一枚の自分史:みんな違って、みんないい
2015年から2018年の3年間を和歌山のジョブステーション移行訓練、自立訓練の事業所でキャリアカウンセラーの仕事をさせていただいていた。
所長は、 行政の福祉関連の叩き上げの女性で六十代の少し年下だった。なかなか苦しいことの多いお仕事で、私の仕事は彼女の仕事の中で溜まってしまうガスを抜いてあげることそれもあったようだ。
訓練生たちは、主に発達障害、精神障害、身体障害を持った若い人たちだった。
彼や彼女たちは、普通に経験できることが体験できていない。そのために圧倒的な体験不足になっていた。
たくさんの感情を味わう機会が少ないままに成長してしまったようだった。
そのために心が育っていないと感じることがあった。働くためには、 その前に色々な感情を体験し、コントロールできるようになる必要があった。
スキルより心を育てること、圧倒的な体験不足をどう補うかが課題だった。カードを使ったり、ゲームで疑似体験をさせたりした。また絵本を読み聞かせて、絵本の中に感情移入して、自分事として味わうことを繰り返しさせた。バーチャルではあるが、色々な感情を体験することを目的にしていた。そして質問を使って感じさせ、考えさせた。
あの頃はいつも、自己肯定感を上げるために使える絵本はないかなど、本屋で探し物をしていたものだ。
彼、彼女らは本を読んでもらうことをとても喜んだ。教室に入っていくと私がどんな本を持ってきたのか気になって仕方がない。楽しみにしていてくれて、ワクワクして待っている。絵本への期待で膨らんでいるのがよく分かる。ほんと笑ってしまう。可愛いのだ。
「そんなに本が好きなら、自分たちでも好きな本を選んでお互いに読み合ったらどうか」と提案してみた。スタッフと一緒に本屋に行って本選びをするところからすでに訓練だった。
自分で選んだ本を読書タイムに愛おしそうに読む姿には泣かされた。
父兄の前で、それぞれが朗読を発表することになって、金子みすゞの詩集を群読した。最初はとんでもなくバラバラ、でもとても楽しそうだった。もう笑ってしまう。
声を合わせて読みあげるなんてこと到底無理と本人たちは思っていたようだった。ところができたのだ。一人一人がそれぞれの担当の部分を読み上げて最後に声を揃えて「みんな違って、みんないい」と読み上げる。できていた。
父兄の中には何の意味があるのかと懐疑的な方もいた。残念な思いもした。
就業支援は、実はとても時間がかかるのに、すぐに仕事につかせようとして失敗を繰り返し、ますますこじらせてしまうというケースもあった。
私のやっていることはいつ成果が出るかわからない。気の遠くなるような時間がかかる。
それよりは手っ取り早く、繰り返し簡単なスキルだけを身に付けさせて、とにかく仕事をさせる方がよいのではないかという意見はあっただろう。所長は間に立って苦労をなさったのではないだろうか。
そうするうちに、私は体を壊した。一か月声が出なくなったのだ。講師から声を取ったら何も残らない。退職を進められた。急に来なくなったことを、彼、彼女らはどう捉えたのだろうか。しばらくはそこから心が離れなかった。
後から、所長には「先生からはどれだけ愛情をかけていただいていたか、後になって嫌というほど分かりました」と言われた。
「絵本から心を育てる」ワーク、あの頃は、その思いと彼、彼女らの反応や成長をその時々の記録としてブログに書いていた。それらを一冊にまとめておこうと思う。必要な時に必要な人に届くように。
そのころ、ヒットしたアニメ映画「君の名は」の主題歌の「前前前世」では「これでもできるだけ飛ばしてきたんだよ、心が体を追い越してきたんだよ」と歌っていた。少しずつ、ほんの少しづつ心は育っていたと信じたい。
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