石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その4)              ―あまりにも少ない開示資料―

 これまで、「石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か」と題し、(その1)では「現実と乖離した氾濫図の作成」について、(その2)では「不適切な被害の生起確率の使用」、(その3)では「河道整備部分の便益の二重計上」について説明しました。
 今回は、今後の情報公開のあり方にも関係する事柄について説明します。

【一般に公表されているのは前回(R5.11.27開催)の委員会資料のみ】
 治水事業においても費用便益分析が実施される点、この費用便益分析は国の「治水経済調査マニュアル」にもとづいて行われる点については、筆者のNote(その1)でも説明したとおりです。
 石神井川上流地下調節池整備事業についても、東京都は費用便益分析を実施したと説明しています。しかし、社会に公開されている情報は、令和5年11月27日に開催された河川専門家委員会で提示されている配布資料のみです。
 この配布資料は、表紙を除きわずか7ページのスライドで構成されています。また、費用便益分析については、「「治水経済調査マニュアル(案)」に基づき算出」と記載されていますが、実際に説明されている数字等は、以下のとおり「便益(B)1154億円、費用(C)877億円、B/C 1.31」という最終の算出結果のみです。

出典:「河川専門家委員会(R5.11.27開催)時の配布資料」p.7より

【情報開示請求で開示された資料は5点・9枚のみ】
 前回(R5.11.27開催)の委員会資料だけでは、どのようにして便益(1154億円)、と費用(877億円)という数字が算出されたのか分かりません。
このため、五十嵐都議会議員は、「石神井川上流地下調節池についての「治水経済調査マニュアル」に基づいて費用便益分析した便益と費用の算出根拠」「上記に関する一切の資料」の開示請求をしました。その結果、東京都から開示された資料は、上のスライド資料を合わせて以下の9枚のみです。(資料は、五十嵐都議によるNoteからダウンロードが可能)

・河川の氾濫図(調節池があった場合と無かった場合の氾濫想定図):2枚
・2ケース(超過確率1/2と1/10)で検討した年被害想定額の計算書:2枚 
・便益(B)の計算書:2枚
・費用(C)の計算書:2枚
・専門家委員会のPPTスライド:1枚

 つまり、国に補助金を申請するために都が作成した資料は、その根拠資料を含めてわずか9枚の資料である可能性があるのです。さすがに巨額な事業費の50%を申請する資料として不十分であると考えます。

【開示された資料では検討結果は分からない】
 東京都は「治水経済調査マニュアル(案)」に基づいて事業評価を行ったと説明しています。しかし、請求により開示された資料を精査しても、どのような検討が行われたのか分かりません。例として、分からない事柄を3点挙げます。

①    マニュアルでは「氾濫ブロック分割図」を作成して堤防の決壊地点などを記入するように指示しています。都が作成した氾濫図では、65ミリ/時の降雨で広範囲な洪水が発生するとしていますが、石神井川のどの位置で堤防が決壊(または溢水)することを想定しているのか、開示された資料には示されていません。
②    マニュアルでは「資産データ」や「被害額(事業実施前・後)」は氾濫ブロック毎にとりまとめることになっています。都による事業評価では、事業を実施しない場合には1044億円の被害が、事業を実施した場合には616億円の被害が発生すると想定されています。氾濫ブロック別の計上が行われていないため、これらの被害額について河川沿いのどの位置でいくらの額が計上されているのか、開示資料では全く分かりません。
③    マニュアルでは流下能力図を作成し、最大流下能力、無害流量、決壊地点(決壊敷高(破堤敷高)流下能力)、距離標等をまとめることになっています。東京都は、「護岸整備が完了していないエリアがあるため無害流量は40ミリ/時である」と説明しています。開示資料では、無害流量を超える規模の降雨時に、河川のどの位置で溢水が想定されるのか分かりません。

 このように、石神井川上流地下調節池整備事業については、事業評価に必要な一連の分析過程が全く分からない状態となっています。
 参考までに、開示された資料の中だけでも既に以下のような大きな問題が見つかっています。
【問題1】現実と乖離した氾濫図の作成:Noteの(その1)で説明
【問題2】不適切な被害の生起確率の使用:Noteの(その2)で説明
【問題3】河道整備部分の便益の二重計上:Noteの(その3)で説明

【国のマニュアルでは公表するように指示】
 国のマニュアルでは「費用便益分析に用いたデータおよび計算手法は原則として公表するものとする」として、マニュアルの巻末にその様式を示しています。
 ここでは、東京都が開示した資料に含まれていない「氾濫ブロック分割図」と「流下能力図」を例として以下に示します。

氾濫ブロック分割図          
出典:「治水経済調査マニュアル(案)」p.82
流下能力図          
出典:「治水経済調査マニュアル(案)」p.89


【求められる分析結果等の公表】
 令和6年7月23日(火曜日)に開催が予定されている第18回河川整備計画策定専門家委員会では、「費用対効果分析結果等の公表のあり方について」という議題が含まれています。
 東京都は、これまで費用便益分析の結果等の公表をしていなかった理由を「内容が専門的であり、説明が必要であるため」と説明しています。しかし、この説明は不適切であると考えます。治水の専門家でなくとも、国のマニュアルの概要は理解することができます。石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価の内容が理解できない主な原因は、内容が専門的であるためではなく、分析結果等の公表が不十分であることが原因です。
 東京都は「治水経済調査マニュアル(案)」に基づいて事業評価を行ったと説明しています。しかし、その分析資料の多くは未だ開示されていません。上で説明したように「上記(費用便益分析の算出根拠)に関する一切の資料」が開示請求されたのですから、9枚以外の検討資料は存在していない可能性もあります。このように、納税者である都民・市民には、マニュアルが公表を指示する「費用便益分析に用いたデータ及び計算手法」の内容はもちろん、これらの分析資料が存在しているのかさえ分からない状態が続いているのです。
 今後は、現在のような状況を大きく改め、他の治水事業についても国のマニュアルに従って分析結果を公表することが求められていることは明らかです。繰り返しとなりますが、分析結果が分からないのは、内容が専門的であるためではなく、分析結果等の公表が不十分であることに原因があります。


※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、是非、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。


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