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氷河期世代のなんとなく哲学、社会学

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氷河期世代のなんとなく哲学、社会学

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    自己紹介

    中年(女)の趣味的な哲学・社会学、アンド雑記です。 宗教信者の母と博識だった父の影響を受けて育ちました。 ヤバそなヤツはダイタイ友達だった母。 マトモなヤツはダイタイ友達だった父。 変わったヤツがダイタイ友達だった私。 名付け親はもちろん教祖。 ほかにもきょうだいがいますが 父の他界後、家族は崩壊。 私は無宗教です。 八百万の神々は信じておりますが、特定の教団一切なし。 不定期更新。書くことも好きで気ままに綴っています。 ネット社会の中の膨大な海の中で、どこかの誰

      • 毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑱

        毒を認め、毒を愛する 冷たい気持ちにさせる家族の嫌な出来事は、完全に記憶から消え去ることはきっと無いだろうと思う。 親やきょうだいの嫌なところ(自分が絡んで被害を被ると付き合いきれないところ)は反面教師だ。 自分が家族から離れる段階で、自分の一部(の人格)を強烈に嫌えば嫌うほど、私は自分と人を強烈に責めてきた。 そのせいで、その時期は暗黒の思い出が圧倒的に多い。 常にどこか苦しくて重たくて、誰かに分かってほしいのに心を閉ざしていて、だから強烈な闇を分かってくれそうな

        • 毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑰

          あなたも過去を水に流せるかい? 父が他界してまもなく、きょうだいから「今までのことは水に流そう」と言われたことがあった。 その言葉は、半分共感できて、半分共感できなかった。 共感できないのは「なんかしっくり受け入れられんわ」だった。 (「許す」ことの難しさについては別のブログに書いています) 半分共感できる方の気持ちとしては きょうだいもある意味で毒親育ちの被害者であるからだ。 だからといって下手な同情は禁物なのだけど。 付き合いの期間や密度によっても「どこま

          • 毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑯

            心の豊かさを説く宗教に振り回されると心が貧しくなってしまう リーダーシップを取れる存在(父)が倒れて、残された者同士でどうにかしなけばならないのに。 母の宗教絡みの思想にまつわる拘りも強すぎるゆえ、一般的な考えの他人には頼れない。 だから助けてくれるはずのお医者様や看護師さん、ヘルパーさん達をことごとく「敵」扱いし排除していった。 宗教の、遠くに住んでいる師匠みたいな人の指示を電話で仰いでいたり、同じ思想の信者さん同士の考えしか受け付けない。 医療については素人なの

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑮

            きょうだいは他人の始まり 仲間外れ、ってされたら誰でも嫌なものだ。 私は家族間でも幼少期には分かりやすくそういうことはされなかったと記憶している。 きょうだいのうちの一人は私に対して小さい頃から常にアタリがキツかったが、 どちらかというとただ一人暴走している感じだった。 本人が激しい気性の持ち主で自己主張も強く、周りの大人も手を焼いてしまうようなタイプだったので仕方ないな・・くらいの感じだったのだろうと思う。 家族の構図が明確に変化していったのはそれぞれ独立してか

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑭

            心の世界のサバイバルスキル サバイバル - Wikipedia 古来から人間は「生き延びるために」移動する生き物だ。 今だって動物たちは当たり前のように「生き延びるために」逃げる、移動する、を繰り返して生きている。 平和な国に生きていると直接的に命を取られることはそうそうないので見過ごしてしまいがちだが 「身体は無事でも心は負傷する」事はそこら中でしょっちゅう起きているだろう。 心や精神の世界は目に見えないので「なんてことないように」見えてしまうという 騙されや

            今日のあの人は優しさ80%、的な。

            人を「いい人」とか「悪い人」とか「冷たい」とか「優しい」とか聞く時に、心の中でよく思う。 「どのくらい?」と。 言い切って決めつけてしまう時に違和感を感じるのかもしれない。 そんな事にいちいち突っ込みして会話の流れを止めるのも面倒だし、その場のニュアンスで受け取ってテキトウに流すけど。 面倒くさいことを言わせてもらうと 人間て、その時々でけっこう自分本位に捉えていたりするものじゃないかなーと思う。 自分にとって都合のよい対応をしてきた人に「いい人」と感じる時とか、

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑬

            「Don`t Think Feel!!!!!!!!」 あえてアホな自分を自覚してみる 「毒親」をテーマに書いているこのシリーズはどうしても内容が全体的に重たくなりがちだ。 宗教や家族不和という暗い話が多いので仕方ないのだけれど。 ただ、全てが深刻になりすぎてしまうとあんまり心身の健康にとっていいことはない。 だから、どこかで「自分はアホである」という自覚を持ち続けることも意外と大切なことなのだと思っている。 それは、決して「誰かと比べて卑屈になる自己否定」のアホとい

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑫

            魔界の入り口と魔法の鏡 物事を二元論でしか捉えられなくなってしまう時に人は、関わる人を窮屈で冷たい気持ちにさせる。 健全な自己愛と自分勝手は似て非なるものだ。 不健全に自己愛が肥大化してしまうと、自己満足の悦の世界に浸りやすくなってしまうようだ。 普通は抑止力になるのが「冷静な他人の目」だったりするのだが そういう目線を排除した「無法地帯」ではブレーキは無い。 ブレーキの無い無法地帯で暴走されると、それに否が応でも付き合わされる方はただただ気色悪いだけだったりする

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑪

            自由と無法地帯 相手の自由を奪う思考の人は、たとえ表向きどんなに「綺麗な事」や「正しい事」を言っていようが、その実は家族であっても他人であっても変わらず「毒気」が強いだろう。 綺麗事を隠れ蓑に脅迫観念や罪悪感を植え付けたりするやり方はマインドコントロールだ。 そして、そういう傷を抱えた人が多く出入りする何とか系セミナーや宗教の臭いがする場所には、当然だが同じような傷を抱えた人が集まりやすい。 共感し合えて誰か一人でも友人ができたり、慰め合って励まし合える仲間が出来たら

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑩ 

            魔法の薬 傷ついた自分を癒すことを無視したまま、強く立ち上がることはできないと思う。 通常であれば幼少期からじっくりと育まれるはずの健全な自己肯定感を取り戻すのは当然時間もかかるので、一朝一夕のセミナーとかに出る「だけ」では「自己肯定感」は身に付かないだろう。 仮に身に付いたような「気」になっても、土台がグラグラしていればすぐに吹き飛ばされてしまう。 これで万事OK!という「魔法の薬」を探すのではなく、「自己を取り戻すための過程の一環」として心理学を勉強したり、あくま

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑨

            怒りの正体 きょうだいは子供の頃から言葉で通じないと殴る蹴るの力で抑えつける癖があった。 大人になってもそういう支配癖は変わらず、未だに思い通りにならない事があると激しい怒りで人を徹底的に叩きのめすような言動をする。 今はさすがに子供の頃のようにすぐに暴力は振るわないが、それでも強烈に怒ると手が出てくる事もある。 見た目はもういい歳の大人だが、そうなった時は泣き叫びながら母親や家族をコントロールしようとする子供の頃と変わらない。 人をころす勢いで攻撃してくるその激し

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑧

            宗教戦争 きょうだいは未だに母と同じで宗教への信仰心が篤く現在進行形だ。 だが教祖に名付けられたのはきょうだいの中で私だけ。 それを過剰に称賛していた母の呪いも手伝って、きょうだいからすると小さな頃から複雑なところもあると思う。 だが私は昔からその信仰をきょうだいのように熱心に受け入れていたわけではなかった。 今ではその宗教に信仰を示していないことは家族もわかっている。 そうなったらなったで、また別の気持ちを感じる時がある。どちらにしても難しい。 「同質な同志」

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑦

            心の傷と思想 百歩譲って仮に片方の遺伝が強く出たにしても、性格や気質にしても 確かにどちらか一方に強く似るということはあるけれど、二人の子であり遡れば多くのご先祖様が両方にいるのだから「どちらかだけ」という事はないはずだ。 いくら父の遺伝や家系に似ているといったって、母の遺伝や家系の影響だってあるわけで。 性格にしたって、父にも母にも似ているな、と思う時もある。 いいところ嫌なところも含め。 何かと正反対の気質を持つ父と母だが、似たようなところもあったりする。

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑥

            家族の教育と遺伝 数多の異なる思想や価値観を持つ人間が寄り集まって構成されているのが社会だ。 そんな社会を生き抜いていくために一番最初に出会う「家族」という小さな社会。 家族の理想像は 「社会に出て疲れた自分を癒してくれる安らぎの場所」 「何かあったら自分の羽を休めに帰ってこられる場所」 「何かあった時に助け合えて協力し合える心強い味方」だろう。 残念ながら、毒気の強い家族は家族同士でも争いが絶えない。 そんな場所は安らぎとは正反対の場所だ。 そしてそんな我

            毒親育ちが自分本来の誇りを取り戻すために  ⑤

            言葉の魔力と演技の力 人の「言葉」には人を元気に明るくさせる力もあれば人をネガティブにさせる力もある。 本気で愛を伝えることも出来れば、憎しみを孕んだ本気の愛で人を傷つけることもできる。 言葉というのは本音を隠していても「ついうっかり」本音が出てしまう事もあれば、本音を話したくてもつい「ウソ」をついてしまう事もある。 何が言いたいかというと、それほどに言葉には沢山のニュアンスや表情があり、それほどに本心は分からないものであり、信用できる事もあればできない事もある。