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ミュージカル『ラグタイム』 ネタバレしかない初日の感想

底無し沼から片脚をずっと引っ張られてる感覚。逃れられない、考えて向き合い続けなければならないテーマと、壮大な音楽に飲まれる恐怖、完璧なキャストが見せてくれるあまりにもセンセーショナルな光景。ラグタイムを観劇するということは、この観劇後の余韻と一生付き合っていかなければならないということだったんだな。

井上芳雄さん演じるコールハウス・ウォーカー・Jr.のソロ曲だとは事前に把握していた『Make Them Hear You』、あのタイミングで歌われる曲だと思ってなくて、明るい曲調や歌詞も相まってもしかしたら希望のある展開に繋がるのかもしれないと少しでも期待してしまったけど、先が読めない展開に不安になる気持ちをまっすぐ引き上げてくれるような盛り上がるメロディアスな旋律と、同胞達に歌い語りかける芳雄コールハウスの説得力と、張り詰めた極限の空気感が温まっていく安堵感と、ミュージカル俳優としての芳雄さんのただならぬ技量が、そう期待せざるをえない方向へ引っ張ってくれた。

(セリフ曖昧だけど)ここから出たら殺されちゃうかもな、と自らを嘲るように死を匂わせながらへたりこむコールハウス。立ち上がり、マスタード色のロングコートを脱いで椅子に丁寧に畳み置いた瞬間に、私も覚悟した。思い返せば、コールハウスは羽織るロングコートは、差別と戦うが故に犯罪に手を染める時の象徴のようなアイテムなので、それを脱いで丸腰の状態で両手を上げるということは、そういうことなんだろうな。いやそんな救いようのない悲劇ある…?こんなことってあるの…??って。

NESMITHさん演じるワシントンの説得を聞き入れて仲間を解放する時に条件(公正な裁判など)を述べるコールハウスは、それを本気で叶えてもらえるなんてどのくらい信じていたのだろう。期待と諦めと覚悟と。次に観劇する時、この作品の全貌をわかった上でセリフ展開をじっくり確認したくなった。

こんなに追い詰められた状態でもしかしたら希望の光が差すのかな、と思わず期待してしまう見事な見せ方。でも数秒後には天地がひっくり返るような悲劇。そういう展開が個人的に本当に耐えられないほど辛くて(もう何年も囚われ続けてるけど、本作と同じく石丸幹二さん演じるパレードで感じた恐ろしさと同じ感覚)、エンタメとして割り切った上で劇的で巧みな構成に唸るか、フィクションとはいえ実在の人物と交錯しながら進んでいくしそもそも人種差別は現実なので手放しにこのミュージカルに夢中になって許されるものなのか。個人的に、お目当ての俳優さんが今作のように重厚でメッセージ性の強い社会派ミュージカルに出演されてる状況が初めてで、しかもまさに相当辛い立ち回りを担うこの展開をどう受け止めたら良いのか、どんな立場でいたら良いのか、全然答えが見つからない。

いやほんと、ムーランルージュ(本番)でクリスチャンを演じながら、ラグタイム(稽古)でこのコールハウスを演じてたの、嘘でしょ…?ってなる。ぜんっぜん違う芳雄さんがそこにいた。売れっ子故に多忙を極める芳雄さんのプロの底力に惚れ惚れするばかりです。あと、ここで語られてた「感情の蛇口」。ああもう、そういうことかと…辛かった。本当に、恐れ入りました。

パレードのような、一気に突き落とされる衝撃はなくても、ひとつずつの、浴びせられる言動がズンっと重くて辛いな…というしんどい感覚が積もり続けて、気づけば心が鉛のように重くなって、いや本当にもうやめて、ってなるのが、1幕のサラの最期と2幕のコールハウスの最期かな。

フォードを破壊されたことに対して陳情してもまともに取り合ってもらえず、サラの死も相まって憎しみが加速し、その仇との交渉を目的として犯罪に手を染めた後に公正な裁判を求めても受け入れられず、両手を上げて丸腰で降伏したにも関わらずベルばらのアンドレ並に何発もの銃弾を浴びて射殺された黒人のコールハウスに救いがあるとしたら、何?あんまりにも悲しくなってしまったけど、希望が残るとしたら、間違いなく息子の存在かな。人質として囚われることを要求された川口竜也さん演じる白人のファーザーに、息子の成長の様子を問いかけるコールハウスが父の愛に満ちた顔になってたのがあまりに刺さったので、その後の展開を考えると本当にいたたまれない。
「子供達のために差別や偏見のない未来を」というのは大きなテーマだったし、終演後挨拶の安蘭けいさんによる「未来の子供達がこういう時代こそを軽蔑するような世の中に」(ニュアンスです)というご挨拶のとおりだよね。(ご挨拶の内容があまりにも完璧すぎて、初日じゃなくて千秋楽かな…って芳雄さんに突っ込まれる展開にほっこりしました。)(「コールハウス!」って呼ばれて走って登場するリトル・コールハウスにミス・サイゴンのタムをめちゃくちゃに感じた…)(その流れで言うと、遥海さんのキムも物凄い観たいです。)
あとは、共犯になったのに、それを隠して人質として解放した、白人のヤンガーブラザーの存在も希望かな。

石丸さん演じるターテと芳雄さん演じるコールハウス。同窓の共演ということで話題になっていたけど、2人が舞台上で交錯することはあれど、会話することはなくて、移民のユダヤ人と黒人の2人の運命が同じタイミングで動き出すけど、その方向が真逆という作り方が本当に面白かった。
その中で変わらない普遍的なものとして存在するのが、安蘭さん演じる白人のマザーと、“ラグタイム”というジャンルの音楽。マザーも、信仰の教えに基づいた良き存在でいられるようにと自分を奮い立たせながら、サラと彼女の息子に手を差し伸べ、コールハウスを受け入れ、ターテに惹かれる過程を歩んできたけれど、誰に対しても平等に、愛を持って接するそのブレない姿勢が、この作品にどれだけの安心感をもたらしてくれたことか。
逆にそのまま変わらないままであり続けることで恐怖感を煽り続けたものが“ラグタイム”の音楽。「今聞こえる シンコペーション 激動の20世紀だ」って歌詞もあったけど本当にそのとおりで、この軽妙なシンコペーションが、本編上でどんな展開を迎えようと流れ続けてるのが本当に怖かった。最初はとてもリズミカルで耳に残って楽しいなぁ…なんて考えてた頃がもう懐かしいくらい。誰に幸福が訪れようと、誰が辛い目に会おうと、誰の命が粗末に扱われようと。

遥海さん、歌唱力がものすっごくて、マザーの家の天井部屋で歌うそのソロ曲の後の客席の拍手でショーストップしかけるほどで、本当に圧巻。よりを戻したコールハウスと歌う『Wheels Of A Dream』、オリジナル版の音源を何度も聴いて楽しみにしてたけど、遥海さんと芳雄さんの歌唱力の応酬で劇場に渦が巻き起こるような感覚にすらなったし、2階席で観ていたので、互いの愛を確認して未来への希望を歌うその幸福感が劇場中に満ちる光景がたまらなかった。

宝塚を退団してからの舞台姿を初めて拝見した、綺咲愛里さん、あーちゃんのイヴリン・ネズビット。あまりにもはまり役だったな…!ゴージャスたけど、自分の意志をしっかり持った、したたかな女性像。大きなナンバーを真ん中で歌いこなすあーちゃんの華やかさと真ん中力(りょく)。ショーシーンでの「ウィー!!」が可愛すぎる。(あと、先月まで絶賛ムーランルージュ期間だったので、イヴリンがブランコに乗って登場する光景はものすごい既視感を感じて楽しかった笑)

先週のバイマイで、NESMITHさんと小中同級生だと話題になっていた塚本直さん、もう素晴らしすぎて。1幕ラストのソロ…バイマイでも言及されてたけどあの凄惨な場面での訴えかける歌唱力…さすがでした。SHOW-ISMS Ver.マトリョーシカのマイコー役が初めましてだったのを思い返して、とても懐かしくなった。

こういう作品では観劇中に涙を流したくないなと耐えてたけど、あんまりにも辛いのでやっぱり泣いた。本編ラストでキャストの皆さんが一番後ろのセリから上がってくる光景が、地平線からのぼる太陽のような清らかさもあって、涙腺崩壊のタイミングだった。あと舞台裏の幕が上がってオケの皆さんが現れるので、直接拍手を遅れることも嬉しかったな。その光景の中に鎮座するフォードを見てまた苦しくなったけど。

大きなテーマを掲げながらも、綺麗事では終わらずに思いっきり現実を突きつけてくる展開や、今年になって彗星の如く心のど真ん中に飛び込んできてくださった俳優さんの熱演や圧巻の歌唱、そして所作のかっこよさを含めて、「好き」という言葉で語っていいのかわからない。この作品でそういう言葉を出して良いのかわからないけど、この作品に関わる全てのことや、日本で上演しようと決めてくれたことまで含めて、とても支持したい気持ちです。

あんまりにもショックで、ラストシーンの登場人物のモノローグは、紗幕の向こう側で行われてるような、耳も遠くなるような距離感になってしまい、だいぶ聞き逃してしまったことがとても残りである。でもそれだけの衝撃だったことは、初日の感想として残しておきたい。そして、この作品が多くの人に届くと良いな。私も、早速今日2回目の観劇に行きます。

初日だったから、終演後のご挨拶に居合わせられたことも良かったな。主演の石丸さんがお話してくれるのかな…と思いきや、安定の芳雄さんが仕切り始め、とうこさん、芳雄さんん、石丸さんの順でご挨拶。石丸さんも言っていたけど、これだけの情報量を短い尺の中で詰め込むので物凄い速さで挨拶されるけど全てが伝わる芳雄さんの滑舌のよさ、半端ないなと改めて時間した。芳雄さんが“隣の劇場”(帝劇)と往復していたことについて、ムーランルージュのカテコだけでなくラグタイムのカテコでもネタにされていたけど、「多忙を極めている中でも彼が合流する時は完璧に仕上げてきてるので、他のカンパニーの空気も引き締まるので良い影響を与えてくれた」というニュアンスの内容を話してくれた石丸さんの言葉が嬉しかったし、稽古で不在の時に代役を務めてくださった方への感謝や、初日当日急遽代役で登板した方への労いを大勢の前で声に出してくれる芳雄さんはやっぱりさすがだなぁと思った。制作に携わられたリン・アレンズさんと、スティーヴン・フラハティさんがいらっしゃっていてご挨拶を伺えたことも一生の思い出になりそう。天井席からご覧になっていたテレンス・マクナリーさんと3名で手掛けられたアナスタシアも、今月上演される奇跡のような巡り合わせ。アナスタシアについても宣伝しちゃう、全方向への配慮が止まらない芳雄さん。ハードなミュージカルを浴びた後に沁み渡る、尊い光景でした。おわり。

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