空間上の磁束密度の測定
磁石には磁束という磁力の束がプラスとマイナス方向で行ったり来たりしている.このとき,ある範囲での磁束の密度を磁束密度と呼ぶ.また,磁石にくっつきやすい物質のことを強磁性体と呼ぶ.
磁石に導線を巻くとコイルになる.コイル近辺で強磁性体が通過すると,その場所の磁束密度がかき乱される.このとき,コイルに磁力の向きに沿った電流が発生する.これを誘導電流と呼び,このときの電圧を誘導起電力と呼ぶ.これらの磁力と電流に関係する法則をファラデーの法則と呼び,誘導電流・誘導起電力が発生したということは,電磁誘導が発生したとも言える.
誘導電流はある時間単位で磁束密度がどれだけ変化したかで予測することができる.この磁束密度の時間変化のことを磁束勾配と呼ぶ.磁束勾配を空間全体で積分すれば,コイルに発生した誘導電流を予測することができる.
ここ最近は,コイルに発生した誘導電流をUnityで予測するのがミッションになっている.というのも,Unityを使えば比較的簡単にGPUを使ったCompute Shaderを実行できる.現在,研究室に載せているPCのGPUは 4.0 TFlops を出せるので,空間内の磁束勾配を求めるには最適だと思う.
磁束勾配を求めるのはどれぐらい大変かと言うと,例えば,縦横奥行き 20 センチの空間を 0.01 ミリ区間で区切った場合,空間は 8 テラ個に分割できる.この空間内の磁束勾配を求めるには荷が重すぎる.それでは,あまり頼りにならないが 10 センチを 0.1 ミリ間隔であれば, 1 ギガ個程度になる.これならまだ計算範囲に収まるだろう.
ここからさらに時間で分割する.44,100 Hz で計算したい.すると,時間幅は 2.268e-5 秒という非常に小さな時間になる.ゲームの1フレームでも 16 ミリ秒と言われているのになんて小さな数字だろう.
リアルタイムで 10 センチ程度の磁束勾配を求め,さらに誘導起電力を求めるには,単純計算で 44.1 TFlops という膨大な計算量が必要になる.NVIDIAのTesla V100でも 15 TFlops しか性能が出ないので,単純に最低でも3台必要な計算になる.そこからさらに,細かいの余裕を持たせなければならないので,甘い見積もりでも 30 台のTesla V100が必要になる.
この数字は,東工大のTSUBAMEをなんとかフル活用して計算できる.たかが 10 センチ立方の範囲だけ磁束勾配を求めたいだけなのに.それだけ世の中の磁力というのは複雑なのである.これでも若干,精度が甘いと感じるので,より大きな範囲で計算させたいところであるが,TSUBAMEがいくらあっても足りない.
これをリアルタイムでやろうという気持ちにはならない.しかし,ここ10年間の計算機の進化を見ていると,あと10年ぐらい待てばどうにかなるんじゃないか? という気持ちにもなってくる.量子コンピュータも商業的に利用できるレベルになるかもしれない.いつになるのかわからないが,ご家庭に1台地球シミュレータが置ける世の中になれば目標は達成できる.今は計算に時間がかかるかもしれないが,この時間のかかる計算を時間かけて行うだけの基礎力というのは将来必要になってくる.
そう考えると,あながちリアルタイムで絶対にできないような計算を勉強しておく,という選択は間違いではない.リアルタイムで計算できるものだけ注目する,というのは逆に膨大な量の計算に見向きできない,という問題も孕んでいる.短期的には現在リアルタイムで計算できるものは必要かもしれないが,やたら時間のかかる計算を大学のうちにやっておいたほうがいいと思った.
普段は研究していて生活が厳しいのでサポートしてくれる方がいるととても嬉しいです.生活的な余裕が出ると神が僕の脳に落書きを残してくれるようになります.