台本を公開しながら更新して完成させてみる~『ありの一決』という台本③~

『ありの一決』          作 湊游

[登場人物]
トゲっち(刺 倫太郎:トゲ リンタロウ)
ジバさん(治場 環菜:ジバ カンナ)
ムネオ(赤棟 薫:アカムネ カオル)
ナベ(鍋蓋 遼:ナベブタ リョウ)
ヒメ子(家姫美智子:イエヒメ ミチコ)
仙人(網目奏:アミメ カナデ)
会長(葉切潤:ハキリ ジュン)
マスター

キャンプ場にあるコテージを模したような空間。キャン潤プ好きが高じたマスターが経営している飲食店が舞台。雰囲気は内装だけで実際は街中にある。ただし、都会というほどではなくいわゆる郊外と呼べるような地域に存在する。
表通りに面した側に、入り口の扉と窓に面したカウンター席がある。カウンター席の端側にはノートが一冊あり、来店者が好きなことを書ける自由帳として使われている。店の真ん中には巨大なテーブルがあり、さらに店の奥側にもカウンター席がある。そのカウンターの開口部を挟んでキッチン。そしてトイレに続くドアと、店のある小さなビルの2階以上に向かう階段へ続くドアがある。壁にウォールハンガーがあるが、これは最近になって仕様を新しくしたもの。


 
少ししてジバさんとヒメ子が入ってくる。
 
ヒメ子 全然違ってた。こっちか。
ジバさん 直らんな。
ヒメ子 直そうと思ってないし。
ジバさん ですよね。
 
ジバさん、ヒメ子の順で傘を傘立てにしまう。
ヒメ子はすでに置いてある会長の傘に目をやる。
 
ヒメ子 アタシには環菜(かんな)いるから。
ジバさん 目の前にいる時だけ言うなし。
ヒメ子 ばれた?
ジバさん 余裕でばれてる。
 
ジバさんは3人の姿が見えず一瞬戸惑う。
 
ヒメ子 みんな屋上行ってるって。
 
ヒメ子はスマホを取り出しながら上着を脱いでいる。
 
ジバさん 屋上? あ、今日干してたな。
ヒメ子 あのお茶用の草?
ジバさん 草って。
ヒメ子 草じゃん。
ジバさん いやそうやけど。ヒメ子やなあ。
ヒメ子 語彙力無いから。てか、あれしらない? あれ、服かけるやつ。
ジバさん おっさんやん。
ヒメ子 いやマジおじさん。どんどんおじさんになってる。
ジバさん 辛い。
ヒメ子 環菜もすぐこうなるから。
ジバさん おばさんじゃなくて?
ヒメ子 あー……どっちかな。おばさんっぽさは前からあるしな。
ジバさん サラッと酷くない。
ヒメ子 いやよく知ってるでしょ。
ジバさん 知ってる。
ヒメ子 てかどこ?
 
ヒメ子は上着を持ちながらさまよっている。
 
ジバさん あ、貸してそれ。
 
ジバさんはヒメ子の上着をウォールハンガーにひっかける。
 
ヒメ子 うわ。ちょっと進化してる!
ジバさん 他にもあるよ。
ヒメ子 ……植物?
ジバさん あってるけど、それは種類変わっただけ。枯れたから。
ヒメ子 枯れたのあれ、アカシアだっけ。
ジバさん ディスキディアな。
ヒメ子 「ア」しかあってねえ。えー何?
ジバさん ヒント、壁。
ヒメ子 壁? ええ?
 
ヒメ子は辺りの壁それぞれに目をやるが、めぼしいものは見つからない。
 
ヒメ子 全然わからん。メニュー?
ジバさん ノー。
ヒメ子 ギブ。
ジバさん 壁紙です。
ヒメ子 え? ああー……ああ?
 
ヒメ子は壁紙に顔を近づけて目を凝らす。
 
ヒメ子 いやこれはわかんないって。だって色変わってないじゃん。てかホントに変わってる?
ジバさん 変わってるよ。
ヒメ子 やるならもっと大胆にやりゃいのに。
ジバさん 言いました。
ヒメ子 言うよね。みんな言うと思う。てかマスター手伝わなくていいの?
ジバさん いいでしょ。3人いるし。
ヒメ子 ですよね!
ジバさん 絶対手伝う気ないやん。
ヒメ子 あるよ、やらないだけ。
ジバさん 自信持って言う?
ヒメ子 自信を持ってやらんと言うのだ。
ジバさん どういうこと。
ヒメ子 てか遅いね。結構大変なの?
ジバさん たぶんいつものハーブ以外もたくさん干してるから今日。まな板とかタオルとか。
ヒメ子 まあ雨ばっかりだったもんね。
ジバさん せめて夜までもってほしかったけど。
ヒメ子 まあ最初からあの3人いても疲れるし。ゆーーーっくり戻ってきてほしい。時間かけて。
ジバさん それな。実際うるさいから出てきた感ある。
ヒメ子 流石ジバさん。
 
ジバさんは急に笑いを堪えて顔に手を当てる。
 
ヒメ子 え、怖。
ジバさん いや、そりゃそうよなって。
ヒメ子 何?
ジバさん 久しぶりに皆いるなって思ってさ。そりゃあの3人ならトゲっち。
ヒメ子 急に当てつけ?
ジバさん 違うよ。逆に学生の時はどうだったの? あの時も消去法?
ヒメ子 消去法って言うな。
ジバさん ごめんリベンジ。
ヒメ子 許す。環菜だから許す。
ジバさん あざす。
ヒメ子 まあ最初は……なんか他より綺麗だったし。
ジバさん わかる。十代とかがんばってもやっぱおぼこいやん? けどトゲっちは何かちゃんと落ち着いてたもん。
ヒメ子 それ、整ってた。
ジバさん さっきの話聞いてたら余計別れなくても良かったんじゃって思う。
 
ヒメ子は自分の口の前に指で×を作る。それから奥側のドアの方を見る
 
ジバさん え?
ヒメ子 あたしはいいけど。一応、今日いるし。
ジバさん ……わかった、今度にする。
ヒメ子 そうして。
ジバさん トゲっち結婚するんやって。
ヒメ子 よかったじゃん。やっと落ち着いたね。
ジバさん 相手には苦労しなさそうやねんけどね。
ヒメ子 それさ……いや、ちょい待ち。
 
店の奥側からナベ、ムネオが出てくる。
 
ナベ ちょっとボヤ事件のこと思い出してました。
ムネオ オレも。
ナベ あの時も最初「大丈夫大丈夫」って、全然大丈夫じゃないんですよ。
ムネオ それな。
 
2人が入ってくるのを見て小声で話すジバさんとヒメ子。 
 
ジバさん 勘えぐ。
ヒメ子 こういうのあたしマジですごいから。
ジバさん うんうん。
 
入ってくる2人を黙って見るジバさんとヒメ子。
 
ナベ ヒメさん‼ おつかれさまです! ご無沙汰してます。
ムネオ おー久しぶり。
ヒメ子 こんばんはー。
 
少し遅れてトゲっちとマスター出てくる。
 
マスター 何とかなるかと思ったんだけど。
トゲっち 前も同じようなこと言ってましたよ。
マスター 気をつけます。いや本当ありがとう。ちょっとあったかいの何か出そうかな……あ! いらっしゃい!
ヒメ子 ご無沙汰です。
トゲっち おつかれー。
ナベ さおりちゃん元気ですか?
ヒメ子 元気すぎ。朝から晩までずっと何か喋ってる。
ナベ うわー! それ超可愛いですねー!
 
マスターは皆を横目にキッチン側で作業をしている。
 
トゲっち 今日料理するんですか?
ナベ まさかの復活?
マスター まさか。
 
 マスターはインスタント料理のパッケージを見せる。
 
ナベ えー……。
マスター さおりちゃん2歳だっけ?
ヒメ子 はい。来月で。もうあと2週間。
マスター 一番かわいい頃だね。イヤイヤ多くて大変でしょ?
ヒメ子 大変です! マジで大変! イヤイヤっていうか、世界に好きか嫌いしかない感じなんですよ。そこにルールを1つずつ教えてくっていうか。
ナベ お母さんっすねえ。
ヒメ子 代わってみる?
ナベ いやいやそこは旦那さんの、ね! 荷が重いですよ、僕なんかじゃ。
ムネオ やったらいいんじゃね。色々鍛えられるって。
ジバさん ムネオこそやってみたら?
ムネオ 俺? 俺はいつでもやる気満々。
ジバさん やる気でなんとかなるもん?
ヒメ子 全然。あれやればこれが解決する、じゃないから。
ジバさん だってさ。
ムネオ 大丈夫。俺ならできると信じてる。
トゲっち けどあれだな、参加できるようなキャンプ考えなきゃ。
ヒメ子 あたしは行けたら行くでいいよ。正直当日になってみなきゃわかんないし。
トゲっち いやいやせっかく今日来てくれたんだし。
ヒメ子 ありがと。けど急に熱出したりとかあるから。
ジバさん そっかー。
ナベ ムネさんのとか絶対無理でしょ。どこ持ってきたんですか?
ムネオ 最初から決めつけんなよ。
ナベ じゃどこなんですか?
ムネオ 勝浦。
ナベ 近! てか海じゃないですか。何で?
ムネオ たまにはいいだろ。
ナベ いやいやおかしいでしょ。さっきまでの話し合い覚えてます? ねえトゲさん。
トゲっち お前急に日和ったな。
ムネオ そんなことないよ。それに最初から誰か参加できない前提はおかしいだろ。
ナベ いやそれはそうですけど、ヒメさんは来れるか来れないかわからないんですよ。
ヒメ子 うん、あたしはどっちでもいいよ。
ムネオ だと言って可能性ゼロにするのは違うじゃん。
 
マスターがピーナッツなどが入った皿を持ってくる。
 
マスター はいはい。頭使うんならナッツがいいよ。
トゲっち ありがとうございます。
ジバさん つまみだけ……。
ナベ 逆ですよね、順番
マスター 出すよ出すよ。
ムネオ お前も手伝って来いよ。
ナベ いや話しあう空気だから座ってるんですよ。
マスター お待たせしました。ね、せっかく集まったんだし。
トゲっち こちらがですよ。全員じゃないけど、すみませんとりあえず始めます。
 
マスターはオーダーメモとペンを手にする。
 
マスター もちろんミーティングも大事だけどね。男子3人と、ジバちゃんもビール?
ジバさん あ、はい。
マスター ヒメちゃんはアルコールはまだ?
ヒメ子 一応。ちょっとはいいらしいんですけど、抑えときます。何あるかわかんないし。
マスター 偉い! とりあえずお茶作るね。店で一番おススメの出すから。
ヒメ子 ハーブティーですね。
マスター そう! ハーブティーなんだよ本当は。みんなお茶お茶言うけどさ、メニューにもちゃんと書いてるんだよ。
 
マスターはそう言いながらキッチン側に向かう。
 
ジバさん さっき草って。
ヒメ子 え、良く聞こえなーい。
ナベ けどヒメさん変わらずオシャレじゃないですか。
トゲっち ナベ、それ。
ムネオ 思っとけ。お前は。
ナベ ええー。もうわかんないっすよ。
ヒメ子 いいよ。言ってくれるの嬉しい。何気に頑張ってるから。
ナベ 本当ですか?
ヒメ子 うん。ナベだったらまあ許せる。お前らは思っとけってなる。
 
ヒメ子はムネオとトゲっちを見て言う。
ナベも2人を見て得意げな表情をする。
 
ムネオ してたじゃん! そうしてたじゃん。(ナベに)お前そのどや顔やめろよ。
トゲっち まあまあ。この煽ってくる感じ懐かしいわ。
ムネオ いらねー。
ヒメ子 2人もそのまま2人って感じ。
ムネオ そうか?
ヒメ子 うん。見た目はちゃんとおじさんになってるけど。
ムネオ だよなあ。最近白髪が超増えてさ。
ジバさん そんな気にするほどじゃないよ。
ムネオ 本当? 言ってくれるとちょっと安心する。いやさ、自分でも昔とちっとも変われてない所多くて。けど見た目ばっか老けてくの大丈夫かって、やっぱ思うわけよ。
トゲっち ……ってどういうこと?
ヒメ子 内面の話?
ムネオ そう。
ヒメ子 自覚あるんだ。
ムネオ 手厳しいなあ。
ナベ ヒメさんもっと言ってやってください。
ヒメ子 もちろんナベも。
ナベ ……はい。
ジバさん 大丈夫でしょ。洗脳されて連絡とれんくらいになるよりさ。
ムネオ おたけと比べんなよ。
 
マスターが飲み物をテーブルに持ってくる。
 
マスター はいまずビールね。
 
トゲっち、ムネオ、ナベ、ジバさん各々に受け取る。
そしてポット付きのティーセットを持ってくる。 
 
マスター お待たせしましたハーブティーです。今日のはレモンバームです。
ヒメ子 ありがとうございます。
 
マスターがヒメ子の席にティーセットを置く。
 
マスター ちなみにさっきのはブレンド。
トゲっち 何か違うんですか?
マスター ストックがあるからすぐ出せる。
トゲっち そういうことじゃないっすよ。
マスター ヒメちゃんのは上から持ってきたやつ。新品だよ。
ヒメ子 ああ。わざわざどうも。
マスター いえいえ。久しぶりだからゆっくりしてってね。
ヒメ子 はーい。
ムネオ じゃ会長まだだけど、とりあえず始めますか。
ジバさん そうしようか。
ムネオ 乾杯は?
ジバさん トゲっちお願い。
トゲっち 了解しました。
ナベ こういう時の副会長!
ムネオ 名ばかり!
トゲっち おい! こういう時だけ手を組むなよ。
ジバさん 泡消えてまーす。
トゲっち はい! じゃあまだみんな揃いきってないけど、まずは2年ぶりに集まれたってことで乾杯!
全員 乾杯!
 
各々、自分たちの飲み物を口にする。
 
ムネオ あー……アルコールが染みる。
ナベ 絶対変ですよね? ムネさんの。
ムネオ 変じゃないよ。
ナベ アルコールが染みるって何かの試験紙ですか。
ジバさん リトマス紙的な。
ナベ そうそう。
ヒメ子 青から赤に変わる。
トゲっち 酔っぱらって。
ムネオ やめろ! 集中攻撃は。
トゲっち まあでも実際ムネオが一番健康的じゃね? 俺も気にするけど、気にするで終わっちゃうんだよな。
ジバさん ちゃんと行動するの偉いよね。
ムネオ え、ありがとう……何でニヤニヤしてるんだよ。(ヒメ子に)
ヒメ子 わかりやすい。
ムネオ いいじゃんかよ。
ナベ わかりやすい試験紙、高品質。
 
ムネオはナベを睨む。マスターがカップを人数分運んでくる。
 
マスター はいスープです。インスタントだけど。
ムネオ&ナベ ありがとうございます。
トゲっち 全然いいっすよインスタント。
ヒメ子 キャンプっぽいよね。
トゲっち そうそう。
ナベ けっこういい匂いですね。ただのインスタントですか?
マスター 実はプラスしてバジルを使ってる。
ムネオ あ。さっき言ってた畑の?
マスター そう、干すの。これは去年の残りだけど。
ヒメ子 畑? 食材用ってことですか?
マスター ちょっとね。いつかは全部自給したいけど。
ムネオ その時は畑もマスターがやるんですよね。
マスター いやいや全部は厳しいよ一人じゃ。
トゲっち ジバさんやったら。
ナベ 確かに。いいじんゃないすか? マスターがやる気になって料理復活するかも。
トゲっち うん、いいじゃんその流れ。
ジバさん わりと……アリかも。
ムネオ おー。マジで?
マスター まあ色々上手くいったらね。けど畑もいいよ。キャンプとはまた違って。
ジバさん 会長も呼んでいいですか?
マスター もちろん。
トゲっち みんなでこの感じ。何かやっぱいいな。
 
トゲっちは店を見渡しながらスープを飲む。
 
ムネオ 思い出すな。
ナベ 秋の朝とか、超いいんすよね。
ジバさん うん、いい。あと朝といえばカッコウ。
ヒメ子 あのクソ鳥か。
ムネオ 口悪いな。母親だろ。
ヒメ子 今日はいいの。
ナベ あれそんなうるさかったんですか? よく言ってますけど。
ジバさん なんかさ、いっぺん追い払ったのよ。なのに戻ってきてさ。
ムネオ 誰か求愛されてたんじゃねえの?
ジバさん そりゃヒメ子でしょ。
ヒメ子 うるさいのはいらん。
ジバさん 焼鳥にして食ったるって、いまだに面白い。
ヒメ子 そんなに面白い?
ジバさん うん、私はめっちゃ。で、一連全部終わっても会長爆睡してんの。
ナベ 超想像できます、あの人。
ヒメ子 潤(じゅん)本当どっしりしてるよね。
トゲっち どっしりっていうかどっかり?
ムネオ だよな、絶対時間守らんし。
ジバさん あれはあれで繊細なとこもあるんやけどね。
ナベ あー。
マスター カッコウはね、托卵するんだよ。
ナベ タクラン?
マスター よその鳥の卵を自分の卵とすり替えて育てさせるの。
ナベ え。
トゲっち マジすか? そんなんわかるんじゃ。
マスター 鳥はわからないみたいなんだよね。すごいよ、自分より大きなヒナを育て続けちゃうんだから。
ムネオ また生々しい鳥だな……。
ジバさん そんなんが求愛か。
ヒメ子 いらねー。
マスター あ、ムネ君ごめん。お代わりいる?
ジバさん すみません私も。
 
 マスターがムネオとジバさん2人分のタンブラーを持っていく。
 
ナベ トゲさん今日は落ち着いてますね。
トゲっち そうか?
ムネオ 酒部はここ3人だったなあ。
ジバさん 会長も割と飲んでたけど。
ムネオ 会長は酔っても全然変わらんから。
ナベ 怖いっすよね逆に。
ヒメ子 わかる。ずっとなんか火見てチビチビ飲んでんの。
ナベ 山に放っちゃダメな感じ。
ムネオ お前ほんとに。
ナベ 大丈夫っすよ、網目先輩がちゃんと監視してましたもん。
ジバさん 山の仙人がね。
ナベ 降りてきた山仙人が。
ムネオ 仙人も今日来るんだよな。
ジバさん うん。
 
トゲっちがスマホを見る。
 
トゲっち 連絡とかはないな。
 
マスターがジバさんとムネオにタンブラーを渡す。
 
マスター はいどうぞ。
ナベ あ、タイミング悪くてすみません。僕もお代わり。
マスター はいよ。
 
マスターは折り返してキッチン側に向かう。
 
トゲっち まあ学生でしか許されんノリあったな。
ヒメ子 許されるってか通じない、でしょ。
トゲっち そっちか。
ムネオ バカだったなマジで。
ヒメ子 環菜が踊りだしたら来たなって感じ。
ナベ この人はもちろんリトマス。
 
ナベがムネオを指さす。指してすぐにガードの姿勢。
ムネオは相手にしない。
 
ナベ あれ?
ムネオ 何でも相手すると思うな。
 
 マスターがナベにタンブラーを渡す。
 
マスター はいお待ちどう。
ナベ ありがとうございます!
ヒメ子 あたしは顔の色とかより、ガサガサかなあ。
ジバさん ガサガサ?
トゲっち 熊。
ジバさん ああ。
ムネオ お前ら熊なめんなって。
ナベ 全然熊じゃなかったでしょ。
ジバさん じゃないってか結局何かわからんかったよね?
トゲっち そうそう。
ヒメ子 その後のムネオがさ。
ムネオ 本当にビビったのよ。
ナベ 「ひゃい」って言ってましたもんね。
ムネオ やめろ。
ジバさん まあ、あの笛だっけ? で実際警備してるんでしょ。
トゲっち じゃあかいくぐってきたわけ? あのガサガサは。
ムネオ ヒグマはシャレにならん。
ナベ ああ。そうかあれちょうど北海道でしたね。
マスター 昔ね。
ナベ うわビックリした。
 
マスターが話に入ってくる。
 
マスター ごめんごめん。いや昔ね、北海道で大学の登山部の子たちが熊に襲われる事件があったんだよ。
ヒメ子 マジですか?
ムネオ まああれはワンゲル部だからもっと山の中だけど。
マスター そうだね。
ヒメ子 え、どうなったの?
マスター 3人。亡くなってる。
ヒメ子 ええー……。
マスター もう50年くらい前だからね。
トゲっち 実は、俺もあの時内心ビビってた。
ナベ 結局あの晩はお開きにしましたもんね。
トゲっち うん。
ジバさん 会長と仙人だけが最後まで冷静だったけど。
トゲっち 会長は冷静ってかただのんびりしてた気がするけどな。
ヒメ子 うん。
ムネオ 会長は元気なの?
トゲっち 完全に元気ってのはないけど、来れるかもって。だから今日。
ムネオ そっか。
ヒメ子 来れそうなの?
ジバさん ……ちょっと微妙なってきたかな。会長も遅れるって連絡がない。
ムネオ まあいつも連絡なく遅刻してたけどな。
ヒメ子 気にしてんの?
ムネオ いや。さっきおたけの名前が出たし。
ジバさん おたけ?
ムネオ あいつも卒業して会わなくなってからああなったじゃん。
トゲっち 元気になったと思ったらなあ。
ナベ ありましたね。今は生きてるんですかね?
ジバさん わからん。連絡手段ないし。
ヒメ子 あってもちょっと取りたいと思えない。
ナベ 僕やばかったっすよ。一時期超誘われましたもん。
トゲっち 同期だもんな。
ムネオ お前隙ありそうだし。
ナベ ちょっと否定できないっす。還元水って知ってます?
トゲっち いや。
ムネオ でも大体想像つくな。
ヒメ子 水素水的な?
ナベ そんな感じです。
ヒメ子 あーね。
ナベ 一回あれで十万取られかけたことあって。
ムネオ 十万⁈
トゲっち マジ?
ナベ はい。やっぱ人に言われるまで気づかないんですよね。
ジバさん だよね。
ナベ ジバさんもそう言うのあるんですか?
ジバさん 無いけど。騙される自信はある。
ムネオ どういうこと。
ナベ 人ごとじゃないんすよ。ムネさんもこっち側ですよね。
ジバさん うん。
ナベ 騙すより騙される側。
ムネオ え、どういうこと? 何かわかるようになるの? 他の皆は?
ナベ そうですね……。ヒメさんはたぶん大丈夫です。
ヒメ子 おー。やった。
ナベ けっこうこういう時は女性の方がしっかりしますよね。
トゲっち 経験者は語る。
ジバさん でも主婦とか小さい子連れてる母親は狙われるらしい。
ヒメ子 おい。
ナベ あと意外と会長もそういうのは大丈夫なんですよ。
ムネオ あんなのんびりした感じで?
ジバさん せっかちな方がたぶん危ない。
ナベ やっぱりね、騙すより騙される方が悪いっていうか。
 
 ナベはテレビの再現VTRのモノマネをする。
 
ムネオ いらねーから。
ナベ すみません、ちょっとやってみたくなって。後、トゲさんがちょっとわからないんすよね。
トゲっち 俺?
ナベ 騙されもしそうだけど、それ以上に騙す側にもなってそう。
トゲっち お前、それ何気に酷いな。
ヒメ子 わかる。マジでそれあり得る。
トゲっち おい。
ナベ さすが元カノ。
トゲっち ずるいよいきなりそこ出てくるの。
ヒメ子 いいじゃんもう時効でしょ。
ムネオ だな、めでたく2人とも既婚者ってわけで。
マスター え。とげ君結婚するの?
トゲっち はい。
マスター おー! おめでとう! 式はいつ?
トゲっち やっぱ6月にって。
ヒメ子 マスターすみません、お手洗い借ります。
マスター はいどうぞ。まだ電気ついてないかも、ごめんよ。
ヒメ子 ありがとうございます。
 
ヒメ子は席を立ってトイレに向かう。
ナベがそれを見た後、ジバさんに目配せをする。
 
ジバさん (ナベに)何?
ナベ あ、いや大丈夫です。
ジバさん いいの?
ナベ はい。
マスター いいねえ、6月ってやっぱあこがれるね。
ジバさん それ本心で言ってます?
マスター 当たり前だよ。私もまだまだ現役バリバリだよ。お相手募集中。
ナベ 経営者ですしね。
ムネオ 一国一城だな。
マスター じ、じえいぎょう。
トゲっち いやいやお店10年続いてるのはすごいですよ。
マスター 本当に? 
ムネオ そうですよ。飲食店って5年で8割消えるらしいじゃないですか。
マスター まあねえ。
ムネオ 収入は不安定でも出るもんはきっちり出ていく訳でしょ? 賃料とか。
ジバさん ほんま何でも知ってるなあ。
ムネオ 日本人はお金のこと学ばなさすぎなんだよ。
マスター 本当にねえ。本当に最初知らないことだらけだったから。
ナベ 僕は新卒の時に思いました。
トゲっち だから変動しやすい収入をいかに固定化させるかでしょ?
マスター うんうん。
ジバさん ほんじゃ10年ずっと来るお客さんがいるってすごいんや。
ムネオ そうそうそう。でも、すみませんマスター、お客さん減ってるってさっき。
ナベ はい。貴重な店休日を。
マスター 心配ご無用だよ。むしろこっちだってさ、こうやって来てくれるし。みんなだったら安心だから。今日なんて半分休みみたいなもんだよ。
トゲっち 今年は集まれて良かったです。
マスター うん。私もだ。
ムネオ なんでここはね。
 
ムネオは残ってたビールを一気に飲む。
 
ムネオ マスターまたお代わりすみません。
マスター はいよ。
ナベ ムネさんリトマス紙ですよ。
ムネオ いいよリトマス上等だ。
ナベ じゃあ僕も。城主にビール継いでもらえて光栄です!
 
ナベは残ってたビールを一気に飲み干す。
 
トゲっち お前も大丈夫かよ。
ジバさん 私も。
トゲっち すみません、俺もお願いします。
マスター はーい。
 
マスターは4人のタンブラーを持っていく。
 
ムネオ やっぱヒメ子NGだったか。
ナベ ですねえ。
ムネオ あいつはやっぱ変わらないよな。
ナベ ある意味ぶれないですね。
ムネオ でももう親、なんだなあ。
ジバさん あれでもけっこう変わったけどね。
ムネオ そう?
ジバさん うん。
ナベ トゲさんから見たらどうなんですか?
トゲっち 絶対振ってくると思った。
ナベ はい。これは敢えてですから。すみません、一瞬だけトゲさんから拒否権を奪います。
トゲっち どういう宣言。
ナベ ご回答願います。
トゲっち どうもこうもねえよ。
ナベ いやそんな答えづらいのは大丈夫なんで。
トゲっち 答えづらいってか、そういうことじゃなくね? お前らが知っている以上は何もねえよ。
ジバさん 粘るやん。
ムネオ ナベ、無理無理。トゲっちはこんな所では隙出さねえ。
ナベ そうなんすよトゲさん守り上手でもあるんすよね。
トゲっち ナベには負けるかな。
ナベ 僕?
トゲっち うん、だいたいナベから誰かの変な噂流れてきたこと無いし。
ジバさん ホンマに?
ムネオ マジか? いやけど確かに……。
 
ヒメ子がトイレのドアを開ける音がする。
 
ナベ ああ、時間切れか。
ムネオ (ナベに)のせられたな。
トゲっち 出直してこい。
ナベ ちくしょー。
 
ヒメ子がゆっくり戻ってくる。
 
ムネオ 俺もトイレ借りようかな。
ジバさん マスターすみません。トイレ借ります。
マスター はーい。
 
ジバさんは席を立ってすたすたとトイレに向かう。
 
ムネオ またあけすけな。
トゲっち それがジバさん。
ジバさん 家から連絡とかないの?
ヒメ子 あるけど、今のとこ大丈夫。
ジバさん 頼りになるなあ。
ヒメ子 いや、実家行かせてるだけ。
ジバさん あーね。クイーンに任せるわけや。
ヒメ子 クイーン言うな。
 
ジバさんがトイレの方に入っていく。
ヒメ子は元の席につく。
 
ナベ でも結局ジバさんが一番うちの柱ですよねえ。
トゲっち いなかったらうちは潰れてんな。
ムネオ うん。
トゲっち 会計の仕事、誰か手伝ったことある?
ナベ ないっす。
ヒメ子 ない。
ムネオ オレもない。
トゲっち だろ? 最近たまたまやり方聞くようになってさ。よくずっとやってくれてたなあって。
ムネオ ジバさんの一人立候補だったもんな。
トゲっち そう。ジバさんが会計やってくれるって言うから結局団体登録できたわけ。
ナベ それで部室が。
トゲっち そういうこと。結局今は似たようなこと自分もやってるけど。
ナベ え、何でですか?
トゲっち 営業職は実質計算職だぜ。
ナベ マジすか。
トゲっち しかも見かけをごまかすための計算。
ナベ トゲさんやっぱり。
トゲっち ナベの言ってることあってたな。
ムネオ 店舗やってるうちも同じかも。
トゲっち だよなあ。
ムネオ こんなに数字ばっか追いかけるとは。
トゲっち 大事なのはわかるけど。
ムネオ うん。
ナベ ちょっと。だんだん仕事の話になってますよ。しかも飛びきり夢のない。
ムネオ やべえ。オレから出ていけネガティブ!
ヒメ子 見ないふりしても現実。
ムネオ やめろ! 咳をしても一人みたいに言うな!
ナベ でもそれこそ大学の時こそ形だけで良かったんすよね? あれ。
ヒメ子 そういう所やりきるのが環菜だから。
ムネオ 真面目って自分で言うだけのことあるよな。
ヒメ子 責任感というか。
トゲっち 自分の世界持ってるからじゃね?
ヒメ子 どういう意味?
トゲっち いやそのまま。
ナベ ジバさんワールド?
ムネオ 分かるような分からんような……。
ナベ まあ、ジバさんしかやらなさそうなこと多いですよね。
トゲっち ああ、そうそう。
ヒメ子 んー、しかっていうより気づいたら一人でススッてやってるからじゃない? 環菜は。
ナベ あー。ムネさんと似てるようで違いますよね。
トゲっち なるほど。
ムネオ オレは周りの目が欲しい。
トゲっち サボらないように?
ムネオ いえす! 後誰かから見てもらった方がさ、何かしら評価もらえるじゃん。
ヒメ子 いやいやめんどい、無視無視。
トゲっち 言わなくても。
ムネオ ヒメ子さん、たまにはお慈悲を。
ナベ あれなんすかね、つまりワールドが狭いってことなんですかね?
 
ナベ以外は意味が分からず反応に困る。
 
ナベ あら……。
ヒメ子 ちょっと何言ってるのか(わかんない)。
トゲっち うん。
ナベ その、だから、ジバさんの世界はあるんですけど、これくらいなんですよ。
 
ナベは自分の周りに円を手で描く。
 
ナベ 半径2mくらいとかの。そこだけがジバさんの世界なんで、当然ジバさんが移動すると世界も一緒に移動してるっていう、半径2mだから、基本一人行動。
トゲっち (ムネオに)おい、お前何とかしろよ。
ムネオ できるか。
ナベ すんません、ちょっとこの話、無しで。
ヒメ子 いや無理でしょ。
ムネオ 半径2mってワールドっていうかもはやフィールド。
ナベ あ、ムネさん。そう言うことっす。ナイスフォロー!
ムネオ いや続けないから。
マスター はい、どうぞ。
トゲっち あ、すみません。
 
マスターが4人分のビールを持ってくる。
 
ムネオ&ナベ ありがとうございます。
マスター ヒメちゃんはまだ大丈夫かい?
ヒメ子 大丈夫ですー。
マスター 何かあったら言ってね。暑いとか寒いとか。
ヒメ子 はーい。
 
ジバさんが席に戻ってくる。
 
ジバさん あ、マスターありがとうございます。何か行先とか決まった?
ムネオ いや、他の話してた。
トゲっち ジバさんの欠席裁判。
ジバさん なぬ。
ムネオ 違う違う。
ナベ してませんよ。ジバさんじゃ欠席裁判が成立しませんから。
ジバさん (意味が分からず)はい?
ナベ ちなみにヒメさんどこなんですか?
ヒメ子 ん、何のこと?
ナベ 候補。
ヒメ子 あ、それそれ。ウインドフィールドって知ってる?
ムネオ え、それうちの会社のやつ。
ジバさん そうなん?
トゲっち マジ? スゲーな。
ヒメ子 えー、ムネオの会社のだったの? やめよっかな。
ムネオ なんでやねん!
ジバさん ムネオそうじゃないんよ。
ムネオ 何?
ジバさん 発音。
ムネオ どうでもいいよ!
ナベ ヒメさん北海道どうすか?
ヒメ子 北海道は流石に遠い。
ナベ ダメかー。
ヒメ子 いやファミリー向けとベテラン向けの両方におススメみたいで。
ムネオ そう。あってるよ。
トゲっち お、超いいじゃん。
ムネオ ただ予約がなあ……。サイトの数スゲー絞ってるから。
ジバさん はいはいはい。
ナベ それムネさんの力で何とかできないんすか? ちょちょっと。
ムネオ できるか。問題になるだろ。
トゲっち その……えー……何フィールド?
ムネオ ウインドフィールド。
トゲっち ああサンキュ。の場所は?
ムネオ 男鹿高原、奥日光。
ジバさん 何とか行けんくもないか。
トゲっち うん、アリじゃね?
ジバさん どこで知ったのこれ?
ヒメ子 ソロキャンに興味あった時に何個か気になってたのあって。
ジバさん ああ。
ヒメ子 結局行かないまま。環菜はやったんでしょ。
ジバさん うん。私向いてるわソロキャン。
ムネオ だろうなあ。
ジバさん だろう?
トゲっち まあまあ。
ナベ ソロキャンするんだったら靴貸しますよ。
ジバさん ありがとう。こないだもトゲっちに借りた。
ナベ あ、知ってましたか。
トゲっち 効果あった?
ナベ まあ……声はかけられんかった。
トゲっち おお。
ナベ ムネさん知識あっても絶対ダメですからね。
ムネオ やらねーよ。会社的に絶対アウト。
ヒメ子 わきまえてるじゃん。
ムネオ 職場の若い子らなんてそんなんばっからしいし。けどなー、何も知らなかったら俺やってたかもなあ。
マスター ごめん、これみんな何の話してんの?(トゲっちに)
トゲっち 女子が一人でキャンプとかしてると、教えたがりおじさんに声かけられたりするんですよ。
マスター ああー……。
トゲっち 酷いのになると夜テントまで近づいてくるらしいっす。
マスター ええ!
ジバさん そもそも私に声かけたい人なんかおらんかったって。
ヒメ子 いやいや。マジでそういう油断が怖いって。
ナベ ですです!
トゲっち うん。
ジバさん いっそおじさんでも。
ヒメ子 環菜。それは違う、違うよ。
 
ムネオとナベは無言でうなずく。
 
ジバさん でもだって、この辺じゃあまりにも出会いが無くて。
トゲっち マッチングアプリやる?
ジバさん うー……いやさ、変な話していい?
トゲっち しない流れないな。
ヒメ子 はいどうぞ。
ジバさん 地元帰ったら中高の同級生とか会うんよ。みんな大体もう子どもとかいてて。そんで実家に帰ると絶対結婚のこと言われてさ。
ヒメ子&ムネオ&ナベ ああー……。
ジバさん そんな私はソロキャンという禁術を手にしてしまったのだ……。
一同 ……。
 
ヒメ子だけは笑いを抑えてる。
 
ジバさん 黙らんといて!
トゲっち つまり宿泊先と。
ジバさん はい。
ムネオ いやでもわかるぜ。確かにキツい、そろそろ。
ナベ マッチングいやならもうちょい都心に出ます? なんやかんや便利っすよ。
ヒメ子 便利言うなよ。
ジバさん でも、そうなんだろうなあ……結果、私治場環菜(じばかんな)は関西のキャンプ場に詳しくなりました。
ナベ だから京都だったんですね。
ジバさん はい……。
ヒメ子 環菜とりあえず飲んどけ。
ジバさん はい。
マスター 次もビール?
ジバさん ちょっと考えます。
マスター はい。
ムネオ どうやってもシリアスに戻ってくるな。
ナベ これがアラサーの現実なんすかね。
ムネオ そんで2人遅いな。来るの?
トゲっち いい感じに場所とか流れ決まってきたな。
ヒメ子 まあ会えるだけでも。
ナベ ですね。
ムネオ まあいいけど。
ジバさん どしたの?
ムネオ ごめん、なんかこの流れだと余計シリアスになりそうなんだけど……いや、いやいや! 何でもない。
ナベ ムネさんそこまで振ったらもう無理っすよ。
ムネオ だから……聞き方考える。
ジバさん ガチやん。
ムネオ 昔のことだから。
ナベ お2人のことすか?
 
ナベはトゲっちとヒメ子を見る。
 
トゲっち ……。
ヒメ子 別にいいけど。あたしは。
ジバさん ええの?
ヒメ子 うん。
ムネオ いや、2人のことじゃない。
ナベ 何です(か?)
 
その時、騒々しくドアを開けて仙人が入ってくる。

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