見出し画像

栄光と屈辱を経て「世界は新しい時代を迎える」ということ(ミュージカル『ラグタイム』主観強めの感想)

https://www.tohostage.com/ragtime/

「ネタバレしかない」と言いつつ、あんまりにもショックだった終盤を中心に(そして遥海さんあーちゃん塚本さんが素晴らしすぎる!!ということを)初日観劇後に書いたけど、2回目、3回目、4回目…と観劇を重ねるうちに、見える景色がかなり変わった。あっという間にmy楽になりそうなので、自分の言葉で一旦感想をまとめてみます。何を語ってもネタバレになってしまうし、観劇を控えている方にはまず真っ新な気持ちで観てご自分の感性で受け止めていただくことが一番良いので、Twitterからはワンクッション置いた場所に気持ちを置いておく。以下、本編に関することや、結末についても触れています。

公演プログラムと月刊ミュージカルを読んで、自分の中の世界が広がった。あと、初見では2幕ラストのそれぞれのモノローグをほぼ全部聴き逃してたので(モルガンライブラリーのラストがショックすぎて、冗談抜きで聴覚が機能してませんでした)、それらをちゃんと聴けたことで、そういうことか!ってなった。


「世界は新しい時代を迎える」こと

 本編は、全部ターテが作った映画だったのだろうなと思ってる。
 ファーザーとターテが別々の航海で交錯する海の景色も、ヤンガーブラザーが恍惚の中脳内で花火を打ち上げる「Evelyn Nesbit」の文字も、コールハウスが迷い込んでしまう(いや、今となってはその高いプライドと「こんな世の中を変えたい」という想い故に無理矢理通り抜けようとしたのかな)エメラルドアイル消防団の看板も、全部ターテの切り絵だったんだ…と2幕冒頭で気付いた時の衝撃。ターテが切り絵師を生業としていたことから導入された舞台演出かもしれないけど、全部ターテの手にかかった演出だったのかもしれない。
 2幕冒頭、サラを亡くしてピアノで音楽を奏でることができなくなり、絶唱の上ピアノを銃に持ち替えるコールハウスを見守るターテ。本編で一度も言葉を交わすことのない二人だけど、ターテがコールハウスの様子を伺うこと場面は、客観的なターテの視点を思わせる。
 この本編は全部、ターテが見てきたアメリカの光景をもとに撮影されたもので、本編ラストのモノローグのとおり、アメリカの明るい未来を信じて撮った映画なのかな。ポスターに添えられた「世界は新しい時代を迎える」という、見通しが晴れやかな印象を与えらえるこの言葉は、ターテにとっても、コールハウスやマザーにとっても、「子供達のために託す未来」を指しているし、そういう新しい時代が来ることを信じてる。プログラムで石丸幹二さん、井上芳雄さん、安蘭けいさんの鼎談で語られていた「自分たちの世代では成し遂げられなかったけど次の世代へと託す」というテーマ、1回目の観劇を終えてからプログラムを読むとこの鼎談が持つ意味の大きさを感じてとても鳥肌が立った。
 でも、その「新しい時代」という言葉が、戒厳令だ、暫定政府だと主張する、常軌を逸したコールハウスからも発せられるので、「新しい時代」の概念が揺らぎそうになる危うさすら感じさせられる作品だなと、晴れやかな言葉の裏で混沌が消えないその辛さにも侵食される。

ターテ、コールハウス、マザーの立ち位置

名前を持てない境遇、名前と蔑称の狭間、名前で呼ばれないアイデンティティ

ターテは固有名詞のようだけど意味は「お父さん」、2幕で名乗る男爵の名前も、人種を意味する言葉。名前を聞かれても「ない」と答えるようにターテはリトルガールに教え込んでいたけど、本当の名前を知られることで危害が加えられるような、そんな境遇だったことを思わせられる。
 コールハウスとサラは、フィクション上の人物の中では唯一名前で呼ばれる存在。歴史上淘汰された過去を持つ黒人だからこそ、融和を描くこの作品で脚光を浴びせ敬意を表するという位置付けなのかな。でもそれが、親しい人以外からは黒人を揶揄する蔑称で呼ばれてるんだという事実を更に引き立て、この作品から受け取るしんどさを誘発しているところもある。だからこそ、マザーやリトルボーイ、ヤンガーブラザー達が名前を呼んでくれるところに、リベラルな彼らからのリスペクトを感じて胸が熱くなる。
 マザーは白人なので、本編上でターテやコールハウスのように辛辣な境遇に身を置くことはないけど、たとえ裕福な白人とはいえ、移民の他民族や黒人からヘイトの気持ちを向けられることがゼロではないのかな。モルガン・ライブラリーでファーザーではなくヤンガーブラザーを解放するコールハウスが、「白人は皆同じ顔に見える」と言うけど、これはヤンガーブラザーに罪を着せずに解放する彼なりの慈悲だけでなく、黒人の立場から見た白人のアイデンティティの無さが醸し出されてるのかな。(でも、マザーの息子リトルボーイは「エドガー」って呼ばれてる。「大公さんに危ないって言って!」とフーディーニに何度も呼びかける、サラエボ事件を彷彿とさせる彼の予知能力も含め、本当に不思議な存在。これも、ターテが撮った映画の演出の一つだと思えば納得できるのかな…)
 実際の100年前のアメリカにおいて各人種に与えられた立場の優劣、これをこの作品内では名前の有無を効果として平準化してるのかな。カーストを描くけど、作り手としてはカーストのない世界を望む希望。そんな温かみを感じながらも、白人、黒人、ユダヤ人、どの人種であろうと実際他民族のことは名前を知りたくなるほど関心はなくて、白人一家に紛れ込んできたコールハウスとサラをより際立たせるための名前の使い方だった、という説もあるのかな。実際、白一色の衣装とセットの中に、原色に近い衣装の2人が紛れ込むのだからとても目立つし、肌の色を変えずに表現するその視覚的効果が本当に凄い。

ターテとコールハウスの栄光と屈辱

 初見の時も書いたけど、この2人は舞台上で決して邂逅することはなくても、栄光と屈辱として真逆の道を辿るのが、構成として本当に面白い。ターテが貧困に瀕してアメリカンドリームを嘆く時、コールハウスはピアニストとして成功しサラとも依を戻して自分達に息子がいることまで知り、ターテが映画監督として成功してマザーとの仲を深めて幸せの絶頂にいる時、サラを失い復讐劇を始めたコールハウスの人生は終わりに近づく。
 この対比がすごく面白いけど、2人とも「アメリカの未来」「子供達の未来」を願う気持ちは変わらなくて、境遇や人種が違えど変わらない魂の崇高さがとても刺さる。
 そんな2人の人生を見届けるマザーが、激動の人生を歩む2人にかき乱される本編の中で絶対的な安心感をくれるけど、彼女自身も自分の中のリベラルな信念を貫いうて、夫であるファーザーからの精神的な独立に至るのだから、彼女がたどる人生からも見逃せない。

「皆ちゃんとした人達だ」、辛すぎてたまらないモルガンライブラリー

何度観劇を重ねてもすごくどきどきしてしまう、自分の心臓の音がうるさいくらい。多分慣れることはないと思うし、この苦しい気持ちには麻痺させたくないけど、わずか数年のミュージカルファンとしての経験の中でも相当凄惨なラストなので本当に辛いです。
 初見後はものすごい沈み方をしたけど、信念を持って立て篭もるコールハウスが扉の外の人達に突き付ける条件のうち、何が叶うと信じて、既に何を諦めていたかを意識しながら観ると、その本編の巧みな作り、そしてコールハウスを演じる芳雄さんの繊細な感情の機微に圧倒される。
 「何に怒っているのか、最後まで諦めなかったことは何で、諦めざるを得なかったことは何なのか」。芳雄さんの連載の中で語られていたこの一文を噛み締める。

エメラルドアイル消防団から真っ当な扱いを受けられないどころか言葉と力で暴力を振るわれたことに怒った事は確かだけど、消防団と連んで彼の主張にまともに取り合ってくれない警察や、陳情を受け入れてもらえず各役所をたらい回しにされる中でも募る苛立ちはあるわけで、些細なきっかけで民衆の暴力が振るわれ恋人サラの命を奪われたことをきっかけに彼の中の「目には目を 歯には歯を」の精神が生まれ(1幕ラストでコールハウスの人格が入れ替わってるんじゃと思わせられるほど相当振り切った芳雄さんの演じ方から離せない、悲しみの慟哭からの止まらない怒り、もうここでコールハウスの人生も終わったも同然だと思わされる)、2幕からは彼自身が殺人をも厭わない暴力で街を脅かし、度を超えていく。その制裁や、それだけ悪事を働いたことに対する見せしめとして、モルガンライブラリーで命を奪われることは宿命だったのかもしれない。だから、消防団にT型フォードを沈められて「もう差別させない」と立ち上がったその願いは彼自身では叶えられず、それが芳雄さんの言う「諦めざるを得なかったこと」だと思うけど、罪を悔いて真っ当な人間として、息子に誇れる父として命を全うすることで、明るい子供達の未来のために次の世代へ願いを繋ぐことは「最後まで諦めなかったこと」なんじゃないかな。マスタード色のロングコートを脱いで両手を上げて扉の外に出たことは、いつか真実を知るリトルコールハウスの目に、英雄のように映っていますようにと願わずをいられない。
 ブッカーの説得が刺さり、Make Them Hear Youを歌いきり、仲間やヤンガーブラザーも解放してようやく人質のファーザーと2人きりになれた後の、コールハウスが嘆く「やっぱり殺すつもりなのかな」に対する、ファーザーの「皆ちゃんとした人達だ」の掛け合いが本当に好きで、ミュージカル史に残る名シーンだと思う。好きとか言っていいのかわからないほどセンシティブなシーンだけど、同胞達の前では決して弱音を吐かなかったコールハウスがやっとこれから自分の身に降りかかることを覚悟した時に溢れる絶望、それに対してどこまでも正義を信じて励ますファーザー。ファーザーの根拠のない自信が、正義を信じて黒人のハーレムに通いコールハウスに会おうとしたヤンガーブラザーとも重なる。言われのないヘイトをぶつけられたことがない、自分の身に理由なき危害が加わることなんて今まで疑ってこなかった、白人で裕福なファーザーだからこその無自覚さが本当に恐ろしくて。結局黒人であるコールハウスと白人であるファーザーの融和はなされなかった、いや本編冒頭から他民族に対するヘイト丸出しで、白人以外の航海士から握手を求められても無視するほどだったファーザーが、モルガンライブラリーのラストにはコールハウスと握手してハグまでして別れるのだから、その態度の軟化具合にはこみ上げるものもあるけど、それでも黒人の覚悟や恐怖を白人が完全に理解することなんてできなかった。そんな100年前の事実を突きつけられたような気分になる。
 だからこそ、最後にターテとリトルガール、マザーとリトルボーイ(エドガー)、そしてリトルコールハウスが家族になる結末こそ救いだし、ただ「みんな仲良く大団円」でほっこりさせられて幕が下りるのではなく、コールハウスやサラ、ファーザーが繋いでくれたバトンがあるからこその未来なんだ、そんな重みをしっかり植えつけてくれる結末がとても綺麗だし、絶対に忘れられない。この新しい家族をそばで見守る、もうこの世にはいないコールハウスとサラが現れる瞬間の鳥肌たるや。泣いていいのか今だに迷うけど涙腺決壊ポイントです。
 あと、1幕冒頭でターテとファーザーの父親同士デュエット(のちにマザーも加わり三重奏)があるけど、2幕ラストはコールハウスとファーザーのシーンで幕引きとなるのがすごく良いなと。サラとの間柄も誠実とは言えなかったコールハウスが、ようやく真っ当な父親になれたということかな、と受け止めたいです。
 しかし本当に、お目当ての俳優さんによる辛い立ち回りは、なかなかに胸に来るものなんだとよくわかった。それでも、芳雄さんが超多忙スケジュールの中ラグタイムのコールハウス・ウォーカー・Jr.を演じてくれたこの巡り合わせには感謝しかありません。

誰も傷つけない「人種」の見せ方

 初見時は軽快なラグタイムのというジャンルの音楽が逆に「どんな幸せや悲劇が起ころうと流れ続ける音楽が変わらない」という事実として辛さに拍車をかけたけど、昨日までYoutubeで限定配信されていた、NESMITHさんのNES-FES.という番組で演出の藤田俊太郎さんが「分断を描くのに暗くなるのではなく、人生は喜びに溢れてて、歌ったり踊ったり躍動するような楽しい要素が満載」(大意)ということを仰っていたことも救い。確かに、人種ごとに分断された世の中であっても、皆必死に生きてるし、その中で楽しみも見出しているはず。今回人種を表現するにあたり、肌の色を変えるのではなく、衣装や音楽、そして振り付けによってアイデンティティを主張されるその見せ方、本当に見事だし、エンターテイメントとしても素敵。誰も傷つけることのない人種の見せ方、作り手としてのリベラルなその精神に尊敬しかありません。
 衣装の話をすると、白人は白、黒人は原色に近いカラフルな色、ユダヤ人はグレー。この法則を知った瞬間心が震えた。そして、前述したようにマザー達の家で保護されたサラや彼女を尋ねるコールハウスがピアノを弾く“白人が住む家”では、コールハウスとサラの衣装が本当に目立つので、異色な存在として際立たせられているのがわかる。それでも、たとえ生まれが違おうと共に今のアメリカを生きることは変わらないのだとハッとさせられもする。これは、後半で黒人のハーレムを1人で尋ねるヤンガーブラザーも同じ。あと、リトルコールハウスが拾われた時のおくるみが、有色だったのにマザーに迎え入れられてからは白のおくるみに変わることや、映画監督として成功したターテの娘のリトルガールの衣装がかなり白に近いグレーになることは、人種を超えた融和を表しているのかな。
 「世界は新しい時代を迎える」と謳われたミュージカル『ラグタイム』だけど、新しい時代に到達できる演出がこんなにあるのだなと、得られた学びと感動は何物にも変えがたい。

 2021年にパレード再演を初めて観た時、これを毎日上演している皆さんのメンタル面をとても心配してしまったけど、実はラグタイムも同じ。でもSNSや他の媒体でお元気な姿やオフショット見せてくださるととても安心する… 切り替えられる皆さんはプロそのもの。客席の拍手が毎回すごくて、それはこの作品に関わる皆さんが引き出してくれる感動そのものの現れだけど、それだけでなく、受け取ったものの大きさに応えたくなる公演。
 まだ感想を書ききれてないし、今回は役を演じるキャストの皆さん自身にはフォーカスできなかったので、my楽を終えてからまとめられたら良いな!。終わり。


この記事が参加している募集

#おすすめミュージカル

1,419件

#舞台感想

5,784件

#おすすめミュージカル

1,465件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?