「ローズマリー」
私は気づいたら、夜の海にいた。
旅から旅への放浪暮らし。
旅芸人と言えば聞こえはいいが、
このサーカスに身を置く商売女。
昔覚えたダンスでショウに出る。
相手の考えていることを読み取る道化師、
昔っからのなじみのギター弾き、
三人の、踊りのおぼつかない、団長好みの若い女、
青二才の手品師に笑顔を忘れたピエロ、
動物の飼育をしているおっさんと動物たち、
その他諸々の旅の一座。
旅先で誰かが入って、誰かが消える。
そんなことが当たり前の、旅の一座。
本名なんか忘れちまった。
昔、私のおばあちゃんに聞いた気がするけれど、
もう忘れちまった。
だから、「ローズマリー」って名乗ってる。
花言葉は「思い出」
笑うなら今さ。
結局。何もかも捨てて、何もかも覚えている。
今日も旅先でショウをやった。
ピエロを、手品を、若い三人の踊りを、
うつろな目を向けて見つめていた女の子がいた。
その子は何故か、
私の踊りだけ目の奥で笑いながら見つめていた。
舞台の上でも、それくらいはわかる。
すべてが終わった後、舞台裏に来て、何か言いたそうだった。
だけど、何も言わずに去って行った。
団長と三人の女が待ちに消えて、
私は動物たちの声と、
なにも喋らないギター弾きのギターを聴きながら、
トランプ占いをしていた。
わかっているんだ。
日に日にあたしの持ち時間が減り、
若い娘の時間が長くなって言っているのを。
そんなこと考えながら、
めくったカードは、ハートのエース。
道化師に、
「私の心を読んで」と頼んだ。
答えはひと言、
「海へ行きたい」
そう、やっぱりそうだ。
街の外れにある砂浜へ行って、
しばらく海を眺めていた。
冷たい水に足を一歩、
もう一歩、
更にもう一歩。
潮がやってくる。
膝から腰までつかり、
このまま海でバラバラになっていい。
そう思っていた。
「おねえさん」
と呼ぶ声がした。
振り返ると、あの子が私を引き留めるようにこっちへ来る。
私も女の子の方へ向かう。
海の中だから、早くとはいかないけれど、
あの子を早く抱きしめたかった。
「おねえさん、一緒にいたい」
そう言われて、決心した。
次の日、旅の一座から、
女がひとり消えた。
「ローズマリー」は新しい相棒を連れて旅に出るのさ。
ダンスを仕込んで、
新しい思い出を作りに。
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