台本を公開しながら更新して完成させてみる~『ありの一決』という台本④~

『ありの一決』          作 湊游

[登場人物]
トゲっち(刺 倫太郎:トゲ リンタロウ)
ジバさん(治場 環菜:ジバ カンナ)
ムネオ(赤棟 薫:アカムネ カオル)
ナベ(鍋蓋 遼:ナベブタ リョウ)
ヒメ子(家姫美智子:イエヒメ ミチコ)
仙人(網目奏:アミメ カナデ)
会長(葉切潤:ハキリ ジュン)
マスター

キャンプ場にあるコテージを模したような空間。キャン潤プ好きが高じたマスターが経営している飲食店が舞台。雰囲気は内装だけで実際は街中にある。ただし、都会というほどではなくいわゆる郊外と呼べるような地域に存在する。
表通りに面した側に、入り口の扉と窓に面したカウンター席がある。カウンター席の端側にはノートが一冊あり、来店者が好きなことを書ける自由帳として使われている。店の真ん中には巨大なテーブルがあり、さらに店の奥側にもカウンター席がある。そのカウンターの開口部を挟んでキッチン。そしてトイレに続くドアと、店のある小さなビルの2階以上に向かう階段へ続くドアがある。壁にウォールハンガーがあるが、これは最近になって仕様を新しくしたもの。


 
仙人は癖のある歩き方とレインスーツで顔がほとんど隠れている様相。
明らかに不審。
 
マスター ごめんね、今日は貸し切りなんですよ。
仙人 すみません、ネストの方は(いらっしゃいますか)。
ジバさん 仙人?
仙人 あっ……はい!
 
仙人はさっきまで話していたメンバーと釣り合わない大きな声で返事をする。
 
仙人 ジバさん?
ムネオ あ。
ナベ 網目先輩? うわ!
トゲっち おお。
仙人 久しぶり。元気?
ナベ 元気っすよ! いやお久しぶりです。
マスター ごめん。知らないお客さんかと思っちゃった。
仙人 いえ、こちらこそ失礼しました。ご無沙汰しています、覚えてましたか?
マスター 今思い出した。
仙人 ならOKです。
 
そう言うと仙人は玄関でレインスーツを脱ぎ、小さく丸め始める。
 
ヒメ子 何か……もっと仙人になったね。
仙人 年取ったら皆こんなもんじゃないか?
ムネオ いや、分かんねえよ。
トゲっち うん、なんかもう国が違う感じする。
仙人 そうか? 海外行くようになったからか?
マスター 当たった。
ジバさん ですね。
ヒメ子 今何の仕事してんの?
仙人 NPOのボランティア。
ムネオ ボランティアって仕事?
仙人 うん、海外協力隊みたいな感じの。
ムネオ マジで?
ヒメ子 すご。大変そう。 
マスター 違ったか。
ジバさん 流石に予想外でしたね。
 
仙人はレインスーツを袋にしまい、自分のリュックの中にしまう。
そして席を見繕って座る。
 
仙人 うん、大変。
トゲっち 俺は無理だなそういう仕事は。
ナベ 何の話してるんですか?(ジバさんとマスターに)
ジバさん いや全然しょうもない話。
仙人 トゲっちがいたら助かるかもしれん。
トゲっち 本当?
仙人 うん、調整力あるやつがすごい欲しい。けど、確かに根性はいる。うーん、やっぱり無理か?
トゲっち 根性だったらムネオは?
仙人 かもしれん。(ムネオに)興味あったら言ってくれ。
ムネオ お……おう。
仙人 元気か?
ムネオ うん? 余裕だぜ。
マスター 横からごめんね、注文はどうしよう?
仙人 あ。すみません。ソーダ水ください。
マスター あ……今日は市販のしかないけどいい?
仙人 はい、大丈夫です。
マスター いや、ごめんよ。今日来ること知ってたら……あ。少し待てる? もしかしたら残ってたかも。
 
そう言ってマスターはまた部屋を出ていく。
 
ナベ せわしないっすねえ。
仙人 おれ待つって言ってないぞ。
ジバさん まあいつもあんな感じ。
ナベ そうなんすね。
ヒメ子 ナベもけっこうせかせかしてるけど。
ナベ そうですか?
仙人 もう候補地決まった? 
ムネオ 一応一通り出た。
トゲっち ヒメ子の持ってきたウイングフィールドが(いい)。
ムネオ ウインドフィールド。
トゲっち ごめんそれ。がいいんじゃねって感じ。仙人は?
仙人 おれはどこでもいいから特にないな。
ジバさん 全然ないの?
仙人 こういうの考える苦手だからな。むしろ考えないようにしてる。
ムネオ 仙人的にウインドフィールドってどうよ?
仙人 使いやすい。流石に企業が本腰入れてデザインしただけのことある。けど面白みは全くないな。
 
 ムネオは何とも言えない顔をしている。
 
ナベ 自分で聞いたんですよ。
ジバさん 相変わらずオブラートないね。
仙人 ジバさんはおれと同じタイプだけどな。
ジバさん 気を付けるようにはしてるから。
仙人 なるほど。
ヒメ子 気を付けてはいる、と。
ジバさん できてる自信はないです。
仙人 他は?
 
トゲっちがスマホを見ながら答える。
 
トゲっち 二風谷、笠置、勝浦、ふもとっぱら。
ナベ ふもとっぱら? あれ、トゲさん?
ムネオ おいおい、ちょい待ち。お前が一番日和ってね?
ナベ こないだのふもとっぱらトゲさんですよね。
ムネオ そうだよ。せめて考えはしてこいよ。
トゲっち いやそう言うけど。だって仙人も、なあ。
仙人 まあトゲっちはなんだかんだ普通の生活をしたい人間だろ。ふもっとぱらは向いてると思う。
トゲっち そうそう、それでいいの。
ジバさん やっぱ私マシじゃない?
ヒメ子 せやな。
ジバさん そう、その使い方。
ムネオ 仙人はいいんだよ。
ナベ そうですよ。パンピーはパンピーらしくアイデア出してください。
ヒメ子 帰っていい?(ジバさんに)
ジバさん まあまあ。
トゲっち とりあえずさ、一回多数決とろうぜ。
ムネオ だから会長がいないんだろうがよ。
ナベ 偶数じゃ割れたときどうするんですか。
仙人 おれが棄権したら奇数。候補出してない分荷物は誰より運ぶよ。
トゲっち いや仙人はいてくれ。
仙人 いいのか?
ムネオ てか前から思ってたけど、なんで葉切(はきり)が会長なの? あれみんな本当に納得してたの?
ナベ ムネさん、それはまた後にしましょう。
ムネオ いやもうやっぱ言わせて。
ナベ ムネさん。
ジバさん さっき言ってた昔のことってそれ?
ムネオ うん。
仙人 何の話?
ジバさん 学生時代の話。
トゲっち まあ流れでな。
仙人 なるほど。
ムネオ いや、あいつがいつまでたっても来ねえのもどうかって思うわけよ、悪いけどさ。
ナベ ムネさん、ちょっと落ち着いて。座りません?
ムネオ 落ち着いてるよ。酔ってるけど。
トゲっち なら無理すんなって。
ムネオ 悪い。座る。
 
そう言ってムネオは持ってきた巨大なリュックを開きに行く。
 
ジバさん え、何、どういうこと。
ナベ ちょっと、大丈夫ですか。
トゲっち おい。
 
トゲっちが立ち上がってムネオの元に行く。
ムネオはリュックからアウトドア用の折り畳み椅子を出して座る。
 
ムネオ 仙人、こいつはどう?
 
周りの4人は事態を呑み込めていない。
 
仙人 面白そうだな。キャスターついてんのか。
ムネオ 使えそう?
仙人 いいんじゃないか。台車にもなるってことだよな?
ムネオ そう。
仙人 子どもが遊ばないように気を付けたほうがいいな。
ムネオ 子ども向けのも今作ってる。
仙人 なるほど。今度見せてくれ。
ジバさん よく持ってきたなあ。
ナベ あれで運んだ方が早かったんじゃって思うんですよ。
ジバさん うん。
 
トゲっちがムネオの元まで行って話しかける。
 
トゲっち とりあえずお前も水飲んどけ。
ムネオ うー。すまん。
 
トゲっちはキッチン側の方に入ってゆく。
 
仙人 ちなみに俺は葉切に投票したぞ。
ナベ ちょっと!
 
ナベが立ち上がる。
 
ムネオ いいよナベ。あー。皆ごめん、よくない。こういう時にデカい声で。自分でも嫌になる。
ヒメ子 赤棟。
ムネオ おう。
ヒメ子 ちょっといい? 酔ってるらしいけど。
ムネオ 大丈夫。
ヒメ子 思ってるのに何でするの?
全員 ……。
ヒメ子 そんだけ考えてるくせに何でするの?
ナベ ちょっともう、マジでやめましょうよ。
ヒメ子 またするでしょ。考えてもどうせ。
ムネオ ……ごめん、なんか。
ヒメ子 別に潤が会長とか興味なかったけど、あたしさ、赤棟(あかむね)だけには絶対やらせたくなかったから。
トゲっち おい。
ヒメ子 だからみんなに言ったの。
トゲっち おい!
ヒメ子 赤棟に投票するなって。
ムネオ ……。
仙人 マジか。
ヒメ子 ね。(ジバさんに)
 
ジバさんは机に視線を下ろして微動だにしない。
 
ムネオ 何でそんな(ことを)。
ヒメ子 え……。あたしもそう言ったけど?
ムネオ え。え?
ヒメ子 仙人はややこしいから黙ってた、ごめん。
仙人 全然。今さら。
ヒメ子 結果的にありがとう。
仙人 おう。
 
仙人は両手の指で頭を軽くたたき始める。ムネオは茫然としている。
 
ヒメ子 環菜もごめん。色々良くしてくれたけど。
ジバさん ……。
ヒメ子 もうあたしらも頃合いじゃない? 正直、今日で皆にバイバイ言うか、どっちかだなーって思っててさ。流れだし言いたくなった。
ナベ ヒメさん。
ヒメ子 ナベ、いつもありがとうね。
ナベ いや僕はそんな……何て言うか。
ヒメ子 実は一番助けてくれたと思ってるし。
ナベ いや……そういうことじゃ……。
ジバさん ヒメ子。
ヒメ子 何?
ジバさん ごめんやけど、自分もムネオ苦手やったけど。ヒメ子のやり方も苦手やってん。だから……私は、会長には入れてない。
ヒメ子 あー……。
仙人 今日すげえな。
ナベ 網目先輩のせいは大きいです。
仙人 マジで?
ナベ はい。
仙人 ちなみにお前は?
ナベ はい?
仙人 誰に投票した?
ナベ は。何なんすか。え、何でそんな感じなんすか。
仙人 え、何が?
ナベ あーもういいっす。今の2人、そのままです。
仙人 つまり。
ナベ 会長とトゲさん。
仙人 ああ。
ナベ ああてなんですか聞いといて。もうちょっと勘弁してくださいよ。
仙人 ごめん、ちょっと黙る。
ナベ まあ僕はヒメさんに言われるまでもなかったすけどね。
ヒメ子 ……やっぱり?
ナベ はい。後、ムネさん。
ムネオ あ……はい。
ナベ ムネさんはいっぱいムカつく所あるけど、シンプルにネストが良くなると思った人に入れただけなんで。
ムネオ あ。
ナベ 別に今まで通りと変わる気ないっす……あーもうキモくなってきた!
ムネオ ごめん。
 
 ヒメ子は机の上に上半身を突っ伏す。
 
ジバさん 大丈夫?
ヒメ子 疲れた。
ジバさん 水飲む?
ヒメ子 (キッチンにいるトゲっちを見て)いらない。てかマスターいないし。
ジバさん 雨まだ酷いけど、どうする?
ヒメ子 どうしよ……。
 
トゲっちが水をサーバーから出してきてムネオの前に置く。
そのままトゲっちは元の席に着く。
 
ジバさん まあ人生って思ってない感じにしかならんよね。
全員 ……。
仙人 家姫(いえひめ)は?
ヒメ子 ……。
仙人 言う流れだぞ。
ヒメ子 うるさい。
仙人 家姫も葉切と刺か?
ヒメ子 ……。
仙人 当たったな。
ナベ もういいでしょ。
ヒメ子 違うから。
仙人 ん?
ヒメ子 もう家姫じゃねーし。
仙人 あ、すまん。
ヒメ子 副会長に選んだのはタケ。
ジバさん ああ。
ヒメ子 賢ぶんな。自分の彼氏選ぶわけねーだろ。
仙人 おう。
ヒメ子 キレそう。
 
トゲっちが何かを言おうとした瞬間にジバさんがヒメ子に声をかける。
 
ジバさん ヒメ子。
ヒメ子 全然傷つかねえじゃん。
 
トゲっちは目線をヒメ子から自分のジョッキに落とす。
 
仙人 すまん。そういう性格で。
ナベ 網目さんもう黙ってください。
ムネオ 俺、俺やばいなあ。
ナベ 何なんですか今度は。
ムネオ 自分では気を付けてるつもりだったのに。全然。
ジバさん まあ気を付け続けるしかね。
ムネオ 分かってると思ってたのに。俺みたいなのが調子乗ったらダメって。
ナベ あのね、じゃ言いますけど。それは分かってないんすよ。
トゲっち ナベ。
ナベ すみません。
ジバさん まあ……。
 
ムネオ椅子から立ち上がろうとするが、余計に足がもつれて元の椅子に腰から落ちる。
 
ナベ ムネさん!
ジバさん ちょっ!
トゲっち おい大丈夫か。
 
そこにマスターが戻ってくる。
 
マスター あったよ! 「阿蘇くじゅう」!
 
マスターは空気感の違いに戸惑う。
 
仙人 ありがとうございます。
 
すたすたとマスターの所に行ってボトルを受け取る仙人。
 
ジバさん ムネオ、声聞こえる?
ムネオ ごめ(ん)。
仙人 マスター、店の外タバコ大丈夫ですか?
マスター え。いけるけど……雨だよ?
仙人 ありがとうございます。ちょっと吸ってきます。
 
そう言うと仙人は水のボトルと一緒に腰が抜けたムネオをキャスターのついた椅子で運んでいく。
 
ジバさん 仙人ごめん、ちょっと任せる。
仙人 おうけい。
マスター ムネくん?
 
マスターは座面の低さで見えにくかったムネオに気づく。
 
仙人 大丈夫です。
トゲっち 俺も行きます。
マスター え……ええ⁈
 
3人は入り口のドアを開けて(ムネオは運ばれて)外に出ていく。
 
ジバさん 大丈夫、やと思います。
マスター いやいやいや。そんなこと言っても。え? ちょっと待って。
ジバさん 仙人見てるから。ホンマにやばかったら救急車呼んでます。
マスター 救急車⁈ ちょっと何が(あったの)。
ナベ マスター大丈夫です。そんなにやばくないですあの人、たぶん。
ジバさん ね。
 
マスターは事態が呑み込めずおろおろしている。
誰もそのまま喋りださず、マスターは事情を聞くにも聞けない。
ヒメ子はスマホを出して触っている。
 
ナベ 全然赤くなかったですね。
ジバさん&ヒメ子 ……。
マスター ムネくん?
ナベ はい。
マスター 本当に、本当に大丈夫なんだよね?
ジバさん&ナベ はい。
マスター ……わかった。 
 
やはり誰も何も喋りださない。
マスターが3人の様子を見つつ呟く。
 
マスター ごめん皆。店主失格だね。客にお店任してこれじゃ。
ジバさん いや。これはしゃあないです。どうこうしてても結果変わってないですよ、たぶん。
マスター でも。
ヒメ子 すいません、ジンジャーエールってあります?
マスター あ。あるよ。ちょっとだけ待ってね。
ジバさん あ、私もいいですか? ナベも飲みよ。
ナベ いや僕は……そうっすね。すみません、お願いします。
マスター はい。
 
マスターはキッチン側に向かう。
 
ジバさん ヒメ子。
ヒメ子 何。
ジバさ 思ったんやけど、ヒメ子の作戦も結局そうじゃない?
ヒメ子 ……。
ジバさん 私が何かしたくらいで結果変わってないもん。
ヒメ子 トゲっち副会長になった。
ジバさん それは、そっちは別に何も仕組んでなかったやろ。
ヒメ子 まあ。
ジバさん 何で急に言いだしたん。
ヒメ子 ……。
ジバさん まあいいか。ナベは会長からは何も連絡貰ってない?
ナベ 僕?
ジバさん うん。一番よく喋ってるでしょ。
ナベ え。
ヒメ子 あ、やっぱ付き合ってたの?(ジバさんに向かって)
 
マスターの手が止まる。3人の会話に集中して耳を傾ける。
 
ナベ ちょっと、なんでジバさんに聞くんですか。
ヒメ子 じゃあどうなの?
ナベ いや、まあ、完全にクロですよ。
ヒメ子 クロ?
ナベ 付き合ってます!
ヒメ子 最初からそう言えって。
ジバさん ええやん。わざわざ隠しとったわけやし。
ヒメ子 それがそもそも良く分からん。
ジバさん まあ別に誰も聞かなかったし。てか、それはどうでも良くて。
ナベ どうでも。
ジバさん ウソウソ、そこまで酷くない。ちゃんとスッキリした。
ナベ まあその、黙っててすみません。会長も誰にも言わないし、じゃあ僕もって。
ジバさん あの子もこっち住みじゃないのに知られても、やしね。
ナベ ……ですね。
 
マスターがジンジャーエールの瓶と3人分のグラスを運んでくる。
 
マスター ごめんね。どうぞ。
ナベ すみません。
ジバさん ありがとうございます。
ヒメ子 どうも。
ジバさん 実際ここ最近はどう? 前よりは私にも連絡してくれるようになったしさ。
ナベ ……わかんないんすよ。
ジバさん 分からない?
ナベ はい。元気とは思うんです。でもネストの話は明らか避けてて。僕も、あんま触れない方がいいかなって。てか、聞けないです。
ジバさん そうやったんか。
ヒメ子 潤とはよく連絡とるの?
ナベ そうっすね、ゲームとかよくします。
ヒメ子 ああもう住んでるの。
ナベ はい。あ……。
ジバさん え、何で? ……ああ! くっそー独り身なれてると気づかへん。
ナベ ……はい、同棲してます。
ヒメ子 それで引っ越し?
ナベ ……微妙っす。いや元は本当に僕が仕事変わっただけなんですよ。けど、その話したら、一緒に住む? って話になって。まあ、僕も何か嬉しかったんです。その、単純に自分のことだけじゃなくて、あ、こっち戻ってきてくれるんだって。
ジバさん そらそうよね。いやトゲっちがさ、会長見たって一時期言ってたのよ。しかもスーツ、まあ私は出張じゃない? って答えてたんやけど。
ナベ ちょうどこっち来て就活してた頃だと思います。
ジバさん あー。
ナベ けど、ネストの話はやっぱゼロなんです。一緒にいても。自分も会長がどう思ってるかは昔から分かってたから、まあ自分から話し出すまではいいかって思って。けどやっぱり、やっぱり気持ち悪いんですよ。2人とも関わってることなのに一緒に住んでて全くその話が出ないって。
ヒメ子 なんかね、むずいよね。何でも聞けばいいもんじゃないし。
ナベ はい。
ジバさん 察してほしいこともあるし、けど人間やし。
ヒメ子 子どもなんて聞いても言ってくれないし。
ナベ 凄いっすねえ。
ヒメ子 まあその代わりに大声で泣いたり、笑顔でゲボ吐く。後……。
 
ヒメ子は鼻をつまむ。
 
ジバさん 生きてるなあ。面白い。
ヒメ子 面白いよ最初だけ。そこからはしんどいよ本当に。
ジバさん はい。
ヒメ子 でもやっぱあたしは昔から子ども欲しいって思ってたからもあると思うけど。かわいい。かわいくてたまらない。
ナベ すげえなあ。
ジバさん あたしもそんな親のところに生まれたいわ。いやもう転生したい。
ナベ 何言ってるんすか。
ヒメ子 環菜がそうなったらいいじゃん。
ジバさん いやいや相手おらんって。
 
ヒメ子はジンジャーエールを飲む。2人もつられるようにして飲む。
 
ナベ そっかあ。そりゃそうっすよねえ。すみません急に話変わるんですけど、匂いには敏感な方なんすよ僕。
ヒメ子 そうなん?
ナベ あ、いやその赤ちゃんとは違うんですけど、わりと誰か体調悪い日とか、そういうの若干わかるんです。若干ですよ。
ジバさん いきなり何情報よ。
ヒメ子 どうでもいい話。
ナベ いや、まあまあまあ。
ジバさん 今さらナベのこと知ってどうすんのよ。
 
ナベはマスターの方を少し見る。
いつの間にかマスターはキッチンの奥の方に引っ込んでいる。
それを見てから2人にだけ聞こえるように小声で喋る。
 
ナベ だからその、ヒメさん今日……。
ヒメ子 ……は。……お前、マジ?
ジバさん (ヒメ子を見て)え? ……え!
 
ジバさんは思わずお腹を押さえる。
 
ナベ やめましょう! ここまで! いや、でもね。だからそういうのでわかるコミュニケーションみたいなのもあるのか……いや、ちょっと待ってください、僕は何を言ってるんでしょう。やばいっすね、危ないっすね。わけわからなくなってきた。すみません!
ジバさん 落ち着こ。
ナベ はい。
 
ナベはジンジャーエールを多めに飲む。
 
ナベ その……まあ、一番よくわかるのは、そりゃ普段から一緒に住んでる人ですよ。
ジバさん 続けるんかい!
ナベ すみません!
 
ヒメ子は軽く鼻で笑う。
 
ナベ ヒメさんすみません。
ヒメ子 悔しいけど笑ってしまった。
ジバさん 笑えた?
ヒメ子 うん。ナベ、それでも今日あんただけ先に来たってことは、聞きたかったの? アタシらに。
ナベ はい……実は、そうです。いや僕も途中までは今日来てくれるかなって思ってたんです。けど、やっぱ来ないし。あー! あの人のことが一番わかんねー……。
ジバさん なのにくだらん話しかしてないしな。
ナベ 正直どこで言い出せばいいのか迷ってました。
ヒメ子 ちゃんと人を頼れるようになってるじゃん。
ナベ いや……全然。結局こんなになるまで黙ってたわけですし。
ジバさん ごめんな。私もけっこうノリで盛り上がってしまうから。ちゃんと喋りたい時もあるよな。
ナベ あ、いやそれは自分もなんで、すみません。
 
ドアが開いて仙人、ムネオが戻ってくる。
ムネオは歩いて、椅子を畳んで運んでくる。
 
仙人 自分で自分に入れたのはお前ぐらいだろな。
ムネオ もうそれぐらいで勘弁してくれ。
仙人 いやいや今日は折られよう。ほら普段もお前は筋肉は傷ついてもっと強くなるとか言ってたじゃん。ヒメ子、こいつ自分に(入れてたぞ)。
ムネオ それとこれとは違うって。
仙人 言い訳無用! 
マスター ムネくん、もう大丈夫なの?
ムネオ はい。本当すみませんでした。気をつけます。
 
ムネオは椅子を自分のリュックに片付ける。
 
マスター いやいや、いいんだよ。何もできなくてごめん。酔っ払い上等だよ。モノ壊したりもしてないし。
ムネオ いやいや……。
仙人 マスターすみません。
マスター 網目くんありがとう、任せちゃって。
 
3人が話している後ろでトゲっち、会長の順に店に入ってくる。

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部活の思い出

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