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【短編】『夏の終わりごろに』

 高校三年の夏休み最後の日曜日、吹奏楽部の定期演奏会定演は、ヤバいくらい盛り上がって終わった。

 うちらの部にとって年に一度の定演はめっちゃ熱いイベントだった。一週間前から恒例の合宿が始まっていて、終わった翌日に解散する。そして北国の短い夏も終わってしまう。

 プレッシャーからの解放と終演間もない興奮がごちゃ混ぜになって今夜の高揚感は格別だ。誰が誰を好きだろうがそうではなかろうがそれを叫んでしまいたくなる魔法の夜だった。

 同室のフルートの後輩、ピロコがそわそわしている。
「ちょっと散歩してきますね」
「はいよ」
ふっ、彼氏と待ち合わせだろ。

 なのに私は合宿所の二段ベットの上段で寝転がってぼうっとしている。ある男の子のことで頭が一杯だった。一つ下、二年の青海あおうみタカ。皆が、あお君って呼んでる彼は、今同じ屋根の下にいる。もやもやで頭が爆発寸前だ。
 これは二人だけの秘密だけど、私は彼をタカって呼ぶ。姉貴がほしかったと言われて、しぶしぶ弟にしてやったから。

 気が付くと廊下が少し騒がしい。出てみるとお堅い系の女子達だった。

 視線の先には半分開いた非常階段のドアがあった。寄り添う二人の影が見える。どうやら同期の三年男子と一年の女子らしい。へーっやるなあって思うけど、お集りの女子達の目は険しい。

 そしてその目がどうやらこっちにも向けられ、それと後ろの方も気にしてる。振り向くと青君がいた。険しい目で三年女子の一人が言った。
「イラつくよね、人前でいちゃついてさ。その点、あんた達は偉いよ」

 あんた達って言うのは私と青君の事らしい。彼と一瞬目が合った。登下校、いつも一緒なんだから勘繰られても仕方ない。顔真っ赤なのが自分でもわかる。本当は、私が彼に勝手にくっついているだけ……。この場から早く逃げ出したかった。涙が零れそうになって急いで外に飛び出した。青君が追いかけてきたのが見えた。

 今はただ夜の闇に逃げ込みたかった。

 合宿所の向かい側には道路を挟んで真っ暗な校舎と校庭だけが広がっている。

 校庭に沿ってどんどん歩く。合宿所の明かりは遠くなっていき、ほとんど真っ暗だ。青君が追いついてきた。
「待ってよ」
 いきなり手を掴まれた。泣いてる顔を見られた。最悪だ。

「タカも年下のかわい子ちゃんがいいんだろ?」

 青君に手を引っ張られ、ぎゅっとハグされる。
「ずっと一緒にいたい。弟扱いでも何でもいい」

 こんな夜だから言ってるの? 単純バカの私は、力いっぱいハグのお返しをする。
「タカはタカだよ。弟じゃない」

 言ってやった。


 ひゅーひゅー。やったねー。


 遠くから冷やかしの声が聞こえてくる。
 暗闇の校庭に誰かいたらしい。ピロコの声も聞こえる。

「ううっせえええー」やけくそで暗闇に叫ぶ。

 なんかもう今夜はみんなおかしいよ。
 いつも人の気持ち知らんぷりするくせに。

 夏休み最後の日曜日。

 夜と彼と遠くの明かり。


(1,200文字)

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