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日本人の9割が知らない遺伝の真実 安藤寿康著 書評

自称、橘玲著「言ってはいけない 残酷すぎる真実」のネタ素として書かれた著作。

ちなみに自然科学(ここでは行動遺伝学)の知見は学説として常にアップデートされていくものなので「真実」ではありません。

現段階の知見ですが、人間の諸能力における「生まれか育ちか」議論のうち「生まれ」の要素はどの程度あるのか、どのように発現していくのか?を紹介しており、この知見を活用した教育や人材育成などがもっと進むと人間社会も効率的に進歩するのではと思わせてくれます。

『ひとは幸福になるようにデザインされているわけではないけれど、現実には幸福を感じて生きている人もたくさんいる。それは遺伝的才能を生かす道がこの社会に潜んでいるから(「はじめに」より)』

に始まる行動遺伝学の各種知見は「うすうすわかっていたこと」ももちろんありますが「意外や意外」もあってこれは必読です。

行動遺伝学は、遺伝子が同じ1卵生双生児と遺伝子が半分同じ2卵生双生児の調査結果から相関係数を見出し、遺伝に関わる様々な人間の能力に関する「生まれ」の寄与度合いを検証していく学問。

全般的に「意外や意外」だったのは以下の2つの仮説

「歳を取れば取るほど環境影響が少なくなって遺伝的要因が多くなってくる」

→歳を取るほど後天的な影響が左右すると思っていたのですが真逆。どんどん遺伝的本性が出てきてしまうそうです。「人間は年齢を重ねて様々な環境にさらされるうちに、遺伝的な素質が引き出されて、本来の自分自身になっていく(第4章)」

「あらゆる才能に関して家庭環境や親の影響はほとんどない(共有環境)。ほとんどが遺伝と非共有環境」

→家庭における親の子育ての仕方は子供がどう育つかにあまり影響を与えていないという結果は本当に驚きです。これは教わる先生の質も同じ。教育者はある意味がっかりな結果。

そして、逆説的ですが著者曰く

「遺伝は遺伝しない」

例えば、90%以上が遺伝だとするスポーツにおいて、サッカーでいえばヨハン・クライフの息子のジョルディ・クライフは「プロレベルにはなりましたが、お父さんのように超一流にはなれなかった」のが証明しているように、親が持つ様々な因子がある程度の幅を持って様々に遺伝するから親の才能がそのままストレートに子供に引き継がれるわけではない

遺伝子は2本1対になっていてどのような遺伝子のペアを親から引き継ぎ、劣性か優性かによって子供の形質が様々に変化するからです。そして「エピジェネティクス」という現象があって、同じ遺伝子でも環境によってその遺伝子の形質が発現したりしなかったりします。

したがって、90%以上は親の遺伝だといっても今、親に発現している形質がそのまま90%以上引き継がれるわけではないということなんですね。ここんところが誤解を生みやすいので要注意。

以下、本書に基づく遺伝の寄与度です。

◼️知能(問題解決能力、法則性の発見と活用能力)
IQでは、遺伝が54%。環境が46%。まだ仮説の段階だそうですが、整理整頓や時間厳守の意識のしつけがされていると学力と相関しており、学業成績の向上につながるらしい。

ただし「数学」だけは遺伝要素が90%弱と、もう才能なしには数学の成績は上がらないのは悲しい現実です。でもそれなりにはなるということに要注意ではあります。

知能に関して著者は、歴史的観点で俯瞰すると、社会の虚構(人間社会を社会たらしめる共通の価値観のこと)が宗教などの旧来の虚構から啓蒙主義(近代市民社会)の原理の虚構に置換されることによって「自由」「平等」「人権」などの抽象的な概念が登場し、エリートのみに必要だった知能が、全ての人間に必要に要求される時代になったといいます。

一方で狩猟採集民を研究しているジャレド・ダイアモンドなどの専門家によれば「知能」は狩猟採集民こそ必要であり、「今」目の前のあらゆる環境や動植物を危険か安全か、食べられるか食べられないか、などを瞬時に見分け、判断する高度な知能がなければ到底生存できない、という説もありますので、この辺りはどっちがより説得力があるかはちょっと判断できません。

◼️性格
性格の大体30〜50%は遺伝によるもので、残りは非共有環境。
*非共有環境:実験した双子の間の異なる環境のこと。大雑把にいうと学校が同じクラスだったら共有環境、学校が違っていたら非共有環境になります(なお、知能との相関はなし)。

ルイス・ゴールドバーグが提唱した5分類に基づいたGFP(general factor personality)という一般性格因子という考え方が2013年ごろから主流。

*プラス因子:経験への開放性、または好奇心の強さ、勤勉さ、外向性、協調性。
*マイナス因子:情緒不安定性。

GPFの高い人は社会の多数派が良いと思うことに自分を合わせられる人で主観的幸福感ともプラスの相関。GPFの低い人は犯罪を犯しやすく、うつ病にもかかりやすい。

◼️身体的特徴
*体重
遺伝率が高く88%。ダイエットを一生懸命しても、そもそもの体重が多い人はなかなか減らないし、元から痩せている人はなかなか体重が増えないというのは確かにその通り。

*身長
もっと遺伝率が高く95%。これも衣食住が行き渡った現代社会だから遺伝の影響がそのままストレートに形質が発現するんでしょう。貧乏な世の中だったら栄養問題で遺伝の通りには発現しないと思います。

◼️芸術・スポーツ
音楽や執筆、スポーツに関しては遺伝の寄与率が80%以上。でもこれも忘れてはいけないのは「生まれは育ちによって」なので、ちゃんと努力して取り組まないとその才能は発現しません(マット・リドレー「柔らかな遺伝子」より)。当たり前ですが。

そして平凡であっても訓練すれば、プロになるレベルにはなりませんが、音楽やスポーツを楽しむレベルにはなるのは著者も本書の中で強調しています。

◼️収入
「人間の知能は大半が遺伝要因?」でも紹介した通り、収入の20%〜40%が遺伝。しかし日本の研究(山形、中室)では、20歳ぐらいは20%程度の遺伝影響は歳を取るにつれ寄与度が上がり、45歳で50%になるという。親の七光(外的環境)も若いうちだけで後は本人の先天的な能力ということ。これも悲しい現実ですね(男性のみ。女性はその潜在能力が現実化されていないという別の現実がある)。

この現実は、親が裕福だとそれだけ遺伝的形質が発現しやすく、貧乏だと家庭環境に大きく左右されるということなんでやはり教育の機会平等は必須ですね(遺伝的能力が高くても環境のせいで発現しにくい)。

そして教育心理学者でもある著者は最終章で、

「社会の中を泳ぎ回って自分の適性を探せ」

と提言しています。才能は環境にさらされないと顕在化しないので一定の年齢になったらいかなる仕事でも、それが嫌いで自分に合わない仕事であっても、まずは社会に出ることが大事だとも。

これは確かにその通り。でも著者が合わせて提言する能力別のクラス分けについては、個別の優秀な子供の能力は上がるでしょうが、平均的に全員の学力をあげるという観点に関してはやめといたほうがいいかなと思います。以下本を読んでそう思いました。



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