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かっちゃん

 僕は一人、暗い場所で膝を抱えて縮こまっていた。
 そこでただ一人じっと息をひそめている。
 そして、周囲に耳をそばだてていた。

 がさっ。
 
 近くで誰かが草をかき分ける音が聞こえる。
 僕は息を止め、物音をたてないように口に手を当てた。
 
 がさがさ。
 コツコツ。

 足音はこちらに近づいてくる。
 自分の心臓が早鐘のように鳴る。

 コツコツ

 もう、見つかる...。

 と思ったその時、足音が止む。

 周囲に静寂が響く。

 どれぐらい経っただろうか。
 
 実際はほんの数秒のことだったのだろう。
 でも、僕にはそれが永遠のように思えた。

 息も限界に近い。

 くるしい...もう...だ、め...

 ざっざっざっ...
 がさがさ…

 足音が遠のいていくのが聞こえた。

 僕は静かに息を吸ってはぁーと安堵のため息をつく。

 と。

「みーつけた。」

 僕はドキリとした。
 その瞬間、扉が開く。
 明るい日の光が狭い部屋に差し込む。

 相手の顔は逆光で見えない。
 僕は顔を光から守るように手をかざす。
 その視線の先には。
「ちぇ、みつかったか。」
 僕は負け惜しみを言う。
「いやー、よくこんな所見つけたな。全然見つけられないから焦ったわ。」
 そう答えたのは、かっちゃんである。

 かっちゃんは僕の友達だ。
 たまたま家が隣同士で、たまたま会う機会が多かった。
 そして、そのうちに仲良くなった友達だ。

「なんでわかった?」
「うーん、なんだろ。勘、かな。」
「えー、なんだよそれ。」
「しょうがないだろ。そうとしかいえない。」
「ちぇ。」
「あ、でも最後はお前が息を吐いたおかげでわかった。ありがとな。」
「くそー、油断した。」
「じゃ、今日はお前のおごりな。」
「明日は絶対勝つ。」
 
 僕とかっちゃんは、よく廃墟でかくれんぼをしていた。
 大人からは近づいてはいけないと言われていたけれども、そう言われたら行きたくなるのが好奇心というものである。
 初めて廃墟に行ったときは怖いという思いが大部分を占めていた。
 けれども慣れというのは恐ろしい。
 数をこなしているうち、恐怖心はどこかへ行ってしまい、いつしかそこは二人の秘密の遊び場になっていった。
 
 そして、どちらが先に言い始めたのかは分からないけれど、この廃墟ではかくれんぼをするのが恒例となっていた。
 時間制限は10分。初めの3分で隠れて、それから鬼が動き始める。
 時間が過ぎるまでに見つけられれば鬼の勝ち、隠れきったら子の勝ち。
 負けたほうがジュースを1本おごる、という他愛のない遊び。
 そして、なぜか僕はいつも隠れるほうだった。
 
 今思えば、かっちゃんは不思議と鬼をやりたがっていた。
 別に僕も隠れるのは嫌いじゃなかったから、特に問題なく賭けは成立していた。
 ちなみにその廃墟については、いつから廃墟だったのか、元が何の建物だったのか、全くのところよくわからない。
 見たところは古い民家のようだった。
 そのおかげか、隠れるところには困らなかった。
 物置や部屋、よくわからない箱。
 僕はそういうところに隠れてはじっと息をひそめていた。
 
 かくれんぼをするとき、かっちゃんは決まって、時間が過ぎても探すのを諦めなかった(ちなみに時間はお互いにタイマーを持って計っている)。
 もちろんその場合は僕の勝ちではあったけれど、かっちゃんはどうしても僕を見つけたがった。
 そして大抵の場合、僕を見つけた。
 そんなふうにして、僕らはこの廃墟を遊び場として存分に活用していた。

 そして、ある日のこと。
 
 僕たちはその日も、いつも通りかくれんぼをすることになった。
 今日も今日とて僕が子をやらされそうになる。そろそろ隠れる場所のネタもなくなってきていた僕は、
「たまにはかっちゃんが隠れてよ。」
 と持ちかけたが、かっちゃんはにべもなくそれを断った。曰く、
「お前はもうさんざん隠れられそうな場所を分かっているから俺が隠れたら不利だ。」
 とのことだった。
 自分が負けたくないからってこちらに押し付けるのを子供ながらにどうかと思った僕は、
「ずるいぞ、自分ばっかり。」
 とかっちゃんを糾弾した。
 しかしかっちゃんは、
「次、次は俺がやるから。今回は頼むよー。」
 と譲らない。
 この、次はやるから、という状態になるとかっちゃんは意地でも意見を変えなかった。
 僕は諦めて、
「次は絶対だからな。」
 と言った。
 そして、僕は隠れるためにかっちゃんと別れた。

 僕はかっちゃんから離れた後、一人で頭をひねった。
 さて、一体どこに隠れたものか。
 いけそうなところはもう大体回ってしまった。
 鬼のすぐ近くに隠れる「灯台下暗し」作戦はかっちゃんから
「ずるいぞ!」
 とブーイングをくらったため禁止されている。
 隠れるのにずるいも何もないのではと正直思うけれど、僕は一応この手は使わないでいた。
 僕はしばらく考えこむ。
 
 そして、ふと、一か所まだ使っていない場所があるのを思い出した。
 
 2階の奥にある押し入れ、その中にさらに扉のようなものがあるのをこの前見つけたのだ。
 あそこまでの道はぼろくて崩れそうだったからあまり使わないようにしていたが。
 ジュースには代えられない。
 
 このころの僕にとって100円は大金だった。
 
 僕は腹を決め、廃墟の二階へと向かうことにした。
 入り口横の崩れかけた階段をのぼり、その奥を右に曲がって、突き当りにある部屋。
 そこが目的の部屋だ。
 僕は音がしないようにゆっくりと扉を開けて部屋の中へ入る。
 そして部屋の奥にある押入れを開け、中のものをどかすと。
 あった。
 
 押入れの中、隠すように壁に設置された扉。
 
 その扉には何か文字のようなものが記されていた。
 ただ当時の僕には何と読むのか分からなかった。
 これは何のための扉なのだろう。
 僕は不思議に思いながらも、慎重に扉を開いた。
 中は暗くてよく見えない。
 中に手を入れてみた感じ、自分が入るぐらいの空間はあるようだった。
 僕は急いで扉の中に体を押し込み、中から扉を閉めた。
 
 扉を閉じると中は真っ暗で何も見えない。
 タイマーの明かりをつける。
 残り時間はあと7分。
 ちょうどかっちゃんが動き始めるころだ。
 少し狭いが、まったく身動きできないほどではない。
 僕はここでじっと隠れることにした。
 
 しばらくそうして息をひそめていたが、僕はそこである重大なミスに気が付いた。

 外の押入れの扉を閉じていない。

 このままではまずい。
 ここに来たよと教えるようなものだ。
 僕は慌ててそこから出ようとした。
 
 ガチャ。

 あれ?

 ガチャガチャ。

 扉は開かなかった。
 なぜか鍵かかっている。

 僕は焦った。
 このままだと出られない。どうしよう。

 ここで素直に助けを呼べばよかったのだけれど。
 それは僕のプライドが許さなかった。
 
 かっちゃんなら見つけてくれるだろうという期待もあった。
 
 だから僕はじっと待つことにした。
 今回に限っては、かっちゃんが早く見つけてくれることを祈っていた。
 
 5分。

 7分。

 そして、10分が過ぎる。

 時間切れ。

 今日は僕の勝ちだ。

 でも、その時の僕は、もはや勝敗などどうでもよくなっていた。

 かっちゃんが自分を見つけてくれること。
 それだけを願っていた。

 タイマーのかすかな明かりを心の支えに、僕はじっと息をひそめる。
 
 そのうちおなかがなった。

 それでも、僕は待ち続けた。

 


 結局、僕が発見されたのは翌日、捜索届を出された警察が保護しに来た時だった。
 僕は、その時ひどく衰弱していたから、当時のことをあまり覚えていない。

 後になって聞いた話ではうわごとのように、
「かっちゃん、おそかったね」
 と繰り返していたとか。
 
「あの時言っていたかっちゃんってだれのことなの?」

 と、親からさんざん質問されたことを覚えている。

 そう。

 あの日から、かっちゃんという人間が存在していたことを誰も覚えていないのだった。

 親も、隣の家の人も、そんな名前の子供のことは知らないと口をそろえていう。
 
 まるで、初めから存在していなかったように。

 あの日から、僕は暗い部屋がひどく怖くなった。
 
 今も夜は明かりをつけたまま眠くなるの待っている。
 
 そうして、眠れない夜には、あの日のことを思い出す。

 そして、僕の友人である、かっちゃんの顔を思い出そうとする。

 しかし、そのたびに彼の顔は逆光のまぶしさに隠れてしまい、

 今もまだ、見つけられずにいる。

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