台本を公開しながら更新して完成させてみる~『ありの一決』という台本①~

『ありの一決』          作 湊游
 
[登場人物]
トゲっち(刺 倫太郎:トゲ リンタロウ)
ジバさん(治場 環菜:ジバ カンナ)
ムネオ(赤棟 薫:アカムネ カオル)
ナベ(鍋蓋 遼:ナベブタ リョウ)
ヒメ子(家姫美智子:イエヒメ ミチコ)
仙人(網目奏:アミメ カナデ)
会長(葉切潤:ハキリ ジュン)
マスター
 
キャンプ場にあるコテージを模したような空間。キャン潤プ好きが高じたマスターが経営している飲食店が舞台。雰囲気は内装だけで実際は街中にある。ただし、都会というほどではなくいわゆる郊外と呼べるような地域に存在する。
表通りに面した側に、入り口の扉と窓に面したカウンター席がある。カウンター席の端側にはノートが一冊あり、来店者が好きなことを書ける自由帳として使われている。店の真ん中には巨大なテーブルがあり、さらに店の奥側にもカウンター席がある。そのカウンターの開口部を挟んでキッチン。そしてトイレに続くドアと、店のある小さなビルの2階以上に向かう階段へ続くドアがある。壁にウォールハンガーがあるが、これは最近になって仕様を新しくしたもの。
 

 
明かりをつけず暗いままの部屋にマスターが登場し、喋り始める。
 
マスター ありがとうございます。おかげで当店も10年目に入りました。10年ってすごいと思いませんか? 私が10年以上続いたのは趣味のキャンプくらいです。
 
マスターは暗い店の中を見渡す。
 
マスター この店は趣味じゃないです。でもキャンプは趣味です。自分が楽しむのを最優先にしています。森に囲まれて、風が通る音を聞いて、空を見てぼうっとして。自然に還ったような気持ちになるのが好きです。「ああ、生きてるなあ」って。鳥とか虫とか見てるとそう思うんですよ。特に虫が子どもの頃から好きで。あいつらは色んな暮らしをしてて面白いんです。群れじゃないと生きていけないのとかもいて。
 
喋りながらマスターは電気をつけるために店の奥に行く。そして電気をつけた時にゴキブリを発見する。マスターはさらに喋りながらもそばにあった新聞で叩くためにゴキブリに近づいてゆく。
 
マスター 時々人間も似てるなって思うことがあります。
 
叩くのに失敗してゴキブリに逃げられる。
 
マスター この10年でそう思いました。
 
マスターは新聞を元の場所に戻そうとするが、思いとどまり新聞を処分する。
それからカウンター席の端にあるノートを開き何枚かページをめくり、あるページになった時に手を止める。
 
マスター こないだ店の常連グループが来てたんです。学生の頃からうちによく来てた子たちで、でもだんだんメンバーも減ったりしてて。ちょうど、その日があの子たちがうちに来る最後の日になりました。


 
ジバさんが店に入ってくる。
 
マスター いらっしゃい。
ジバさん どうも。
マスター 一人?
ジバさん はい。
マスター もう来るって?
ジバさん はい、ビール貰っていいですか?
マスター はい。
 
ジバさんはキッチンに近い方のカウンター席に座り、黙ってスマートフォンを見る。
 
マスター 今日全員集合なんだよね。
ジバさん 来れたら。
マスター すごいね。いつぶりかな。
ジバさん いつでしょう、学生以来?
 
マスターはタンブラーを取り出すとビールをサーバーから継ぎつつ話を返す。
 
マスター 今いるのはとげ君、じゅんちゃん、むね君、なべちゃん……。
ジバさん ヒメ子も来ます。
マスター ママ来れるんだ。
ジバさん はい。
マスター さおりちゃんも一緒に?
ジバさん まだ2歳ですよ。
マスター 2歳……きついか。
ジバさん きついでしょ。
マスター はいどうぞ。
ジバさん ありがとうございます。
 
マスターからビールを受け取るジバさん。
一口飲んでから、ジバさんはスマホの画像をマスターに見せる。
 
ジバさん これ。
マスター おお、これ手を挙げてるの?
ジバさん 名前呼ぶと「はーい」って。
マスター わあ。
 
マスターは画面を覗きながら続ける。
 
マスター 似てるね。
ジバさん ですよね!
マスター 中身も似たら大変。ちび姫誕生。
ジバさん その時はみんなでちび姫にご奉仕です。
マスター 6人の大人で。
ジバさん ちゃんと7人いますよ。
マスター 7人?
ジバさん はい。
マスター え? いや私は勘弁してよ?
ジバさん 違いますよ。
マスター え。
ジバさん てか今日も来ます。
マスター 誰? だって、たけ君は違うよね?
ジバさん おたけはたぶんもう来ないですね。
マスター だよね。ごめん、いきなり微妙なところを。
ジバさん いやいや全然。もうけっこうたちますし。
マスター もしかしてルリちゃん?
ジバさん ルリも違います。ルリ覚えてます?
マスター よく来てくれたからね。そこ、その窓側の端。お気に入りポジション。
ジバさん ポジションてかコンセントですね。
マスター そうそう。
ジバさん 異常に充電するんですよ。まだ80パーくらい電池あるやんって時でも。そんな充電したらケータイ壊れるって言うてんのに。
マスター まあちゃんと使わせてほしいとは言ってたから。
ジバさん 大学でもコンセント席確実に座ってましたから。
マスター 心配性なのかな?
ジバさん ただのケチかもしれませんよ。いや、いい子なんですよ。
マスター もちろん知ってるよ。
ジバさん ルリはなんだかんだ楽しくやってたから、もったいないなあ。
マスター まあ実家継いだらね……けど誰?
 
ジバさんは両手の指で自分の頭を軽く叩く。
 
マスター あ。待ってそれ何か……いたな。
 
ジバさんは立ち上がって特徴的な歩き方をする。
 
マスター そうそう、それ……あー、ギブ。
ジバさん 仙人。
マスター 仙人? 記憶が微妙だ。
ジバさん 来るんですよ今日。
マスター 本名何だっけ?
ジバさん 網目(あみめ)さん。
マスター あー。だって全然来てなかったよね?
ジバさん ですね、前会ったのしらびそ……5年前、ですかね?
マスター それメンバーなの?
ジバさん レアキャラですから。
マスター ごめん何て?
ジバさん レアキャラ。全然会えないんで。けど既読はちゃんとつくんですよ。後、参加不参加も毎回かっちり送ってきます。一番先に。
マスター でもほとんど欠席なんでしょ?
ジバさん まあ。一応抜けるって本人言ってないし。しかも実際一番キャンプのこと知ってるんですよ。
マスター へえ。
ジバさん はい。来たら来たで頼りになるんで。
マスター なるほどね。しらびそなんてこの子らがよく行くなと思ってたもん。
ジバさん あれはそもそもムネオですよ。
マスター むね君?
ジバさん すぐ高い所行きたがるんですから。
マスター 何それ。でも言ってそう。
ジバさん いいんですけどね、何でも。まあ仙人の方が実際よっぽど山登ってるんじゃないですか?
マスター それこそどっか外国とかいってたり?
ジバさん ありえます。
マスター 「世界の名峰を踏破する」的なね。
ジバさん それはもう完全に登山家なってるやないですか。
マスター 本当だ。
ジバさん キャンプ同好会ですよ。
マスター まあでも、その彼が今日は日本にいると。
ジバさん そういう感じです。でもね、見張っとかないと、何となくすぐ逃げちゃいそうな気がするんですよ。
マスター 何々? そんな複雑な子なの?
ジバさん いや別に何も逃げてないんですけどね、レアキャラやから……何の話してましたっけ?
マスター 何だっけ? ごめん、聞いてた私が覚えてないや。
ジバさん あ、そう。ヒメ子、当日は旦那さんと3人で来るかもって。
マスター おお! さおりちゃんキャンプデビューだ。
ジバさん デビューですよ。
マスター すごいなあ。何か実感ないよ。
ジバさん 気づいたらもうこんなです。
マスター みんなイケイケだったのに。
ジバさん イケイケではなかったです。もっと下の方っていうか、むしろ地下でした、地下。
マスター そこまで?
ジバさん 底までですよ。トゲっちだけはまだイケイケやったかな……まあ本当一瞬ですよね。
マスター 早いねえ。てかさ、私はヒメちゃんこそこっち側に来そうな気もしてたんだよ。
ジバさん こっち側?
マスター 家庭より自分ってタイプの。
ジバさん ああ。それは私もなんで。こっち側、ですね。
 
ジバさんはマスターが向いているのと同じ方向を見て、体の前に手で線を引く。(境界を作る)
 
マスター いやいやジバちゃんがそうってわけじゃないよ。
ジバさん 大丈夫です、慣れてますから。
マスター 慣れてるって。
ジバさん でもなんでそう思ったんですか?
マスター ヒメちゃん? いやだって折れないじゃん。
ジバさん まあ、そうですけど。
マスター 結婚とかするかなあって。
ジバさん はいはいはい。
マスター でもそうじゃないんだよね。
ジバさん 全然。学生の時から結婚結婚言ってましたよ。
マスター 意外。
ジバさん 一応言う相手は決めてたっぽいです。
マスター ジバちゃんには言ってたんだ。
ジバさん 何かね、その辺ルールがある感じなんですよ。
マスター あー、言われたら何かわかるな。
ジバさん だからマスター苦手とかやないと思いますよ。
マスター いやいや私は別にいいんだよ。
ジバさん 本当に私も学生の時からもっとアピっとくべきでした。やっぱ妥協なんですかね? 私こそ折れが足りんかったんかなあ。
マスター 何言ってんの。
ジバさん 気づいたら色んな所に時が刻まれて。
 
 ジバさんは自分の手首のしわをさする。
 
マスター じゃ手遅れになる前に処置したらいいんじゃない。
ジバさん ですよね。
マスター でもあれだね、とげ君はやっぱその辺合わなかったんだろうね。
ジバさん あると思います。
マスター 卒業後も長かったけど。それこそ、そういうキャラじゃないでしょ?
ジバさん お相手には事欠かなかったでしょうね。
マスター 事欠かないから焦らない。
ジバさん ああ……! 凄いんですよトゲっち。学生の頃に一緒に歩いてるだけで彼女さん? って言われたりして。
マスター 何かオーラがあるんだろうね。
ジバさん ですね。ヒメ子も付き合う前言われたって。同じこと言ってましたもん。
マスター へえ。
 
マスターは窓の外を一瞥する。
 
マスター 今日は遅いって?
ジバさん いや、とは聞いてないですよ。たぶんもう来ます。
マスター じゃいいけど。これじゃいつもと変わらないよな。
ジバさん いつもはお客さんいてるじゃないですか。
マスター いない時も多いじゃない最近。
ジバさん マスターが言っちゃ。
マスター いや減ったよだいぶ。
ジバさん まあ、ご新規さんが……。
 
マスターは黙ってジバさんを見て頷く。
ジバさんはつい本音を漏らしたことに気まずさを感じる。
 
ジバさん すみません。
マスター 違うの、本当もうその通り。よく見てるね。
ジバさん いやいや全然。なんとなく見てただけです。全然テキトーな(ことをすみません)。
マスター 年々の減りっぷりがね。
ジバさん そんなに?
マスター 常連もみんな平等に10年老けてんだもの。
ジバさん まあ……そうか。
マスター 若いってだけで嬉しいよ。
ジバさん もう一杯頼みます。
マスター いいよ、色々大変でしょ。みんなで使ってくれたらそれで。だからせめてちゃんと揃ってよって。ねえ?
ジバさん 来ますよ、今日は。大事な日なんやし。
マスター いえいえ。茶番を失礼しました。
ジバさん 後でもう一回やってもいいですよ。
マスター やらないよ。
ジバさん ダメなんですか?
マスター ダメです。
ジバさん はい。
マスター 今日はどう?
ジバさん 何がですか?
マスター 久しぶりだと緊張する?
ジバさん そうですねえ。
マスター 2年も空くとけっこう色々あるじゃない。
ジバさん あるっちゃありますね。
マスター でしょ。いつも2人が最初だったし。
ジバさん いや、トゲっちとは最近むしろ仲いいですよ。まあ、そっちはそうなんですけど。
マスター そっち?
ジバさん ちょっと変なこと聞きますよ。
マスター いいよ。
ジバさん マスターが人生で一番後悔してることって何ですか?
マスター ん? それは、その……ごめん、どういうこと?
ジバさん いやそのままです。後悔。
マスター 何、どうしたの。
ジバさん すみません、やっぱ無理あります。やめときます。
マスター 何か分かんないけど、ジバちゃんが後悔してるの?
ジバさん ……まだ分からないです。
マスター んー……私みたいなのに聞いてもしょうがないんじゃないかな。
ジバさん そんなことないです。
マスター そう? まあ私は、私はこないだ自転車盗られちゃった時は痛かったなあ。
ジバさん え。
マスター 鍵かけ忘れてたんだよ。
ジバさん 何やってるんですか。
マスター 本当にね。
ジバさん それ普段からかけてなかったんでしょ。
マスター ……ばれた?
ジバさん いや……。
マスター この年だからさ、ショックと恥ずかしさと……ね。
ジバさん ちゃんと戻ってきたんですか?
マスター あったよ。放置自転車のあれのとこに。
ジバさん あったんならよかったけど。
マスター いやまったく。
ジバさん ……ぐらいですか?
マスター だっていきなり言われてもそりゃ。
ジバさん まあ……。
 
ジバさんはそれ以上返す言葉がなく黙ってビールを口にする。
急にマスターが思いついたように言葉を発する。
 
マスター わかった。
ジバさん ん。
マスター 結婚?
ジバさん んん! (急いで口の中を空にして)違います。じゃないんです。
マスター ゴメン。こっちこそテキトーすぎた。
ジバさん いやすみません。なんかややこしくて。
マスター いやこっちが。
ジバさん けど……関係なくもないかも。
マスター そうなの?
ジバさん ……ちょっと気になる人いるんです。
マスター おお。
ジバさん けど。
マスター うん。
ジバさん 相手がいて。
 
マスターは無言で相槌を打つ。
 
ジバさん すみません、やっぱ無しにしときます。
マスター 喋りたいところだけ聞くよ。
ジバさん ……じゃあ、じゃあマスターならどうします?
マスター ……だよなあ。
ジバさん ごめんなさい、自分で何とかします。
マスター いや、ぱっと答えれなくてごめん。
ジバさん いや全然。話せただけでも。
マスター 私なんかで良ければ。でも初めてだよね。
ジバさん 何がですか?
マスター ジバちゃんの恋愛相談。
ジバさん 恋愛相談、ですか? これで?
マスター いやいや立派なもんだよ。
ジバさん 立派って。
マスター なるほどなあ。けどそうだな……まあ、世の中には相手がいたからなんだって人もいるよ。
ジバさん 強いですよね。
マスター クロさんわかる?
ジバさん ああ。ちょっとは。
マスター あの人ね、不倫相手と来たことあるんだよ。
ジバさん え。不倫? 
マスター うん。
ジバさん ここに?
マスター そう。
ジバさん 嘘。知らんかった。
マスター いやいや間抜けなんだよ。こんな町でも見てる人は見てんだから。
ジバさん いや間抜けっていうか……クロさんってそこそこいってましたよね。
マスター そうだよ。爺さんだよ。
ジバさん あの感じで……。
マスター でバレてさ。それで来なくなったの。
ジバさん ああー……。
マスター ま、世の中そんな人もいるよ。
 
マスターはわざとジバさんと目を合わせる。
 
ジバさん いやいやいや。
マスター 冗談だよ。ジバちゃんは不倫とかって人間じゃないもんな。
ジバさん 一応、まだ結婚はしてないみたいです。
マスター まだって……あ。え? それはどうなんだ?
ジバさん はい……。
マスター ……突撃する?
ジバさん いやそれは。
 
トゲっちが店に入ってくる。
 
トゲっち こんばんは。
ジバさん あ、これすみません。
マスター はいよ。
 
ジバさんはタンブラーをマスターに渡す。
 
マスター はい、いらっしゃい。
トゲっち ごぶさたしてます!
マスター 久しぶりだね。
 
返事をしてからマスターは先程のジョッキを洗いだす。
 
マスター まだ大丈夫?
トゲっち まだ? 何のことですか?
マスター 雨。
トゲっち ああ。今のとこは。
マスター おっけー、ありがとう。
トゲっち おつかれ。
ジバさん おつかれさま。
マスター トゲ君はどう? 元気?
トゲっち まあ何とかやってますね。
マスター 何とか? 若いのに。
トゲっち 全然ですよ。
マスター みんな年上前にして。
トゲっち (お腹周りを触りながら)いや本当そろそろ来てて。
マスター (顎をさすって)そっちよりは。
トゲっち え。マジですか?
マスター はい、何か飲みますか?
トゲっち お茶ください。
マスター お茶、はい。
ジバさん 飲まんの?
トゲっち みんな待とうかなって。
ジバさん じゃ私も一緒にします。
マスター はいよ。
 
トゲっちはカウンター席のジバさんの隣に座る。
 
ジバさん それムネオがよく言ってるやつ? 待ちたいって。
トゲっち いやあいつのはヘンテコな主義じゃね。
ジバさん 主義?
トゲっち 喉をおあずけさせるってやつ。
ジバさん ああ。
マスター あの子も変わったとこあるよね。
トゲっち ですよね。あとやっぱ少しでも。
 
トゲっちはまたお腹周りを触る。
 
マスター 一杯二杯じゃ変わらないでしょ。
トゲっち やり手のセールストークにはかからないっすよ。
マスター どこがだよ。こんな店で。
トゲっち またまた。その感じが上手いなあ。
マスター 何言ってんの。お茶でいいんだね。
トゲっち はい! お願いします。
ジバさん (一人つぶやいて)主義か?
 
お湯を沸かし始めるマスター。
トゲっちは店の中を見回す。
 
トゲっち まあ確かに変わらないっすね。
ジバさん トゲっち流石やね。私は久しぶりであんな喋れない。
トゲっち 昔から人と喋るのは得意かな。
ジバさん セールスマンの鏡。
トゲっち ならいいんだけど、成績と喋れるかってのがまた違うのよね。
ジバさん まあねえ。
マスター 一応ちょこちょこ変えてんのよ。
トゲっち そうなんですか? ジバさんは分かるの?
ジバさん うん。
トゲっち マジ? 全然わからん。カレンダー?
マスター それは変わるってか、そういうものでしょ。
ジバさん しかもイラスト同じのずっと使ってますよね。
トゲっち じゃあ何も変わってないですよ、不変。
マスター と思うよね。
ジバさん ねー。
トゲっち ええ、マジで?
 
トゲっちは立ち上がって歩き回りながらカウンター席の自由帳を見る。
 
マスター それも変わってないよ。
ジバさん 書く人いないですもんね。
マスター 来る客が同じだから。
ジバさん (トゲっちの真似をして)不変。
トゲっち この傘も前ありましたよね、貸し出し用?
マスター あ! それ、じゅんちゃんの!
トゲっち え! ……言われてみれば。
 
そう言いつつ傘を手に取るトゲっち。
 
トゲっち 前も雨でしたね。
ジバさん トゲっち覚えといて。
トゲっち うん。来たら持って帰らそう。
マスター ありがとね。
ジバさん&トゲっち いえいえ。
マスター 図書館の本忘れてったことあったよ。
トゲっち すぐにもの置くんですよ。
ジバさん 置くってかもう撒いてる。
トゲっち それ。そのうち何かはえだすんじゃね?
ジバさん こうして新しい森が生まれるのだ。
トゲっち 会長森。
マスター 忘れられた側は忘れられないんだよねえ。
ジバさん (トゲっちに)とりあえず上着脱いだら?
トゲっち 忘れてた。
 
ジバさんがトゲっちの上着を預かり、ウォールハンガーの取っ手を引き出して服を掛ける。
 
トゲっち ごめん、ありがと……ああ⁈
マスター 面白いでしょ。
トゲっち これか!
マスター これなら使わないシーズンは邪魔にならないんだよ。
トゲっち へー。
マスター 後付けできるって言うんで。
トゲっち すごい。いいっすね、これ。
マスター 後、でかいとこだと換気扇。
 
トゲっちは天井近くの換気扇を見る。
 
トゲっち 換気扇?
マスター 新しくしたの。
トゲっち いや、それはずるいっすよ。分かるわけない。
マスター これがけっこう大変だったんだよ。
トゲっち そりゃそうでしょうけど。
 
トゲっちはそう言って換気扇をもう一度見る。マスターはコンロの火を止める。ティーカップとティーパックを用意してお湯を注いでゆく。
 
ジバさん 値段抑えるのにめちゃ苦労したんですよね。
マスター そうそう。
トゲっち ……壁の色変わってます?
マスター 正解! 壁紙も全部貼り替えたよ。
トゲっち でも前とおんなじ色?
マスター あんま変に変えれないんだよね。
ジバさん 地元の人頼みだから。
マスター そう、変わりすぎたら離れちゃうから。
ジバさん おじいちゃんとか。
トゲっち 色々事情があるんですね。
ジバさん ……盛り下がるなあ。
マスター 言わないでよ。
トゲっち ジバさん、相変わらずひどい。
ジバさん 私も変わってないから、不変。
トゲっち 不変。
マスター はいお待たせしました、どうぞ。1分くらいしたらパック出してね。
 
マスターがお茶を2人に出す。
 
トゲっち ありがとうございます。
ジバさん どうも。
トゲっち ジバさんさ、先にどこ持ってきたか聞いていい?
ジバさん あ、うん。笠置。
トゲっち カサギ? どこそれ?
ジバさん 京都の南の方。
トゲっち 知らない。どんなとこ?
ジバさん まあ普通は普通なんやけど、そのうち無くなるかもって言われてて。
トゲっち へー、アリだね、あるうちに行っとくの。
マスター ごめん。ちょっと空けていい?
トゲっち 大丈夫ですよ。
ジバさん あ。
マスター まだかかるでしょ、みんな来るのに。
トゲっち いや、すいません。いつもこんなので
マスター いやいやこっちこそごめん、屋上片すの忘れてた。何かあったら呼んで。
トゲっち 手伝いますよ。
マスター 大丈夫大丈夫。一旦ゆっくりしなよ。
トゲっち すいません、じゃあ……ありがとうございます。
 
マスターはジバさんに呼びかける。
 
マスター まずはみんなと喋りな。そのほうがいいよ。
ジバさん ですかね……。
マスター ごめんね。
 
マスターは部屋から出てゆく。

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