは「移民と外国人労働者は全く別物」ということ。ここをちゃんと分けて政策を検討すればいいのに、といつも思っています。

(3)自然資源管理については、日本は小資源国なんだから、世界に率先して資源管理に取り組むべきなのに「消極的」という認識は、確かにその通りです。特に漁業資源と森林資源に関する日本のあまりにも消極的な姿勢が、回り回って自分の首を締めることになるとの提言。

◼️米国について

ダイアモンド氏が一番懸念しているのは、急激に「寛容」の価値観が米国で失われていること。特に政治の2極化。米中対決よりもメキシコとの国境よりも何よりも遥かに危険な問題と認識。

政治に関しては故レーガン元大統領の事例をあげ、激しい政治闘争は過去から頻繁に起こっていたが憲法に基づくお互いの権威を認め、合意できる法案は合意し、合意できない法案であっても、ルールに従って妥協すべきは妥協していたが、2005年以降急激に「不寛容」になりつつあるといいます。

アメリカ政治の二極化をもたらした3つの原因は以下。「資金集め」「飛行機産業の発展」「ゲリマンダー(選挙区を政治家の都合に合わせて変えてしまうこと)」

特に「政治家たちは政治資金稼ぎのために選挙区と議会を飛行機で始終行き来しているためお互いを知ることができない」という。かつてワシントンでは党派や政治信条に関係なく、家族含めたコミュニケーションが政治家の間で成立していたという。

総体的には、アメリカ全体が不寛容になりつつあるのは「社会関係資本」の減少ではないかと分析。原因は「顔を合わせないコミュニケーションの台頭」「直接的コミュニケーションの減少」。

「人間は姿がみえて声が聞こえる60cm先の生身の相手に対しては、失礼に振る舞わないよう抑制が強くはたらく傾向がある。しかし、スクリーン上の言葉のやりとりしかない相手に対しては、こうした抑制を失う」

その他の問題として選挙問題は興味深い。大統領選挙でさえ、最高投票率は60%程度という。なぜアメリカが富裕層に有利な政策を取るかといえば選挙に勝つには資金が必要だから。貧困層が投票しないから。そして投票したければ有権者登録が必要だが、この登録手続きが煩雑で大きなハードルになっている。

資金問題についてはイギリスのように選挙活動が法律によって選挙前の数週間に限定してしまえばいいのではと提言。投票率に関しては有権者登録手続きを簡易化するか、日本のように有権者に投票用紙を直接配付すれば良い。

格差と停滞については、社会流動性の停滞(格差の固定化)を大きく懸念。教育従事者への低待遇に伴う社会的地位の低さや教育機会の不平等による人的資本の劣化がアメリカの弱点である一方、過去の積極的移民政策によって人的資本の劣化を補うというかつてのしくみが移民政策の転換によって機能しなくなるのではと危惧。

グローバルな問題

「気候変動」「テロリストによる汚い爆弾(簡易な核爆弾)」「資源問題」をあげていますが、おおよそは一般的な議論の範囲にとどまり、目立った新しい見解はありません。

一つだけ、ウクライナのクリミア問題は、もっとロシアに寄り添えなかったのかと、フィンランド の現実的対応を成功事例として見習うべき(これもナショナルアイデンティティの問題が難しいかな)だったとして、世界はまだまだ過去の歴史に学ぶことがあり危機を解決できる可能性が高いというのは、大家らしい結論でした。

*アメリカ合衆国 ニューヨーク市 エンパイアステイトビル展望台

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