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3-(2) 石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価について(その2) :近年の浸水被害は北区で発生

 7月23日に第18回河川整備計画策定専門家委員会が開催されました。既に配布資料が東京都のHPに掲載されています。
 今回の委員会の配布資料では、本事業が対象とする「外水」、すなわち河川からの溢水を原因とする浸水被害の履歴が掲載されています。

出典:第18回河川整備計画策定専門家委員会の配布資料(スライド5)を抜粋

 筆者がNote1で説明したとおり、石神井川の上流域においては、1980年に南町調節池(12,000㎥)、1981年に芝久保調節池(11,000㎥)、1983年に向台調節池(81,000㎥)が建設され、2008年に富士見池調節池が33,800㎥に拡張されています。これらの調節池の整備により石神井川上流域の治水性能は大幅に向上しています。このため1980年以前の水害実績と降雨量との関係については参考程度の情報として理解するのが良いように考えます。
 護岸整備も着実に進められています。例えば、スライド5には、1976(昭和51)年9月9日洪水時の広域の浸水範囲が示されています。しかし、上柳沢橋~溜渕橋のエリアは、既に東京都の用地および護岸整備完了済の区間となっており、現在の浸水リスクは著しく低くなっています。(詳細は、筆者のNote 2を参照下さい。)

 また、筆者はNote 3で、石神井川は「上流域」と「下流域」に区分して検討するのが適当と説明しました。理由は「上流域」と「下流域」との間には、巨大な環状七号線地下広域調節池の取水施設【口絵の写真】があり、この施設を使って河川水量をピークカットすることが可能だからです。つまり、河川は流域全体で管理する必要はあるものの、計画中の地下調節池により被害軽減効果が期待できるのは基本的に「上流域」の浸水被害です。

 7月23日の委員会の配布資料では、1980年以降の外水氾濫として5件の履歴が掲載されています。これらの浸水被害がどの流域で発生したのか、東京都建設局の以下のHP(「区市町村別の水害データ」)から確認しました。

https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/river/suishin/suigai_kiroku/kako.html

1980年以降の外水氾濫の浸水棟数と発生した位置

(注1) 練馬区関町・石神井台・上石神井までを「上流域」、石神井町・下石神井~高松(環状七号線地下広域調節池の取水施設)までを中流域、取水施設より下流を「下流域」とする。
(注2) 東京都建設局HPのデータ数と委員会資料の浸水棟数が完全に一致しない履歴があった。この場合、流域の他区市のデータを確認して発生箇所を推定した。

  
 この表から1980年以降の「外水による浸水被害」は大多数が中流域から下流域にかけて発生していることが分かります。計画中の地下調節池では、これらの流域の被害軽減は期待できません。東京都が本事業のために作成した氾濫図(以下のNoteからダウンロード可能)は、現実と乖離した浸水域が図示されていますが、これらの氾濫図でさえ下流域の被害軽減は見込んでいません。

 委員会の配布資料で示された過去の水害履歴の中で、「上流域」の浸水被害は以下の2つだけです。これらの浸水被害について、若干の説明を行います。

<1989年8月1日の被害>
練馬区内の広範囲の地域で浸水被害が発生。上記HPのデータでは原因は「浸水・内水」と記載され、町名はまとめて記載(中流~下流域の町名を多く含む)されています。このため、「上流域」に何件の溢水被害があったのか確認できません。浸水被害以降、護岸整備が完了しています。

<2005年9月4日の豪雨時(時間雨量109ミリ)の被害>
32棟の浸水被害が練馬区内上流域(石神井台七丁目)で発生。しかし、河川形状が曲がった狭隘部であったことが溢水の原因と推定されます。

 すなわち、「過去の水害実績」(スライド5)が示す内容は、河道整備の状況と今後行うべき対策の観点からは以下の4点のように纏めることができます。
① 溢水被害は、河道整備が行われていないエリアで多く発生していた。しかし、下流域から着実に河道整備が進められ、整備が完了したエリアについては治水性能は大きく向上している。
(例えば、練馬区における「溢水」による被害は、履歴が残る1974(昭和49)年以降、全数が河道が未整備の区間で発生している。)
② 「上流域」の大部分は河道整備が進んでいないにもかかわらず、例外を除き溢水被害の履歴は存在していない。今後の河道整備によりさらに治水性能が向上する。
(例えば、Note1にも記載のとおり、西東京市には1980年以降の溢水履歴はありません。)
③ 全期間を通して浸水被害の発生は「下流域」が多い。
④ 特に、過去20年間あまりの浸水被害は、例外(32棟)を除いて下流域で発生している。「下流域」の浸水被害の防止は、上流域での調節池建設では効果が期待できない。下流域の堤防高の増強などの対策によって浸水被害を防止するべきである。

 繰り返しですが、計画中の地下調節池が軽減効果を発揮する浸水被害は、石神井川においては「上流域」の溢水です。「過去の水害実績」(スライド5)は、河川上流域の溢水被害が近年は実質的には存在していないことを示しているため、「巨大な地下調節池の必要性」や「事業の投資効果」を裏付ける資料にはなっていないように見えます。

 「事業の投資効果」の裏付けにあたっては、南町調節池がこれまでに満水になったことがないこと(筆者のNote 4で説明)、富士見池調節も建設されて以降氾濫したことがないとこと(注)との関係についても、納税者である都民に分かり易い説明が必要と考えます。
(注)練馬区土木部への電話確認による。ただし、2005年9月4日の豪雨時には水位計が溢水レベルを超えた記録がある。
 
 また、7月23日の専門家委員会では、調節池整備の事業効果を算定する際に作成された氾濫図が、都が作成している洪水浸水想定区域図や自治体の浸水ハザードマップと比べて、比較にならない大きさと浸水深となっている点についての説明はなかったようです。Note 5で説明のとおり、東京都が作成した氾濫図について、誤っている氾濫域は修正されるべきと考えます。

 今後、費用対効果分析の結果や解説が公表されるようになる点は、大きな改善であると考えます。事業規模の大きさを考えると、本事業についてはさらなる情報開示が必要と覆われます。(Note 6を参照)

 「事業の投資効果」について都民が納得できるような説明が必要であるように思われます。本事業は過去のどのような浸水被害を軽減することができるのか、事業による被害軽減効果は投資費用を本当に上回るのか、現在の説明では不十分なままであると考えます。

【参考文献】
Note 1: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その2)―上流には既に4つの調節池があり安全に治水が行われている-
Note 2: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その3) ―護岸整備に長期間を要するエリアは限定的-
Note 3: 石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価について(その1)
Note 4: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その1)ー南町調節池は溢水したことがない ー
Note 5: 石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その1)―現実と乖離した氾濫図の作成―
Note 6:石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その3): あまりにも少ない開示資料

※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
 このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、是非、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。

また、どうぞ他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)
7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて

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